11 第11話:3年ごしの初配信
朝起きた俺は、早速配信するための準備を開始した。
「配信は………だいたい3年ぶりか」
3年前に活動を辞めて、それっきり一度も配信はしていない。
割と本気で頑張っていたが、大した結果が出なくてメンタルをやられて辞めてしまった。
今思えば、あの程度の覚悟で活動したって成果なんか出るはずない。それを分かっていたらもっとマシな人生を歩めたのかもしれないな。
昨日の予習がどれほど通用するか分からないが…………やってみるしかない。
デバイスに接続して、ネオのチャンネルを開く。
このVITというサイトを通じて、ファンたちに配信することができる。ライブ中継して、ゲームをプレイしている様子を見せたり、ラジオみたいに喋ったりすることができる。
〈システム〉から〈アバター〉を選択して、ネオの姿になる。
チャンネルに触ったのももちろん久しぶりだが、やらなければならないことはなんとなく覚えている。
ここ数年でVITもずいぶん変わったなと痛感する。動画を配信するためだけのサイトだったはずだが、どうやら日常の呟きや写真、短い動画を簡単に投稿できるようにもなっているみたいだ。
俺はその機能を使って、『今から30分後に配信開始します。だいたい1週間ぶりぐらいかな?』と投稿した。
すると投稿してすぐに大量のコメントが押し寄せてきた。
コメント:マジで?!
コメント:告知できてえらい!
コメント:1週間音沙汰なかったから事件とかに巻き込まれてるんじゃないかって心配してたよ……
俺はその光景に戦慄する。
ネオはこれほど多くの人々に注目されていたのか……数字の上では分かっていたつもりだったが、自分で経験してみると思った以上だ。
「考えてみれば当たり前か……」
呟きながら配信の準備をする。
準備といってもチャンネルに接続するだけだから時間はかからない。ライブ配信を行うつもりだが、背景を選択すれば、違和感なく映像が流れるからネカフェの部屋を掃除する必要もない。
手持ち無沙汰になった俺は発声練習を行う。唇を震わせながら高音や低音を出していく。
しっかりネオの声を出せている。問題はなさそうだ。
それを何度か続ける。しかしここがネカフェの一室だということを思い出して、慌ててネオのアバターを解除する。
壁が薄すぎる。
こんなところで配信をしようものなら、声がダダ漏れだ。こんな初歩的なことにすら気づかない自分に呆れる。
ネオの声が隣の人に聞こえていないか心配で、息を潜めて様子を伺う。
しかし特に変わった様子はない。何も言ってこないということは大丈夫だろう。
住んでいる人が変わったのか、そういうふうに勘違いしているはずだ。
6年前にデビューした手の頃にもこんなミスがあったことを思い出す。俺はあの頃からほとんど成長していない。
どうしようかと一瞬悩む。
配信は30分後に行うと明言してしまった。取りやめにすることはできるだけ避けたい。しかしこんな壁の薄いネカフェでするのは論外だ。
俺はとりあえず羽山に電話をかける。
「すみません!配信に適している場所ってありませんか?」
「え………あなたついさっき『配信します』って投稿していたよな。どういうことだ?」
「住んでいるネカフェの一室で配信しようと思ってたのですが、ここでは壁が薄すぎると思い直して……」
「なるほど、だいたいの事情はわかった。こちらでスタジオを用意する。できるだけ速やかに本部まで来て欲しい」
「すみません、何から何まで………」
「気にするな。これくらいのミスは新人なら誰にでもあることだ」
そう言って通話が終わる。
『これぐらいのミスは新人なら誰にでもあることだ』俺はさっきの言葉を思い出す。
一応ストリーマー経験は初めてではない、それなのに新人と同列に語られる。それは非常に屈辱的なことだ。
しかし俺は実際に新人レベルのミスをした。落ち込んでばかりはいられない。早くこれを挽回しないといけない。
俺はタクシーを呼んでそれに乗り込んだ。
できるだけ本部まで急いでくれと言いたかったが、運転席は無人なためそれもできない。この時ばかりは安全第一の全自動を恨めしく思った。
◇ ◇ ◇
「ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」
「そこまで謝罪しなくて結構だ。それよりも早くスタジオに向かってくれ」
20分ほどで本部に着いた俺は、羽山に頭を下げる。すでに告知の投稿をしてから30分が過ぎている。さっさとスタジオに向かわなければならない。
「ここからはNeoのアバターを使ってほしい」
「わかりました」
ネオのアバターを選択して、体と声が本当に変わっているか確認する。
そうして急いでスタジオに向かう。
スタジオには数名のスタッフさんが待機していた。クリエイション班の人たちだ。俺は彼らに声をかける。
「ごめんね。急にスタジオ使わせてもらって」
「いえ、大丈夫です。それが僕たちの仕事ですから」
俺は羽山の『それが私の仕事だ』という口癖を思い出した。
きっと彼らは羽山の部下か何かなのだろう。口調や仕事の手際の良さが羽山にどことなく似ている。
焦りながら椅子に座る。用意されている水を無意識に飲んだ。
俺はマインデバイスに接続してVITを開く。ネオのチャンネルには1万人弱のファンたちが集まっている。告知した配信を待っているのだろう。
その人の多さにまたしても圧倒される。コメントが今も読みきれないほど付いている。俺が活動していた頃とは比較にすらならない。
配信を開始しようとしていた手がぴたりと止まった。こんなダメな男がこれほどのものを背負っていいのだろうか?
しょうもない自己嫌悪に陥っているというのは自覚している。だが指が震える。
震える指をなんとか止めようとすると、さらに緊張度が増す気がする。
この3年間、チャンスがあればもう一度やり直すことができるはずだと考えていたが、人はそう簡単には変われないようだ。
今まででは考えられないほどの人々が俺を求めている。しかしそれは自分の功績でもなんでもない。Neoが一つ一つ積み重ねたもののおかげだ。
「Neoさん、どうしたんですか?なんだか顔色が悪いですけど」
さっきのスタッフさんが声をかけてくれる。
それなのに緊張は収まらない。無意識にまた水の入ったコップに手が伸びる。
その時、他のものとは違う一つのコメントを見つけた。
コメント:Neo先輩、僕に勝ったくせに、失敗しちゃダメですよ?
『まだかな?』『ざわ…ざわ……』などのコメントが飛び交っている中で、それはずいぶん浮いて見えた。
今も数多くのコメントが飛び交う中で、それを見つけることができたのはある意味奇跡に近いのかもしれない。
そのコメントには挑戦的な意味合いは込められていたが、悪意は見当たらなかった。
多分これは新が書いたものだろう。あいつのにやけ顔が容易に想像出来る。
俺をおちょくるつもりなのか、本気で心配しているのかはわからないが、不思議とそのコメントで落ち着くことができた。
大きく息を吸って腹にためる。
そして長い時間をかけて息を吐き出す。そうすると今まで後ろ向きだった気持ちを切り替えることができた。
まだ配信していた頃のルーティーンだ。今、ふと思い出した。
覚悟を決めて配信を開始する。時刻を確認すると、10分ほど予定の時間からオーバーしていた。
コメント:キチャラ!!!
コメント:やっと始まった!
俺はプロだ。正確にはもう一度プロになるチャンスが与えられたものだ。失敗は許されない。
大きく息を吸って声を出す。
「久しぶり。ごめん、ちょっと遅くなった」
俺は心の中で「本当に久しぶり」とつぶやく。
プロとしての自覚を思い出すまでに、随分と長い時間がかかってしまった。俺は本当にダメな男だ。
『キタァァァ!!!!』そんなコメントたちを見て、俺は思わず笑った。
配信する……久しぶりの感覚に気持ちが高揚する。
一万人の群衆に見られている――その事実だけで脳汁がいくらでも出る。
――気持ちいい。
注目される、それがエゲツないほどの快感であることを俺は久しく忘れていた。
先ほどまでの緊張は完全に頭から抜け落ちていた。
「みんなもタイトル見れば分かると思うけど、今日の企画は――」
コメント:いいね!
コメント:面白そうですね
とりあえず、Neoとして一歩を踏み出すことができた。
GUNSの敗北から今日まで、俺はさまざまなことを思い出した。
プロとしての自覚、ゲームの面白さ、配信への情熱、そしてたくさんの人から必要とされる快感――
本当にたくさんのことを取り戻したが、Neoになった理由の最大の理由はこれらのどれでもない。
チームを抜けてからずっと思い続けてきた願いがある。
ネオを超える――3年間ずっと願い続けてきたその悲願を達成するために、命を燃やして頑張ろう。
第1章:たった一度きりのチャンスを掴め!Fin
nextーー第2章:超えろ!憧れを
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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感想やレビューもお待ちしております。次回からは第二章に突入します




