2 第2話:トップストリーマーの失踪
【stream社、本部】
ここに1人の男がいた。
その男はまだ30代前半と若くはあるが、stream社の幹部にまで上り詰めたやり手社員であった。
男は今、stream社の代表取締役と対面していた。
「羽山くぅん、君にこの重大案件が本当に処理できるのかね?」
代表取締役はその男――羽山雅弘の名前を呼んで詰問する。しかし彼はそれに笑顔で応戦する。
「えぇ、もちろんでございます。自分に任せてもらえればどんな仕事だって完璧にやり遂げて見せましょう」
「本当かね?失敗したとしても言い逃れはできないよ。君ははっきりと『完璧にやり遂げる』と言ったのだからね」
「もちろんでございます。この羽山雅弘、男に二言はないと誓います」
その言葉を聞いて代表取締役が満足そうに頷く。
この太った体とあまり大きくない脳みそを持つ取締役は、もともと誰かに対応を丸投げする「口実」と失敗された時の「言い訳」が欲しかったのだ。
そして羽山雅弘が自分から志願し、「完璧にやり遂げる」と断言したため、この豚のような男はしたり顔でニヤついている。
「では羽山くん、この一件は全て君に任せるとしよう。……もし失敗したときはどうなるか、分かっているね?」
「えぇ、もちろんでございます」
取締役との対面を終えた羽山を悩ませる問題とは、stream社のエースであるNeoが失踪したことへの対応であった。
取締役には大見えを切ってしまったが、この問題を無視することはNeoの担当マネージャーとしてのプライドが許さなかったからである。
優秀な彼ではあったが、この重大な問題を1人で抱え込むには荷が重すぎた。
突破口が全くないわけではないが、具体的な最善策というのが思いつかない。
「仕方ない。……まずはあの田辺浩一を呼ぶとしよう」
彼はもはや日課となっている胃薬を処方した。
◇ ◇ ◇
俺はタクシーに乗りながら本部へ向かっていた。ちなみに運転席には誰もいない。全自動のタクシーだ。
便利な世の中になったもんだ。俺がまだ幼稚園児のガキの頃はこんなものは万博の会場ぐらいでしかお目にかかれなかった。
この十何年かで生活様式がガラッと変わった気がする。聞くところによれば、こういう技術自体は随分前からあったそうだ。
お上の法整備が若干遅れたため、つい最近になって導入されたらしい。
しかし無人になって人件費が抑えられているのだから、タクシー代を安くしてくれてもいいではないかという不満は残る。
「ゴ利用アリガトウゴザイマシタ。マタノお越シヲ心待チニシテオリマス」
20分ほどタクシーに揺られて本部に着いた。
俺は無言で支払いを済ませる。人の多さと、あちこちにポップアップする広告が鬱陶しい。
この広告が表示されるのは脳にマインデバイスを埋め込んでいるからだ。
俺の使っている第二世代のマインデバイスは通話、検索、計算などさまざまな機能を脳の中で行うことができる。
他にもAR(拡張現実)機能を使うためにはこれが必須だ。
元は脳疾患のための医療用の技術だったが、その技術に目をつけたDeedl社(stream社の親会社)が権利を買い取ったらしい。
入り口に立った俺はstream社の本部を見上げる。
本部と言っても洒落た建物などではなく、どデカい高層ビルだ。
何度かここへは足を運んでいるが、未だに慣れることはない。エレベーターに乗り込み、指定された階へのボタンを押す。
このビルの地下には超巨大サーバーがあるらしい。そんなものを作るぐらいなら俺に何円か渡して欲しいものだ。
指定された階に着くと、案内用のロボットがやってきた。外見はほとんど人と変わらない。
目のところだけが人間のそれとは少し違う。
俺はふと3年前に別れた元カノのネオを思い出した。
(あいつ、元気だろうか……少なくとも俺よりは立派にやってるだろうな)
その元カノはこのstream社でトップスターとして活躍しているはずだ。もし俺が彼女のような才能を持っていたらと考えない日はなかった。
「田辺浩一様ですね、お話は伺っております。羽山雅弘様がお待ちですので、ご案内いたします」
「………おん」
俺は丁寧な物腰のロボットについていく。
ここまで高性能なものはなかなかお目にかかれない。さすがstream社だ。
「こちらでございます」
そう言って案内された部屋にはセンスのいいガラスの机と、それを挟んで革のソファーが二つ置かれてあった。
ソファーの一方にネクタイのないスーツを着こなした若い男と、柔和な笑みを浮かべた50代ぐらいのおば様が座っている。
革のソファーなんて、最近はさまざまな規制があって入手困難なものであるはずだ。それだけ稼いでいるということなのだろう。
俺がマジマジと彼らを見つめていると、やり手サラリーマン風の男が話しかけてきた。
「あなたが田辺浩一か?」
俺はその失礼な物言いに思わずムッとしてしまう。
「あんたは敬語ってものを知らないのか?教養のない俺でもそんなことは知っていますけどね。俺とあんたたちは互いに対等な関係であるはずですよね?」
「……たしかに我々と、契約しているストリーマーたちとは対等な関係にある。しかしあなたは別だ。ろくな実績も出していないのに毎月固定給を出してやっているのは、stream社とうちのエースであるNeoの温情のおかげだということを自覚した方がいい」
「…………そんなこと、今更言われなくてもわかってるんだよ」
俺が目を伏せていると、この男は気を取り直したのか握手を求めてきた。
「自己紹介が遅れたな。私は羽山雅弘だ。Neoの担当マネージャーをしていた。さっきは私も言い過ぎた。謝罪させてほしい。こちらとしてもトラブルの対応に気が立っていたんだ」
「………田辺浩一だ」
「そしてこちらの方は私のサポーター………まぁ、秘書のようなポジションにいる丸井尾久さんだ」
羽山が隣に座っているおばさまを紹介する。
彼女は丸い眼鏡をかけて少しふくよかな外見からは、想像もできないほど力強く遠くまで通りそうな声で挨拶してきた。
「はじめまして、丸井と申します。今日は田辺さんとお会いできて本当に嬉しいです」
俺と会うことなんてどれだけ良く見積もってもプラスになることなどないはずなのに、この丸井という女性は本当に嬉しそうな笑顔を見せてくる。
不思議な人だ。
「失礼ですが田辺さん、あなたはまだNeoと連絡は取り合っているのですか?」
「いいや、3年前に別れてからそれっきりですよ」
「さようでございますか……」
そう、俺はトップスターNeoこと本名天津ネオと3年前まで付き合っていた。つまり男女の関係にあったのだ。
もし命令されたなら、彼女のゴワゴワとした陰毛や、左右ですこし形の違う乳房を今でも思い起こすことができる。
羽山が言った。
「………今回はそのNeoについて尋ねたいことがあったため、わざわざここまで赴いてもらった。これほど大事なことは口で伝えるべきだと思ったし、ネットを使ったやりとりだと盗聴される可能性を危惧したからだ」
「はぁ……いったいネオがどんなことをやらかしたんです?」
「実は先日Neoが急に失踪したんだ。現在、一生懸命捜索しているが足取りさえ掴めない」
「今、なんて……?」
聞き間違えか?ネオが失踪しただと………?マジでどういうことだよ……………
【☆☆☆☆☆】 ∧ ∧
(・∀ ・) <これをな
ノ( )ヽ
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【★★★★★】 ∧ ∧
ヽ(・∀ ・)ノ <こうするのじゃ
(( ノ( )ヽ ))
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