35 オーティナティック実況(5)
問題なく扉の鍵が解除されていることを確認すると、ユーゴは扉に力を入れて押し開けた。
静かに音を立てながら扉が開く。
「ここが技巧師の家………」
中にはさまざまな機械があった。そこら中に兵器の部品も転がっている。小さな机の上には、沢山の紙の資料が乱雑に置いてある。
俺のネカフェの部屋より汚いな。だがここには衣類や食料、その他生活に必要なものが見当たらない。
ここで研究を行って、別の部屋で食事や睡眠をとっているのだろう。
「技巧師さん、居ませんね。今は出かけているのでしょうか?」
「……そんな訳がない。だってあの人はもう病気で歩くことすらできないはずだ」
ユーゴがブツブツとつぶやいている。
「中尉、どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。とりあえず他の部屋も見てみよう。彼はそこにいるのかもしれない」
俺たちはそうして居間や台所などを見て回った。しかしどこにもその技巧師さんはいなかった。
「やっぱり居ませんね。もうここには住んでいないのかもしれません」
「いや、あの人はここに住んでいる。それは間違いない」
「しかし実際誰もいません。それにここは1週間ほど前に片付けられた痕跡があります。やはりここから出て行ったと考える方が自然では?」
「いや、ここに住んでいる」
俺は頑なな彼の態度にうんざりする。しかしここで押し問答を繰り返していてもしょうがない。
「わかりました。最後の部屋を見てみましょう。多分ここは寝室ですね。まぁ、きっと誰もいないと思いますけど」
「……そうだな」
俺は最後の部屋の扉を開ける。
どうせきっと何もないだろうと思っていたが、部屋の隅にある小さなベットの上に、老人が横たわっていた。
「えっ――」
俺が思わず声を出したのと同時に、ユーゴがその老人に歩み寄って手を握る。
「マービン、帰ってきたぞ。ユーゴだ。おれの声がわかるか?」
マービンと呼ばれた老人は、よく見れば呼吸をしていた。辛うじてまだ生きている。
「ユーゴ………?」
「あぁ、ユーゴだ。帰りが遅くなってすまなかった」
「そうか、ユーゴか……まさか死ぬ前にお前に会うことができるとはな…………」
「死ぬなんて縁起の悪いことは言わないでくれ……」
「いや、わしはもうすぐ死ぬ。1週間前から自分の死期を感じていた………だが、最期にお前に会えて嬉しいよ」
ユーゴがマービンの手を強く握った。なんとなく目尻に涙を浮かべている気もする。
「こんな親不孝行な息子で悪かったな、親父」
「それを言うならわしもだよ………研究ばかりでろくにお前の世話をしてやれず、挙句の果てに息子を家に一人置いてカリフォルニアに行った………本当にわしは馬鹿野郎だ」
……今確かにユーゴは老人に向かって親父って言ったよな。マービンさん、あんたユーゴの父親だったのか。
しかし自分の息子を置いてけぼりにするなんて、若い時は結構やんちゃしてたのね。
「確かににおれはまだあんたのことを許しちゃいない、だがおれは息子であんたは父親だ、この関係はどんなことがあったって変わらんよ」
「そうか、こんなわしを父親と呼んでくれるか………」
もうすぐ寿命で死ぬ父へ向かって、ユーゴが自分の気持ちを吐露している。
彼は俺に背を向けたまま、話しかけてきた。
「すまん、今は二人きりにしてくれないか」
「わかりました」
そう言われてしまっては、この部屋に残ることはできない。
親子水入らずで、これまでの人生を語り合ってもらおう。
◇ ◇ ◇
ゲーム内時間で何時間も経った後、ユーゴがマービンの寝ている部屋から出てきた。
扉越しにすすり泣く声が聞こえたが、聞こえなかったことにしておこう。
「終わりましたか?」
「あぁ、親父は今息を引き取った」
彼はそう言って目線を下に落とす。
「そうですか……ご冥福をお祈りします」
「ありがとう」
「マービンさんは最期になんと?」
「お前はわしの自慢の息子だと言ってくれたよ」
ユーゴが俺の座っているソファーの隣に腰を下ろす。
「親父の話を聞いてくれるか?」
「もちろんです」
彼はそう言って、自分と父親の話を語り始めた。
「おれが物心ついた時、母はすでにいなかった。病気で死んだと聞かされていたが、今考えてみると研究ばかりの父に愛想を尽かして出ていったのかもしれない。
そしておれは12歳になった時、親父に勧められて連合軍に所属した。そこからは軍の寮で過ごす生活が始まった。月に一度家に帰って、親父と顔を合わせた。そんな生活を3ヶ月ほど続けた後、親父からカリフォルニアへ研究のために向かったという手紙が届いた。おれはショックだったよ。まだその頃はガキだったから、親父は当然家で待ってくれるものと思い込んでいた。きっとおれに連合軍を勧めたのも、自分がカリフォルニアに行くためだったんだろうな。まさか子供を連れて行くわけにもいかないから。
それからおれは軍でがむしゃらに頑張って、そこそこの地位を得た。マービン博士の息子だということで、基地で1番初めに対オーディン兵器に触らせてもらったこともあった」
ユーゴは一息にそう語った。
「マービンさんとは軍に入ってから一度も会ってなかったんですか?」
「その通りだ。手紙のやりとりは何度かあったが、それも一年に一回ぐらいだ。親父がここに帰ってきたのもつい最近でな、おれはなんとなく気まずくて再会するのを先延ばしにしてたんだよ」
ユーゴは涙を堪えるように表情を歪めた。
「馬鹿だよな、あのオーディンが基地に襲って来なかったら、おれは自分の親の死に際にさえ立ち会えなかったかもしれなかった」
彼は言葉を詰まらせた後、ソファーから立ち上がった。
「親父は研究室で最後まで兵器の開発をしていて、プロトタイプはすでに完成していると言っていた。それを取りに行こう」
ユーゴの顔にはある種の決意がみなぎっていた。俺がもし本当に女性なら惚れそうなほど、カッコいい男の顔をしている。
「ユーゴ中尉」
「急にどうした……?」
「なんというか……こんなことを言っていいのかはわかりませんが、今のあなたはとても強い表情をしています」
彼は少し驚いた表情をしてから、優しく微笑んだ。
「そうか、ありがとう」




