1 第1話:拝啓stream社本部にお越しください
【VRシューティングサバイバルゲーム、日本予選第3リーグ】
ズドォォン…………
遠くの方で銃が発砲された音がした。
どうやら1人のプレイヤーが何者かによって倒されたらしい。
〈残りプレイヤー4人〉
息を殺しながら、その銃声に耳を傾けている者が2人いた。
2人の男は銃を持ち、茂みに身を隠している。
残りプレイヤー4人――先ほどからずっと膠着していた状況が大きく変わった。
「状況が動いたようだな…………」
2人の男の体が緊張で震えた。あともう少しでこの大会で一位を獲得することができる。
「そうですね、ここからはさらに気を引き締めましょう」
「俺たちの他に生き残っている2人はおそらく1パーティ…………最終決戦になりそうだな」
生き残っているプレイヤーの内訳は、彼らの他に敵2人。
この大会では2人が1チームとなって優勝を争う。
残り2人の敵がそれぞれ単独ならば彼らが圧倒的に有利だが、そこまで都合は良くない。ほぼ間違いなく相手も2人1組となってこちらを討つ機会を狙っている。
「KOICHIさん、残りの敵はあと1パーティにまで減りました。ここで潜伏場所を移動しましょう。相手がこちらを探しているところを狙撃でズドンです」
「潜伏場所を変える、か……」
「ダメでしょうか……?」
「いや、いい判断だ。“相棒”、お前を信じるよ」
KOICHIと呼ばれた男は、奇襲をかけて接近戦に持ち込む戦法を取りたかった。しかし信頼する“相棒”がこう言うなら仕方がない。
KOICHIは基本的に自分の直感というものを信じていない。たいていそういうものは外れる。
それなんかよりも、ずっと一緒に戦ってきた相棒の言葉の方がよっぽど信じることができる。
「戦法自体は最善だと思うが、俺たちは狙撃用の銃を一本しか持っていないぞ。そこら辺はどうするつもりだ?」
「自分が狙撃を担当するんで、KOICHIさんは相手が混乱している隙に残った1人を倒してください」
「わかった。異論はない」
そうして潜伏場所を変えたKOICHIと“相棒”は相手が姿を表すのをじっくりと待った。
岩陰にじっと体を潜めて、前方のフィールドを穴が開くほど見つめる。
時間の流れが人生で最も遅く感じられた。しかしそれでも彼らは辛抱強くチャンスを待った。
時間をかけて待った甲斐あって、相手がどこにいるのか割り出すことができた。あとは相棒の狙撃に全てはかかっている。
KOICHIは残党狩りをするだけの簡単な仕事だろうと笑った。
――ここで勝てば世界大会へ進出できる……絶対に負けられねぇ…………
彼は持っている銃を握り直した。それもほとんど無意識的に。
昂る気持ちをなんとか抑える。こういう決戦の状況でこそ、冷静にならないといけない。
「KOICHIさん、相手の狙撃は僕に任せてください」
KOICHIはこちらをじっと見つめてくる相棒の目を見つめ返す。
そこにはゆるぎない決意を感じ取れた。きっと彼が何を言っても、こいつは自分の意思を曲げないだろう。
それならば返すべき答えはたった一つだ――
「頼むぞ、相棒」
相棒の背中を叩く。ここでもし狙撃を外すと、相手に潜伏場所がバレ、今度はこちらが圧倒的に不利な状況に追い込まれる。失敗すれば全てが終わる。
しかしKOICHIは相棒を信じていた。
これまで一緒に喜びを分かち合い、涙を流した時間が彼らを強固な絆で結んでいた。
特にチームで行うゲームは、個人が活躍しても意味がないのだ。仲間と連携し、信頼しあって勝利をもぎ取る。
――ゲームとは、そういうものでなければならない。
「相棒、期待してるぞ」
「期待していてください。最高のショットを見せてやりますよ」
相棒が大きく息を吸い込む。目線がたった一点に絞られた。
いつも狙撃前に彼の良く行う癖だ。
胸に空気を送り込んで、目を細める。もはや精神統一の一環なのだろう。
「発砲します」
心地よい発砲音が、響く……。
その球は相手の1人に向かってスピードを保ちながら向かっていき、そして、ギリギリのところで外れた。
想定していた最悪の状況が、今目の前で実際に起こった。まさか本当に外れるとは、夢にも思っていなかった。
相棒の手から放たれた銃弾は相手に全くダメージを与えずに、ただ発砲音だけを鳴らした。
KOICHIは呆然とその様子を見つめる。そこで起こったことを受け入れることができない。
「冗談だろ……………」
相棒の呟く声が聞こえる。
「そんな……………………」
思わず膝から崩れ落ちそうになる。しかしまだゲームは終わっていない。
可哀想だが、無慈悲にも相手がこちらに銃を持って接近してくる。
彼らも慌てて対抗するが、相手のシューティングの技量の高さに圧倒されてしまう。
HPがどんどん削られていく。
KOICHIは相棒の致命的すぎるミスに思わずブチギレてしまった。
この日のために長いこと練習してきたのに、今のプレーで全てが無駄になった。
「狙撃ミスるとか論外すぎるだろ、この無能がぁ!!」
「本当に、すみません。いつもなら出来るのですが………」
「謝って済むなら警察はいらねぇんだよ!!!!」
シンプルにシューティングスキルで劣る上に、チームの連携もろくに取れなかったせいで、最後の最後であっさりと負けてしまった。
◇ ◇ ◇
VRの世界から現実へ戻ってきた俺は、ゲームをするためにつけていたVRゴーグルを思いっきり床に叩きつけた。
「何が『最高のショットを見せてやる』だよ!ミスってるじゃねぇか、あのくそ野郎が!!!!」
俺――田辺浩一は、酒を飲めるようになって数年経つぐらいの住所不定ニート、どうしようもない社会のクズだ。
さっきの試合で人生一発逆転してやろうと思ったけど、それも失敗した。
俺が今いる場所は壁の薄いネットカフェの一室であるため、隣の住人から「うるさいぞ」と注意を受ける。
「くそっ、これも全部スナイプ失敗しやがったあのクソ野郎のせいだ…………最悪だ。あいつのせいで俺の人生めちゃくちゃになった」
俺はあのクソ野郎と繋がっていた連絡先全てをブロックする。あんなやつと「相棒」なんて呼び合っていたという事実を思い出すだけで吐き気がする。
「だいたい俺はスナイプじゃなくて近づいてから奇襲の方が確実だと思ってたんだ………あいつが俺の言うことを素直に聞かないから……………」
思い出したらさらにイライラしてきた。
あそこでもし俺が自分の直感を信じて行動に移せていれば、勝利をもぎ取れたのではないかと思うと後悔してもしきれない。
俺の意思をあいつに伝えかどうかは忘れてしまったが、そんなことは大した問題ではない。重要なのはもし俺が方針を示していれば、きっと勝利できたということだ。
やけくそに普段は飲まないビールを一気飲みする。あまり慣れていないアルコールと昂ぶった気持ちのせいですぐに酔ってしまう。
だいたいこのビールも本当はチャンピオンを取って世界大会に進出できたことへの戦勝祝いのために買っておいたものだ。それを思い出すと余計に悔しくて泣けてくる。
備え付けられている机を強く叩く。大きな音がなった。
隣の住人に聞こえているだろうが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
あのクソ野郎は試合が終わった後も「すみませんでした……、全部自分の、せいで…………」と泣いて謝っていたが、俺はそれを全部無視した。
思えばこの半年間はずっとあいつと技術を高め合い、連携をとってきた。それなのにその関係も一瞬で崩れ去ってしまった。
「ぐぞぉ………なんであんなどごでミスしたんだよぉ…………、あの大馬鹿野郎がぁ…………。ぐぞぉぉぉ!!!!」
俺の叫び声はネカフェ中に響いたらしく、隣人がクレームを入れてくる。
大きくどすの利いた声で注意してくる。ここの住人は騒音問題を許さない。
それでもずっと泣き叫んでいるとネカフェのスタッフが部屋の扉を叩いて「静かにしてください」と警告してきた。
俺はそこでやっと泣き止んだ。
そしてゴミの散乱している床で寝るのは諦めて、アルコールに身を任せながらゲーミングチェアに座って眠りについた。
朝起きて時間を確認すると午後3時だった。昨日寝ついたのが深夜の0時だったため、およそ15時間も寝てしまっていた。
「………頭いてぇ」
昨日のアルコールと過剰睡眠のせいで調子が悪い。
椅子に座っていたせいで体も痛い。
部屋の空気もなんだか臭い。
「ビールも結局飲みきれなかったな……」
調子に乗ってビール缶を3本も買っていたが、昨日飲んだのは一本だけだった。
酔い覚ましに常備しているミネラルウォータを一気飲みする。
飾っているアニメのポスターのキャラクターがなんだか自分を嘲笑っているような気がした。
なんでこんなに落ち込んでいるのだろうと考えを巡らせ、昨日一世一代の大勝負に後一歩のところで負けたことを思い出した。
俺は一体これからどうすれば良いというのだろうか。30才手前にもなって住所不定のニート。
情熱をもって打ち込める目標すらも挫折し、あいつとは顔を合わせるどころか、チャットでの会話すらしたくない。
もともと自分でも人間としてどうしようもない男だということは自覚していた。それならゲーム大会などに出場するべきではなかったのかもしれない。
「はぁ、他人の不幸でも見ないとやってられねぇよ……」
ゴシップニュースのまとめ記事でも見ようとした時、一通のメールが届いていることに気がついた。
『田辺浩一様、至急stream社本部までいらしてください。1週間以内にいらっしゃらなかった場合は事務所との契約不履行とみなし、田辺様に行っている金銭援助の取りやめ並びにチームからの除名を行います』
「随分シンプルだな。本部に呼び出す理由すらも書かれていないなんて……」
stream社というのは、日本の最大手のストリーマー事務所だ。プロゲーマーやアイドル、さらには音楽関係者などネット媒体が活動拠点のストリーマーたちが数多く所属している。
昔は小さな事務所だったが、親会社の圧倒的な資金力と技術力のバックアップによって大きく成長した。
俺はそこにゲーマーとして所属していた。
しかし今はストリーマーとしてのKOICHIは既にいない。
stream社に足を運ばなくなって――というより配信活動をやめてもう何年経つだろうか。
かつて所属していたゲーミングチームからは3年前に実質脱退したようなものだが、名前だけは残っていたらしい。
――しかし本当に嫌なタイミングで連絡を寄越してきたな
俺としてはもうあんなところへ二度と行きたくない。かつて挫折して逃げた記憶が詰まっているからだ。
――行きたくないけど、行かないわけにもいかねぇよな。
正直stream社にはいい思い出がほとんどない。ただ俺はあそこに従わなければならない。
俺がこうしてニート生活を送れるのはstream社のおかげだからだ。
3年前、プロゲーマーとしての活動を完全に辞めた後も、stream社からは離れなかったため最低限の給料をずっと払い続けていてくれた。
そこら辺の事情には昔付き合っていた女性が関係してくるが、今はどうでもいいことだ。
少なくともこのように命令された場合、俺に個人的な意見は存在してはならない。
「仕方ねぇ、行くか……」
そうして俺は期限ギリギリの1週間までネカフェの個室でぼーっとしてから、stream社への本部に向かった。
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