25 第14話:閻魔大王とパンケーキ
莉亜の言っていたカフェというのはだいぶ偏ったところだった。店にいるお客さんの全員が女性なのだ。
俺はネオのガワをかぶっているはずなのに、だいぶ緊張してしまう。
「ネオちゃんはなに食べる?」
莉亜がメニュー見せてくる。俺は正直なんでもいい。
「おまかせで」
「じゃあ私と同じやつでいい?」
「うん」
ネオを演じているから自分の食べる物ぐらいしっかり考えようかともしたが、彼女はもともとこういうことに鈍感だったことを思い出してやめた。
莉亜が店員さんを呼んで、パンケーキ二つを注文した。俺はカフェなのにコーヒーを頼まないことに驚いていた。
しかし男が来るべき場所ではないと思う。俺は謎のうしろめたさを感じていた。
「eNM@さんって男の人なんでしょ?こんなところに呼びつけて本当によかったの?」
「うーん、大丈夫なんじゃない?」
そんな適当な……と思ったが、口には出さない。莉亜の口調的に、これがeNM@さんへのささやかなイタズラということを読み取ったからだ。
性根が腐っているのは今に始まった事ではない。むしろこれぐらい性格が悪い方が莉亜らしい。
店員さんがパンケーキを持ってきてくれる。
ホットケーキの進化バージョンみたいな食べ物だった。ふんわりとした生地にホイップクリームと色とりどりのフルーツが乗っている。
パンケーキをテーブルに置いた後、店員さんがはちみつをたっぷりかけてくれた。
俺はせっかくだからこの光景をマインデバイスに保存しておく。きっと後で見返すことはないが、こういうのは写真として保存したという事実が大事なのだ。
莉亜が早速パンケーキにナイフを入れている。俺はそれに倣って手を合わせる。
「いただきます」
初めて食べるパンケーキはふわっとしていて美味しかった。
思った以上に値段が張って驚いた。最近の若い人たちはこんなものを軽食として食べるのだろうか。カロリー的にも金銭的にも心配になってくる。
「どう、美味しいでしょ?ネオちゃんってあまりこういうところに来ないもんねぇ」
「確かにそうだね。stream社に入ってから、配信とゲームのことしか考えていなかったから。たまにみんなと遊ぶことはあるけど」
俺はパンケーキを黙々と食べる。
確かに得難い経験ではあると思う。女性になりすましてトップストリーマーと一緒にカフェに入ったことのあるやつなんて、全世界でも俺一人ぐらいだろう。
「どう、このお店気に入った?」
「思ってたよりいいところだね。パンケーキも美味しいし、何より内装が超おしゃれ」
「そうでしょ?私もこのお洒落な店の雰囲気に一目惚れしたんだよねぇ。特に木で作られた天井と暖かみのある照明がめっちゃイイ」
「このサイバー都市内でARの装飾なしなのに、こんなに綺麗なところって珍しいよね」
「ARの装飾ってやろうと思えば毎日入れ替えることが出来るから、それはそれで楽しんだけどね。それでもやっぱり私はこういう落ち着いた雰囲気の方が好きかな」
俺たちはそんな雑談をしながらパンケーキを堪能した。
途中でホットのカフェラテも頼んだが、これも美味しかった。目で楽しむこともできたし、苦味と甘味がいいバランスだった。
この喫茶店には星3つを進呈したい。もう一度ネオの姿になってここを訪ねるのもいいかもしれない。
「それにしてもeNM@(エンマ)さん遅いね。そろそろ約束の時間じゃないの?」
「うーん、確かに遅いねぇ」
「やっぱり急だったから、予定が合わなかったんじゃない?」
「そんなことないと思うけど………ちょっと電話してみる」
莉亜が頭の横に指をつける。
マインデバイスを通した通話に、そのような行為をする必要はないから、莉亜のくせのようなものだ。
しばらくの間その状態を保った後、eNM@さんに繋がったようだ。話の内容が断片的に聞こえてくる。
「いいから入って来なよ。女性ばっかりなのは気のせいだって」
「ーー」
「いいの?私だけじゃなくてネオちゃんも待ってるよ。この前ネオちゃんに会ってみたいって言ってたじゃん、いい機会だから会ってみなよ」
そんなふうに莉亜が説得している。あちらの声は聞こえない。
押し問答を繰り返した後、eNM@さんがついに折れたようだ。通話を終えた莉亜は、やり切ったという達成感に包まれた表情をしている。
あちらからすればいい迷惑だろう。こんな男性お断りみたいな空気のあるところに連れてこられるのは。
俺は彼にひどく同情する。女性に振り回される男というのは辛いものだ。
入り口の方をぼんやり見ていると、一人の男性が店内に入ってきた。
彼は店に女性しかいないことを見て、顔に絶望の色を浮かべている。
「こっちだよー」
莉亜が大きな声でその男性を呼ぶ。やはり彼がeNM@なのだろう。
グレーのTシャツに黒いズボンというシンプルな服装だ。しかしそのファッションがこの店の中ではひどく浮いて見える。可愛らしい店内の雰囲気と彼の持つ雰囲気が全く合っていない。
今は午後3時ごろだが、髪には寝癖がついている。生活リズムが完全に崩れているのだろう。
eNM@(エンマ)さんは重い足取りでやってきて、テーブルについた。
「こんにちは……あの、eNM@って言います。その、よろしくお願いします」
「トッププレイ所属のNeoです。はじめまして。今日は貴重なお時間取らせてもらってありがとうございます」
「いえ、こちらこそNeoさんにあえて、なんというか光栄です」
「そう言われると照れますね。わたしもeNM@さんにお会いできて嬉しいです。噂をよく耳にします」
「あはは、そうですか………それはありがたいですね」
「はい、そうですね」
彼は思った以上にキョドっていた。
eNM@さんは周りが女性ばかりだから緊張しているのだろう。俺は今すぐにでも、男性はあなただけではないということを伝えたかった。
eNM@(エンマ)さんは思い描いていたイメージと全く違った。もっと気難しい音楽一筋な男性かと思っていたが、初対面の印象はどこにでもいる若者だ。
eNM@(エンマ)
所属:stream社、音楽部門[ユニット無し]
性別:男性
ジェネレーション:D世代
本名と素顔を非公開にしている。作詞作曲、ボーカル、動画編集全てを一人で担っている一匹狼という名のボッチ。
どこにも属さず一人で作曲活動をしていたが、人気が出るにつれ事務的な作業が多くなり、浜辺莉亜の紹介でstream社に入った。
最近の悩みは実際の自分とは全く異なるイメージを視聴者から持たれていること。
そのせいでますますプライベートを明かしにくくなり、eNM@の謎が深まるにつれて視聴者はさらに妄想を加速させている。




