19 第8話:骨董品レベルのレトロゲーム
「私さ、この前浩一君に会ったんだよね」
俺がたこ焼きを頬張っていると、莉亜が話しかけてきた。
「へぇ、どんなこと話したの?」
「あいつがチビモンの街角リーグでイキってたから、ボコボコにしたの。それでレストランに入って喋ってたんだけどさ、お互いしこりが取れたみたいで安心した」
「それだけ?」
「うん、私が言いたいのはこれだけ」
莉亜はそう言って用意していたワインを飲んだ。
たこ焼きにワインとか食い合わせが悪いと思うが、このスパークリングワインのクリーミーな質感がたこ焼きのコクのあるソースの味と絶妙に絡み合うそうだ。
「それはそうと、ネオちゃんはさ、いい人とかいないの?そろそろ私たちも結婚を考えていい時期だと思うけど」
俺はその質問に窮する。
こういう事情はあまり詳しく知らない。下手なことを言って、矛盾を生むことだけは避けたい。
『Neoには確か彼氏と呼べるような異性関係は存在しなかったはずだ。あくまで私が把握している範囲で、ということだが』
羽山のナイスな助け舟が入る。
「彼氏って呼べるような人はいないかな。今結婚とかすれば活動にも支障が出るし」
「そうだよねー。私たちってそういうところで身動きしづらいんだよねぇ」
俺はビールを我慢して、麦茶を一口飲んだ。
酔ってしまったら何をしてしまうか分からない。このトッププレイのオフ会はできるだけシラフの状態で乗り切りたい。
もしかしたら杏奈もこういう恋愛関係でstream社を辞めたのかもしれない。きっと一つの理由ではあると思う。
「stream社もそこら辺の事情の態度が曖昧なところあるもんね」
「そうなんだよ。この前アイドル部門の子に彼氏がいたってなった時はだいぶ炎上してたけど、アーティスト部門の人が結婚した時は騒動どころかお祝いムードだったしねぇ」
俺はその言葉に深く頷く。
stream社には今や多くのストリーマーたちが所属している。活動内容もファン層も多種多様だ。そのせいでstream社は全体の方針を決めあぐねているところがある。
結構したという同じアーティスト部門の人でも、よるねこさんのような人は異性関係ですぐに炎上するだろう。
「そればっかりは仕方ないんじゃないの?彼氏彼女の問題はデリケートなことが多いから、各個人で判断しろってことだよ」
美緒が意見を述べる。たしかにその通りなところが辛いところだ。
俺は家の中を見渡す。
広くておしゃれな部屋だ。ここは一軒家ではなくて、賃貸の高層マンションの一室だ。
リビングには大型のARテレビがある。横幅ゼロミリのARテレビは便利な反面、今だにお高い。
これを私用で持っているのは金持ちの証拠だ。
壁に飾られている時計もセンスがいい。シンプルな配色がとても魅力的だ。やはりお高いのだろうと莉亜に聞いたら、本場スイスの時計職人に作ってもらったそうだ。
具体的な値段は教えてもらえなかったが、きっと俺の想像もできない値段なのだろう。
この部屋は防音機能も付いているらしい。莉亜は配信も基本的にここで行っていると言っていた。
羨ましいものだ。
俺はいちいちスタジオに行かなければならないため、非常に面倒くさい。あのネカフェでは壁が薄すぎて、声が筒抜けになってしまう。
俺もこんな豪華な家持ちてぇな。
決めた、Neoとして活動して金が貯まったらこれぐらいの家を買おう。
配信部屋や私用のトレーニングルームなんかも作ろう。くくく、ストリーマー活動のモチベーションがまた一つ増えたぞ。
この後莉亜からこの部屋にかかった金額を聞いた俺は、とても手が届きそうにないということを知って絶望するのだった。
◇ ◇ ◇
俺が現在の自宅の不満を心の中で愚痴っていると、MARIEさんがビールを飲み干して、ぷはーーと長い息をついた。
「ねぇ〜、一緒にゲームでもしない?アタシ珍しいやつを持ってきたのよぉ」
玄達がそう言って、ゲームのソフトを見せてくる。少し呂律の回っていない様子は、完全に酔っている。
彼の目の前には、何本ものビールの空き缶が置かれていた。しれっとツマミのキムチも用意している。ここは莉亜の家のはずだが、一体どこから持ってきたのだろう。
「2008年に発売された神ゲーで、当時のゲーム好きなら全員がプレイしたというほど流行っていたらしいよ」
MARIEさんはカラフルなパッケージから、ソフトを取り出して説明した。
そこには俺でも見たことのある有名なゲームなキャラのイラストが印刷されていた。
「これは最大4人で遊ぶことができる格闘ゲームでね、このゲームを作っている会社がこれまで制作してきたゲームのキャラクターを操作して遊ぶことができる、操作もほんっとに奥が深い神ゲーなのよぉ」
自慢げにソフトを語っている彼を見ると、こちらまで楽しい気持ちになる。
「アタシの友達のゲンちゃんがこういうレトロゲームが大好きでね、一緒にプレイするうちに好きになっちゃってねぇ。今ではアタシもこのゲームがお気に入りよ」
ゲンちゃん……誰のことだ?
『MARIEさんが言っているのは[コレクター]所属のGENのことを指しているのだろう。彼らはずいぶん昔から仲が良かったはずだ』
なるほど、GENという名前には少し聞き覚えがある。
たしか俺やネオよりも先輩だったはずだ。
「そのゲンちゃんっていうのはコレクターのGENさんのことですか?」
「そうそう」
「コレクターってVRゲームではなく、ディスプレイを使用するレトロゲームを専門にしているチームですよね」
「よく知ってるねぇ。コレクターのみんなはいい子たちばかりだから、後で紹介してあげる」
「期待しておきます」
MARIEさんがなにかの機械を取り出してARテレビに接続する。
きっとあれでゲームをプレイできるようになるのだろう。
しかし俺の頭には、当然の疑問が浮かんだ。
「それってどうやってプレイするんですか?」
「ソフトとそれに対応するゲームハード機、そしてテレビさえ用意してあげれば大丈夫」
「そこのARテレビでも問題ないんですか?」
「えぇ、もちろん」
MARIEさんがハード機をデジタルTVに接続して、持ってきたゲームを開く。テレビには問題なくゲームのタイトル画面が表示されている。
すごいなこれ、これほど昔のゲームをプレイできるとは思わなかった。
「すごいですね………これ、2008年発売のゲームなんでしょ?こんなほぼ骨董品レベルのものを遊べるなんて感激です」
「ふふふ、そうでしょう。最近のゲームももちろん面白いですが、こういう昔のゲームも素晴らしいものばかりなのよ」
「では早速プレイしましょう」
「えぇ、そうね。それじゃあ…………」
俺はこれからプレイできるレトロゲームに期待を膨らませる。
しかしMARIEさんが何かに気づいたようで、あっと声を上げる。
「あぁぁぁ!!!!コントローラー持ってくるの忘れちゃった!」
部屋にMARIEさんの悲鳴が響く。ここが防音で良かった。そうでなければ今頃近所迷惑になっていただろう。
「嘘ー、めっちゃ期待してたのにー」
美緒が口を尖らせる。俺も彼女の気持ちに同意する。
レトロゲームとやらがどんなものか楽しみたかったから、非常に残念だ。
「本当にごめんなさい、アタシの計画性がなさすぎるばかりに…………」
「まー、仕方ないんじゃない?誰にでもミスはあるし気にする必要ないと思うな」
「はぁ自分が嫌になっちゃう…………」
MARIEさんがしょんぼりと肩を落とす。
自分の好きなゲームを他の人にプレイしてもらえないというのは、本当に辛いことだろう。俺もその気持ちはとてもわかる。しかしこればかりはどうしようもできない。
そう思っていると、莉亜が声を上げた。
「私、そのコントローラー持ってるかも」
MARIEさんが彼女の方へ顔を向ける。
「浜辺さん、それ本当?」
「うん。この前、そのゲーム機でゲームを遊ばせてもらったことあったじゃん?その時に気に入って、コントローラーとゲーム機とソフトをネットで買ったんだよね。高かった割に、結局ほとんど使ってないんだけど。多分今もあると思うよ」
「間違いない?」
「うーん、私の思い違いじゃなければあるはずだよ。せっかくだからそれを使って遊ぼうか」
「ありがとうございます………」
「美緒も言ってたけどさ、そんなに気にしなくていいって。それじゃあ探してくるねー」
莉亜がそう言って席を立った。
俺たちはその間、レトロゲームをプレイできるかもしれないという期待と、コントローラーを持っていたというのは莉亜の勘違いかもしれないという不安を抱きながら待っていた。




