1話
ここは地獄だ。
地獄のようなという比喩ではない。文字通り地獄だ。
大地は血でぬかるみ、踏み潰された無数の躯で足場は悪い。怒号、雄叫び、悲鳴、断末魔が耳を覆う。昼間にもかかわらず、陽光は現世のように明るくはないが、彼は誰時のような薄暗さは、周囲の凄惨な光景をはっきりと映す。
眼前では未だに殺戮が繰り返されている。ある者は腕を切り飛ばされ、切り飛ばした者は、別の誰かに金棒で頭を潰され脳漿をまき散らした。自分もそうした行為を行う者の一人として、刃毀れだらけの刃を躱し、無気力に剣を振う者たちを斬り、突き、破壊してゆく。
無数につけられた傷口は焼けるような痛みを発し、呼吸は粗くなる。
苦しい。
体の限界は近い。
逃げたい。
もう何十人破壊したのか。一体何の為に、この殺戮を続けなければならないのか。
ぼろぼろの軍刀を振る腕は小刻みに震え、破損した鎧を纏った傷だらけの体は重く、足取りは覚束ない。
ここで座り込んでしまいたい。
座ってしまえばすぐに破壊される。強烈な痛みや、死の恐怖を味わう事になるが、この苦しみからはすぐに解放される。
既に死人となったこの身は破壊されようが滅することはない。この殺戮劇が終わればまた甦り、次の戦場に送られる数日は痛みや恐怖、人を破壊することの嫌悪感から逃れることができる。
止まってしまいたい。
だが、止まったら、止まって逃げてしまったら、心が折れてしまう。
地獄に落ちてもう百年は経過した。
普通なら五十年程で壊れて、心を亡くし、淡々と無気力に破壊し、破壊され合う案山子と呼ばれる者に成り果てる。ここで立ち止まり心を閉ざし逃げることを受け入れてしまったら……
俺が俺でなくなってしまう。
案山子になりたくない。動け。逃げるな。立ち止まるな。斬れ。突け。躱せ。進め。さもなくば、無気力に剣を振う者たちが、心を亡くした動く屍たちが、明日の自分になる。
意地だけで軍刀を振るい、毀れた刃で無理やり案山子の首を裂く。まだだ、まだやれる。
ドン
唐突に背中から強烈な衝撃が走る。胸が焼ける様に熱い。振り返ろうとするが上半身が固定され動かない。胸には血で赤く染められた槍の穂先が生えていた。
ここまでか。
周囲は既に俺を破壊しようとする者が群がり、我先にとその切っ先がこちらへ目掛けて突き迫る。
怖い。
でもまだだ。
腕を振り上げるが、動けぬ己の体に次々と刃が突き刺さる。
この身を破壊されようとも、一時の死に自ら逃げなければ折れはしない。
最後の力を振り絞り、正面から剣を突き刺した者の口内へ軍刀の切っ先を差し込めば、生暖かい血飛沫が視界を塞ぎ、口内に鉄の味が広がる。逃げてはならない。身体が動き、意識を失うその時まで、苦痛に、恐怖に、抗い続けなければ、折れてしま……う……