だから私はここにいる。
蛇ってハムスターを丸呑み出来るの、知ってた?
いやぁねぇ、別に意味なんてないわ。
ふと思い出しただけ。あんなに可愛ゆくてふわふわした生き物を蛇はペロンって食べちゃうのよ。あらなぁに、真っ白なお顔をして。こう言う話はダメだった? ふふふ、何度も言ってるでしょ、意味なんて特にないってば。
昔ね、その動画を見たの。
生き餌として飼っているハムスター蛇に食わせる動画よ。
高校生の頃だったかしら。
親が寝静まった深夜に、光が漏れないように布団に包まりながら、息を潜めてこっこりと。適当に動画を漁っていたら偶然辿り着いたの。あら、動画が残酷だなんて言わないでちょうだい。あれはあれで意味があるのよ。ほら現にいつまで経っても忘れられない人間がここにいるでしょう。
それを見て、ふふ、驚かないでね、なんだかすっごく興奮しちゃって、オナニーしちゃったの。
やだぁ深く聞かないでよ、別に面白くもない話よ。
もう、どうしてそんなに詳しく聞きたがるの。酒の足しにもならない話よ。そう、物好きねぇ、このスケベ。
過去の話よ。
父は医者で母親は専業主婦だった。
朝食は取らない父に合わせて昼は和食、夜は洋食。どちらも品数は豊富でね、必ず五種類はあったの。あとから母に聞いてみたら。おかずが少ないと父の機嫌が悪くなるんですって。
小学校学校高学年の頃には中学受験をする事が決まっていて、母は近所の有名な進学塾に行かせてくれたわ。
毎日勉強を見てくれた。沢山の習い事もさせてくれて、家にはピカピカのグランドピアノが置いてあった。二百万円するそれを持っていることが子供ながらに自慢だった。
今考えても、とても苦労するような家庭じゃなかった。
それでも、もし自分が他の子と違う点を挙げるとするなら。
もし自分が他の子と比べて可哀想だと思う点を挙げるとするなら。
自分はとびきり素直な子だった。
そうして、自力で物事を考える力がなかった。
自分は恵まれていてとっても幸せだと思っていたけれども、正確に言えば、周りがそう言っていたから自分はそう信じていたの。
あなたは幸せ者だ、不幸なんかじゃない。
だって素敵な家族がいて、美味しいご飯がいっぱい食べれて、綺麗な洋服をたくさん着ることが出来る。みんな口を揃えて同じようなことを言うもんだから、あぁそっか、これが幸せなんだって。
でもねぇ、その幸福がどんな物かって吟味する力が自分にはなかったの。父が悪だと言ったら悪だと思い、母が善だと言ったら善だと思っていたわ。
自分を構成する父と母が幸せの象徴だった。
世界の全てだった。
そしてそれが無償の愛だと思っていた。
中学受験間近になると好きな事や興味のあることは徹底的に排除されるようになったわ。
勉強の邪魔だからって。そうしている内に趣味もなくなって友人もいなくなる。徐々に好きな事や嫌いな事の分別が出来なくなって、やがて見つける事すら難しくなってきた。
そうして中学に上がる頃には、勉強しか知らないひとりぼっちの自分と、両親の理想である無菌の箱庭が完成したの。
果たして赤子が独りで成長出来るのか。
マァ当たり前だけれども、そんなこと到底無理な話なのよ。
両親の期待とは裏腹に、小学生のときに出来た勉強は中学生になった途端に出来なくなった。
おかしいわよねぇ。音楽もテレビも携帯電話も本も、娯楽は何一つ存在しない。勉学以外にやる事がないはずなのに。それなのに勉強に身に入らなくて、一日中机に向かいながらぼーっとしていた。テストの点数と親の機嫌に怯えながら、ただただ無為に時間を過ごしてた。
ねぇ、人間の三大欲求ってご存知かしら。
突然なんだって。ふふふ、もちろん知ってるわよね。食欲、睡眠欲、性欲。
そんな当時の自分の唯一の楽しみいえば、人間の三大欲求に身を任せる事だったの。
だって他にやることがないんだから仕方ないわ。
全ての不満や不快な事は自慰が解決してくれた。
単純で大きな快楽は全てを打ち消してくれた。
中学二年生の頃、両親に変化が現れ始めた。
勉強の大切さをいかに説いても一切勉強しない親不孝者に痺れを切らした両親は、日に日に攻撃的になってきたの。最終的に両親は自分を物乞いをしている浮浪者を見るかのような目で見るようになった。
目を合わせるとため息をつき、テストの点数が良くない者は生きている価値すらないと嘆く。
死ね、死ね、死ね、と言って机と自分を縛り付ける。母は自分を見るたびに狂ったように泣いて、父親そんな母を見て自分を殴った。とは言え殴ったと言ってもほんの二、三回程度よ。警察を呼ぶような大怪我なんて一度もしたことがない。
結局、父もその程度の男なのよ。
身体の傷は大したことなかったけれども、心にはひどく傷を負った。
愛には対価が必要で、その対価というのは勉学に励む事であるというのが彼らの自論だった。
無償の愛などなかった。
無償の愛だと思っていたものは、なんて事ない、両親の見栄やプライドだった。
母は心が弱く、絶対的な父に従っているだけだった。
周りからどう思われているのかを一番に気にかけ、娘の存在を恥に思うようになった。父もまたそんな母親を溺愛しているだけの裸の王様で、自分の娘が何も出来ない存在だと周りから思われる事をひどく嫌がった。
なぁにも知らない無菌の部屋で過ごしていた自分が、たったひとつの世界であり無性の愛そのものだと思っていた両親から、人生を否定される。
一瞬で何かが粉々になってしまうような、心臓の奥深くに刻みつけられるような。そんなひどく苦しい気持ちを将来永遠に忘れることはないと思う。
そしてその心の痛みを解決する方法なんて自分には到底分からなかったから、結局自慰で解決する他なかったの。
ハムスターを見た時ね、同じだと思ったのよ。
死を前に怯えて恐怖する黒い目。
悲痛な死に際の泣き声。
サドスティックな気質なんてないはずなのに、何故だかひどく興奮して、それから自分も蛇に丸呑みされたいと思った。
あぁそっか、これは、ハムスターは自分なんだ。
生き餌の為に飼われるハムスター。
彼は蛇の糧になるため生きている。
親の為に飼われる私。
自分は親の見栄の養分になるために生きている。
そんな自分が、死という解放の直前にいる。
解放される、あの蛇が食われる事によって。
この苦しくてどうしようもない無色の毎日に終わりがくる。
なんて自分は可哀想なんだろう。
痛くて痛くて堪らないであろう死でしか自分を終わらせることが出来ないなんて。
開放感や不安感、その全てを自分の脳は性的興奮に変換していた。
不安な事を打ち消す為のはずだった自慰行為は徐々に変質していき、性癖に変わっていた。全ての不安や痛みは自分にとって性的興奮の対象になっていた。ハムスターのお尻が蛇に飲まれて動かなくなるまで眺めて、そして自分も果てた。
興奮が冷めてまだ整わない息の中、ふと我に返ったわ。
自分は何かとんでもない事をしてしまったのではないかと。もしかして、自分は何か異質なものになってしまったのではないか。画面は次の動画へと変わっていて、猫が戯れている動画になっていた。もう見る気なんて起きなくて、湿った指で静かに電源を落とすしかなかった。
あまりにも受け止めるものが多すぎて、何が何だか分からなくて、そのあと少しだけ泣いちゃった。
そう、話はそれだけよ。
息抜きに書いたものを供養します。
反応いただけると全裸でラジオ体操するくらい喜びます。