13 第2話:暗闇に歌う猫
ネオのアバターを被った俺は、よるねこのマネージャーと話をしていた。
「Neoさん、お久しぶりです。最後にお会いしたのがたしか………」
「stream社の代表取締役が代わった時ですね。あの節はどうもお世話になりました」
「いえいえ、お世話になったのはこちらの方です。あの時ドタバタしていた情勢がなんとか収まったのはNeoさんたちのおかげです」
「いえ、わたしはやるべきことを行なっただけです」
俺はマネージャーの質問に淀みなく答える。
ここに来るまでにしていた予習が役に立った。stream社の裏の事情など全く興味はなかったが、Neoとして知らなければ違和感がある。
「このタイミングでうちのよるねこに会いたいというのは、やはり来月のAR大会のことでしょうか?」
「……そうですね。わたしとしても大会を盛り上げたいので」
「そうですか。こちらも深くは事情は追及致しません。Neoさんには数えきれない借りがありますから。しかしそこに参加するかどうかは、よるねこ本人が決めることです」
「もちろん。よるねこさんが嫌だと言ったらわたしは潔く引き下がるつもりです」
それを聞いてマネージャーは安心したように頷いた。
「それでは待機している楽屋に案内いたします」
案内されたところには、たしかに『よるねこ』と書かれていた。
今日の収録にライトは参加していないようだ。俺は少しだけ安心する。彼がいなければ交渉が少しだけやりやすい。
彼のような明るいタイプは苦手なのだ。
「1時間後に新曲の収録が開始されますので、30分まででしたら大丈夫です。出来るだけ時間はオーバーしないようにしていただきたいです」
「気をつけます」
失礼しますと言って楽屋に入ると、楽譜を一生懸命見つめながら、指でリズムを取っている男がいた。
彼がアーティストのよるねこだろう。写真で見た通り、髪は銀に近い白色だ。染めているらしい。
ノックをした上で一言断りを入れたはずだが、どうやら彼はこちらに気付いていない。ものすごい集中力だと感心する。
「あのー………こんにちは」
声をかけると、ようやくリズムを取っていた指が止まった。
「Neoさん、だったっけ?久しぶり。今日誰かが来るってことは覚えてたけど、Neoさんだったんだ」
「うん、久しぶり。今日は話があってここまで来たの」
一応よるねこさんはネオより、年齢的にもstream社に入ったのも後輩なはずだがタメ口を使ってくる。
基本誰にでもこんな態度らしい。ただ音楽活動自体はstream社に入るずっと前から始めていたらしいから、実力は本物だ。
「単刀直入に言うね。次のAR大会に参加してほしい」
よるねこさんがこちらをじっと見つめてくる。今はカラコンをつけていないから目が黒い。
その時の気分によってつけるカラコンの色を決めるらしい。
「わかった」
「もちろんわたしはあなたの意見を尊重するし、わたしにできることならなんでも――って、え?」
俺は聞き間違えたのかと思って、もう一度聞き返す。
「本当に?嘘じゃ、ないよね?」
「うん、本当。俺も前から興味はあったし」
やけにあっさりと了承をもらってしまった。俺は断られる前提でここまで来たから、なんだか拍子抜けだ。
「理由とかって聞いてもいい?つまり……なんで参加してもいいって思ったの?」
「………一輝兄が言ったから」
よるねこさんの言葉に困惑してしまう。
一輝という人はよるねこさんの兄で、彼がよるねこさんに「AR大会に出場しろ」と指示したということだろうか?
必要な言葉が抜け落ちているから、言っている意味がよく分からない。
それってどういうことと聞き返そうとしたら、マネージャーさんが説明してくれた。
「一輝さんというのは、よるねこさんとKAGAM Iで活躍されているライトさんの本名です。血縁関係があるわけではないのですが、よるねこさんはライトさんのことをまるで兄のように慕っておられます」
「なるほど、それでライトさんが『言っていた』というのはどういうことですか?」
「きっとライトさんから『たまには音楽以外のこともやってみたらどうだ』と言われたことだと思います。ライトさんはよるねこさんが、音楽関係とは違う経験をすることで刺激になると考えていたらしいです」
マネージャーさんの説明のおかげで大体の事情を把握することができた。
俺は心の中でライトさんに感謝する。あんたのおかげで交渉がスムーズに進みました。
「Neoさん、俺がAR大会に行くって言ったら、多分一輝兄も一緒に行くって言うと思う。それでも大丈夫?」
「もちろん。ライトさんが参加するのはこちらとしても大歓迎」
「それなら良かった」
今更だが、よるねこさんの一人称は俺らしい。
つい最近叶を見たから、一人称僕が流行っていると思っていた。よるねこさんはファンの方の前に頻繁に喋るわけでもないから、キャラ作りをする必要もないのだろう。
俺はマインデバイスを見て、20分ぐらい経ったことを確認する。
よるねこさんはこれから新曲の収録だ。あまり時間ギリギリまで話し込むのも悪い。
「今日は貴重なお時間取らせてもらいありがとうございました。ARサッカー大会について、またお知らせするべきことができたら、また来ます」
俺がそう言って帰ろうとすると、マネージャーさんに呼び止められた。
「これからお時間あるようでしたら、よるねこさんの歌声聞いていきませんか?」
「え……?」
何を企んでいるのだと身構えたが、マネージャーさんの顔には「布教のチャンスだ」という感情しか見えない。
どうやら悪意は全くないようだ。
「Neoさんって、よるねこさんの生歌聞いたことないですよね。この際だから聞いていきませんか?きっと活動にもいい刺激になると思います!」
「えっと……部外者のわたしが新曲聞いても大丈夫なの?」
「構いませんよ。なんならご自身のチャンネルで『今日よるねこの新曲の収録に立ち会った!』と呟いてもらってもいいです。良い宣伝にもなります。マインデバイスに新曲を録音して、ネット上に流すなんて悪質な行為さえ止めてもらえれば大丈夫です」
マネージャーさんがキラキラした目で見つめてくる。
よるねこさんの方に目線を向けても「俺もNeoさんに聞いてもらえたら嬉しい」なんて言ってくる。
俺はどうしようかと悩む。
今日は配信をお休みすると、ファンの方々にも告知している。これから特に予定もないし、帰ったらごろごろしようと思っていただけだ。
せっかく参加してもらうと言ってくれたのだし、聞いてみるのもいいかもしれない。
「わたしもよるねこさんの生歌が聞けるなんて光栄です。是非お願いします」
そうして急遽、よるねこさんの収録を見させてもらうことになった。
よるねこ(KAGAM I)
元々カバー曲などを投稿していたアーティストだったが、その圧倒的な歌唱力から徐々に知名度を上げていった。
有名になるにつれて事務作業やトラブルなどを抱え込んでいた。その時幼馴染の一輝からstream社に誘われて所属した。
streamの一員となってからはカバー曲だけに留まらず、オリジナル曲も発表し、さらにアーティストとしての活躍の幅を広げている。stream社を代表するアーティストと言っても過言ではないだろう。
引用:Mikipedia




