14 第3話:よるねこ
数人のスタッフとよるねこさんが話している。楽しい雑談というわけではなくて、これから始まる新曲の収録に向けての最終調整だ。
俺はやることもないから、スタッフさんが動いている光景を見ていた。
マインデバイスは使用禁止だ。疑われているわけではないが、万が一があってはいけないらしい。
「収録開始しまーす」
マネージャーさんが声を張り上げている。
よるねこさんがマイクの前に立った。目には黄色のカラコンをつけている。マネージャーさん曰く、今日のよるねこさんは機嫌がいいらしい。
音楽が鳴り、よるねこさんが歌い始める。
彼の歌声は一言で言うと圧巻だった。こちらにまで熱量が伝わってきて、さすがアーティスト部門トップの人だと感心した。
歌っている時のよるねこさんは、いつもの彼と別人だった。
俺は歌い終わったよるねこさんと話をしていた。
「すごい歌声だった。わたしは音楽をあまり聞かないけど、正直感動した」
「ありがどうございます……そう言ってもらえると、うれしいよ」
歌い終わったよるねこさんの声はガラガラだった。代わりにマネージャーさんが話してくれる。
「まゆねこさんの歌声を褒めてもらえると、我々スタッフ一同も嬉しいです。今日はわざわざありがとうございました」
「こちらこそ、また機会があれば是非生歌を聞かせてください」
俺はそう言ってよるねこさんのスタジオから出た。ちなみに最後の『是非生歌を聞かせてください』というのは建前ではない。本当に次機会があったら聴きたいものだ。
すっかりよるねこさんのファンになったかもしれない。
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よるねこさんのスタジオから出た俺は、田辺浩一の姿に戻って都市内を歩いていた。
やっぱり自分の体が1番だ。ネオの姿で長時間過ごしていると、本気で自分というものを見失いそうだ。
ここstream社の本部が置かれているまわりの都市内では、どこでもマインデバイスさえあればARを利用することができる。
大型の装置などなくてもARを使うことのできるため、サイバー都市なんて呼ばれることもある。
頻繁にポップアップされる広告もその技術を使っている。stream社の親会社であるDeedlカンパニーが技術的な支援を行なったらしい。
stream社に入るストリーマーもこのAR技術が目的な人が多い。
俺の場合はARみたいな意識高いことは考えずに、stream社に入ったわけだが。
せっかくだからAR機能をオンにする。〈AR機能をお楽しみください〉というメッセージが流れると、高層ビルしかなかった景色に、豊かな彩りが追加された。
俺は少しだけテンションが上がる。もちろんこれを見たのは初めてではないが、外に出たのがつい最近になってからなので気分も高揚する。
なんだかARの装飾にチョコやお菓子、ハートなどがよくあるなと思ったら、今日は3月7日だ。
もうすぐホワイトデーだ。たしかに白色のハートが良く見受けられる。
俺にお返しを渡すべき女性は1人もいないが、モテる人や恋人がいる人にとっては大切な1日なのだろう。爆ぜてしまえ。
俺は物騒な考えを振り払う。若い時は冗談で「リア充爆発しろw」なんて言っていたものだが、流石にこの年になると本気度が増してくる。
あまり良くない傾向だ。立派な年齢の大人という自覚を持たなければいけない。
すぐ近くで子供がはしゃいでいる。俺はそちらに目を向ける。
「いいだろ〜、新しいラジコン買ってもらったんだぞ!」
「りく君すごーい。後で僕にも触らせてよ!」
「仕方ねぇな。一回だけだからな」
彼らを見ていると、先ほどまでの荒んだ心を忘れることができる。いつの時代でも子供というのは微笑ましい。
子供たちの周りにはラジコンなんて一つもないが、きっとAR内でのことを話しているのだろう。
最近では特に娯楽関係でARがたいぶ進出している。
和やかな気持ちで歩いていると、一つの人だかりを見つけた。
どうやらちょっとしたゲームの大会が開かれているようだ。
「チビモンの街角リーグ、今から開催だー!!優勝者には記念バッチをプレゼントするぞ!急遽の参加もウェルカム。チビモンを愛する人なら誰でも大歓迎だ!!!」
赤い帽子をかぶった男が、マイクを声を張り上げていた。
この街ではよくこのような小規模の大会が開かれる。今回はアポ無し参加も大丈夫らしい。
大人気ゲーム、チビモンの最新作の大会だ。ARを使って、街にいるチビモンと呼ばれるキャラクターを捕まえて仲間にし、他のプレイヤーとチビモン同士を戦わせることができる。
俺もマインデバイスに接続してチビモンのアプリを開く。
しかしほとんどプレイしていないため、俺の仲間にしているチビモンはどれも弱いものばかりだ。せっかくだから参加しようと思っていたが、こんな雑魚ばかりでは勝負にもならない。
諦めて立ち去ろうとした時、妙案が思い付いた。
俺は早速羽山に電話をかける。
「もしもし、羽山さんにちょっとお願いがあるんですけど」
『なんだ?今日はよるねこさんのスタジオの方に行っていたな。そのことで何かトラブルでもあったのか?』
「いや、よるねこさんは快くAR大会に参加するって言ってくれました」
『では、何があったんだ?』
焦った様子で尋ねてくるから、俺は思わず苦笑する。
「大したことではないです。今チビモンの街角リーグがあるのでそれに参加したいんですが、俺の持っているチビモンが弱いのしかいないんです。そこでstream社からそこそこ強いチビモンを何体か送ってもらえたら嬉しいなって」
羽山が電話の向こうで黙っている。もしかしたら呆れたのかもしれない。
『そんなことか…………わかった。それぐらいならこちらで強いチビモンをいくつか見繕う』
「いいんですか?」
「よるねこさんを説得してくれたのだろう?それならばこれぐらいの報酬があったって罰は当たるまい」
『いや〜、ありがたいですね』
よるねこさんとの対談は特に苦労もなかったが、それは羽山には黙っておく。
しばらく待っているとたしかに5体のチビモンのデータが送られてきた。
『究極チビモンをそちらに5体送った。これならばチビモンの街角リーグぐらいでは負けることはないはずだ』
「ありがとうございます、羽山さん。今度ご飯でも奢りますよ」
『そうか……楽しみにしている』
電話を切ってニヤつく。
俺は1週間、苦手な配信をやり切ったのだ。ここらで他人のチビモンを借りて、ストレス発散したっていいだろう。
別にルール違反でもないし、これぐらいの大会では結構やっている人もいる。久しぶりに誰にも見られないプライベート環境でゲームができる。
「ゴリマッチョ選手、これで3連続勝利だー!!彼を倒すことのできる猛者は現れるのだろうかー?!?!」
ステージの上を見ると、自分の筋肉を見せびらかしているおっさんがいた。
チビモンに筋肉など必要ないはずだが、勝者の風格が漂っている。彼に勝つことはなかなか難しそうだ。
しかしそれも素人レベルの話。俺のようにバックに公式がついているプレイヤーには勝てないのだ。
「ゴリマッチョ選手に挑戦する勇気ある参加者はいるかー?!」
実況している男性が観客たちを見渡す。しかし誰もゴリマッチョに挑戦しようとする人はいない。
数秒の沈黙の後、俺は静かに手をあげる。
「おーっと、挑戦者が現れた!!果たして彼はゴリマッチョ選手の連勝を阻止することができるのかー?!」
俺はステージに上がって、ゴリマッチョと対面する。
くくく、ゴリマッチョよ。我のストレス発散の犠牲となるが良い。公式の力というものの圧倒的なパワーを見せてやろう。
パワーこそ力だ!!!
試合開始の合図がなり、俺たちは互いに手持ちのちびモンを場に出した。
キャラたちにはそれぞれモデルがいます、よるねことか分かりやすいんじゃないでしょうか




