4 第4話:stream社の裏事情
田辺浩一が帰った後、羽山雅弘と丸井尾久は仕事をしながら喋っていた。
「丸井さん、なぜ田辺さんに事情を話したのですか?彼が裏でなんて呼ばれてますか知っています?パラサイトですよ。会社とNeoの脛をいつまでも齧っている寄生虫と、そう呼ばれているのですよ?」
「えぇ、把握しております。田辺さんは裏でさんざんな評価をされているらしいですね」
「ならば何故……?」
丸井は仕事にひと段落ついたのかパソコンから目を離して、羽山に向き直る。
「昔、私は田辺さんに教鞭を振るっていたことがあります。どうやらあちらは覚えていらっしゃらないようでしたけど」
「うちが経営しているストリーマー養成育成学校のことですか?しかし今でこそあそこはそこそこマシになっていますが、丸井さんが教師だったときは本当に酷かったと聞いていますよ」
「たしかにその通りです。しかし彼は別格のゲームセンスを持っていました。当時はstreamを引っ張っていく存在になると思っていたんですけどねぇ」
羽山は仕事をしながら疑問を口に出す。
「田辺さんが養成学校で別格の成績を残していた……今では正直考えられませんね」
「……ゲームがうまいからと言ってストリーマーとして食べていける訳でもないですし、当時は色々ありましたから」
「なるほど。しかし彼はGUNSチャンピオンシップで決勝進出を逃したと言っていましたよね。たしかにゲームの実力はあるようですが、突出していると言うわけでもないのではないですか?」
「そうですねぇ――」
丸井はマインデバイスに接続して田辺浩一が養成学校にいた時のデータを取り出した。それを羽山に見せる。
養成学校では在学中のあらゆる成績を数値化し、スコアとして残している。
一年では二位とダブルスコアをつけて一位に君臨していて、四年になってもその成績は変わらなかった。
「なるほど……たしかに一年生の時はぶっちぎりの首位を取っていますね。そして最終学年の四年までその成績がほとんど変わっていないと………」
羽山はそのデータを見て納得する。たしかに養成学校の時代では優秀な成績を収めているようだ。
「しかし養成学校の成績がいいからと言って、ストリーマーの素質があるというわけではありません」
「えぇ、たしかにそうですね」
「丸山さんは彼の眠っているかもしれない才能に期待したということですか?」
「個人的な感情だけでいえばそうなりますね。しかし理由はもっと他にあります」
丸山はそう言って、こちらを見向きもしない羽山に向かって指を3本立てた。
「まず現在『Neoが失踪している』という事実の詳細を知っているのは私と雅弘さんと、代表取締役、そして田辺さんの4人です。正直これ以上この事実を広めたくないのです」
「Neoの後継者に外部の人間を採用すれば、必ずそこらへんの事情を説明しなければいけませんからね」
実際もともとNeoの後継者として2人がピックアップしている人材は、今年の養成学校の卒業生なのだが、それはそれで不安が残るのも事実であった。
卒業生には「Neoとして活動しろ」と言えば済むので楽なのだ。もちろんそのうち殆どの事情を察せられるだろうが、明言するのとしないのとでは大きく違う。
「それに田辺さんはかれこれ5年ほどstream社の一員ですし、養成学校の期間を含めば8年もストリーマーとして生きています。今年卒業する新人たちよりは物分かりがいいと思うのですよ」
「まぁ、それはそうかもしれませんけど……」
丸井が間違ったことを言っているわけではないため、羽山は口籠る。
確かに5年ストリーマーとして所属しているが、実質活動していたのは卒業してからの初めの2年だけだ。そう反論しようとしたとき、丸井が「そして最大の理由は」と付け足した。
「最大の理由はNeoが戻ってきた時の対応に、田辺さんなら1番ましということです。Neoと全く面識のない人よりはスマートに対応してくれるでしょう」
「……いずれにせよNeoは必ず探し出す必要がありますからね。戻ってきた時の対応を考えるのは当然です」
「そうでしょう?」
「…………分かっているとは思いますが、試験で特定の誰かに肩入れすることはどんな理由があろうと許しませんよ」
やけに田辺がNeoの後継者になったときのメリットを流暢に話す丸井に羽山は危機感を覚える。
丸井は鋭い目を向けられたことに少し驚いた。しかし田辺のために不正行為を働こうなどちらりとも思わなかったため、思わず失笑してしまう。
「いえいえ、私としては田辺さんが後継者になっていただければ業務が少しばかり楽になるので嬉しいですが、他の方がなってくれても一向に構いませんよ」
「そうですか………それは失礼しました」
「えぇ、お気になさらないでください。ただそんなつもりは毛頭ないと言うことさえ理解していただければ良いのです」
「早とちりしてしまい申し訳ないです」
そうして喋っているうちに仕事にひと段落ついた2人は、パソコンの前で腰を伸ばし、昼飯に蕎麦でも食べに行こうと言ってオフィスから出るのだった。
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俺はネカフェに帰ってから、3年前別れてから今までのネオの活動について調べてみた。
ずっとなんとなく避けていたけど、流石にもう無視し続けることはできない。
「俺がチームを実質的に抜けた後も頑張ってたんだな…………」
思わずため息をついてしまう。
ここ最近はGUNSのために色々精力的に動いていたが、チームを抜けた後の半年間は本当にひどかった。
何もする気が起きず、ずっと部屋に閉じこもっていた。その時はゲームさえせずに、ぼーっと時間を潰していた。
そんな時に声をかけてくれたのが“相棒”だった。あいつは3年間ネオと一緒に活動していた頃のファンだったらしく、俺にコンタクトを取ってきた。
ゲームはVRのFPSしかできないらしく、俺もそれに合わせた。腕前はそこそこ上手くて、俺の教えた技術をどんどん吸収していた。
初めの方相棒のことはKTと呼んでいた。しばらく経った後にお互いを相棒と呼ぶようになった。本名は知らない。ただ相棒かKTと呼んでいた。
……そろそろあいつと連絡を取り合わなければならない時期かもしれない。
うだうだしていても状況は全く良くならない。そう思っているはずなのに、行動に移すことができない。
だらだらとネットニュースを見ていると、stream社が最近炎上(インターネット上で批判が集中すること)したということを知った。
『streamを代表するトップスター、ANNAが引退を表明した。運営側との確執やストレスなどが原因だと見られている』
「まじか……杏奈、引退してたんだ」
彼女とは養成学校時代からの長い付き合いだった。未だに彼女と飲んだ初めての酒の味は覚えている。一つ上の彼女は俺たちの姉御的存在だった。
その日は俺の18歳の誕生日で杏奈と一緒にビールを買った。(現在飲酒のできる年齢は、18歳までに引き下げられている)当時はネオはまだ18歳の誕生日を迎えていなかったからむくれていた。
その時はネオともただの友達程度の関係だったな……
特にネオが杏奈に懐いていた。まるで姉妹のようだった。ちなみに杏奈が姉でネオが妹だ。
「なにかあったんだろうな……」
杏奈は俺と違ってストリーマーとして成功していた。ストリーマーとしての自分に誇りも持っていた。
そんな彼女が簡単に引退するとはとても思えない。
この記事が書かれたのは一ヶ月前で実際に引退したのは2週間前だ。
今も「ANNA 引退」と検索すると、何百件もの書き込みがヒットする。口コミによると最近のstream社はあまり優秀ではないらしい。
俺が活動していた時はそんなこと思わなかったが、これほど沢山の人が言うのだからまず間違いはないのだろう。
なるほど、これなら丸井さんと羽山のあの対応にも納得できる。
いくらネオが失踪したと言っても中の人を交代させるなんて、いくらなんでもやりすぎだと思っていたが、こういうことなら話は別だ。
杏奈の引退騒動が冷めやらぬうちにネオが失踪したなんて発覚したら、世間からのstream社の信頼は地に落ちるだろう。
しかも彼女たちはstreamを代表するトップの2人だったのだから尚更だ。
stream社としては絶対に失踪のことは知られたくないのだろうな。
中の人交代なんてどう言い訳してもアウトな行為だが、俺に取ってはちょうどいい。
そこまで調べた俺はあまり脳を使いすぎるのも明日のために良くないだろうと思って、マインデバイスの接続を切った。
そうしてきたるべき時に備えてネカフェの部屋の中でゴロゴロし、いつものように無駄に時間を潰し、またまた本部に向かった。
養成学校は基本的に馬鹿な学生たちから搾取するために作られた学校ですが、一年に一人か二人の卒業生をstreamの一員として迎えています
主人公の田辺浩一やネオちゃんは、その一握りの例外です
リアルの方の養成学校に入学するのはマジでオススメしません
【☆☆☆☆☆】 ∧ ∧
(・∀ ・) <これをな
ノ( )ヽ
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【★★★★★】 ∧ ∧
ヽ(・∀ ・)ノ <こうするのじゃ
(( ノ( )ヽ ))
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