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31.ラトム・トラディッチ大佐

 トラディッチが住民代表と称するその若者達のグループと会う気になったのは、今だ国内に潜伏して蠢動している女王派レジスタンスの所在をすべて把握できておらず、その男が『最も重要なレジスタンス』の所在を知っているという触れ込みだったからだ。

 ラトム・トラディッチ大佐。

 革命前は、女王付き近衛兵隊長にして、エメトリア陸軍大佐。

 そして現在は、革命評議会議長にして革命軍の最高司令官である。

 その彼の日常は、革命後は更に多忙を極めていた。

 特に、国内の経済活動についてある程度の自由度を維持しつつ、革命軍側で統制することが最大の課題だ。

 革命以前の状況とはほど遠いとは言え、特に海外との取引を中心として普段通りの経済活動を行うよう国民に強制はしているが、国内は物不足とインフレ、海外からの投資の引き上げが続いている。

 締め付けすぎて経済が滞ることは避けたいが、ソビエトや中国といった一党独裁による完全統制への道のりは遠い。

 革命前のエメトリア国防軍大佐だった頃のラトム・トラディッチは、どちらかと言えば穏健派として有名で、壮年期の理性的な光を目に宿した男だった。

 質実剛健、公明正大を信条としており、軍内部からの支持も多く、彼の内心は別として女王の信頼も厚かったはずだ。

 革命後の彼もその点では変わらなかったが、他の点は違った。

 特に、革命後は軍人としての冷徹さに拍車がかかり、むしろこの男の残虐性が如実に表れることになった。

 反革命側、特に魔女と呼ばれる、前政権の中心にあった女性達に対する執拗な攻撃と虐殺、尋問、拷問は、彼の古くからの側近でさえ目をしかめるような状況になっていた。

 それでも、この男の支持者が多いのは、やはりその卓越した軍政指揮のたまものであろう。

 かつては女王の執務室であった場所が、現在のトラディッチの居室となっていた。そこでフォークからの報告を聞き終えたところで、件の男がやってきたことを受付の兵士から報告知った。

「入れ」

 書類から目を離さず短く言うと、両開きの扉からその男女8名の集団は入ってきた。

 若い。まだ10代の学生のような容姿とカジュアルな服装で、緊張しているのか、背筋を張ってぎこちなく入ってきた。

「お時間をいただきありがとうございます。ミハイル・カシヤノフです」

 トラディッチの前に立つと代表者の男が震える声で挨拶をする。ちらりと隣に立つフォークの方を見た。

 鋭い眼光に射貫かれた様な気がして、すかさずトラディッチに目を移す。

「レジスタンスの、それも我々にとって最重要な人物の情報を知っていると聞いたが?」

「はい、大佐。単刀直入に申し上げましょう。その情報と引き換えに、現在捕らえられている私達の家族と街の住人を解放して欲しいのです」

「密告の報酬として反革命派を解放しろと?」

「はい。捕らえられている人達の多くは女王派とはいえ、革命軍にとってはなんら脅威とならない、女性や子どもを含む一般市民です。彼らを解放して欲しいのです」

 額に冷や汗を浮かべ、震える声で言うミハイルをトラディッチは腕を組んで見つめた。

 フォークの知っているその尋問方法の一つでも試せば、その若く線の細い男は簡単に口を割りそうだった。

 既に獲物を見るような目つきのフォークを一瞥する。

 心得たようにフォークが頷いた。

「なるほど、話は良くわかった」

 人の良さそうな笑顔を浮かべてトラディッチが立ち上がった。

「我々としても、この様な事態を長く続けるつもりはないのだよ。本来の首謀者さえ見つかれば、容疑者達はすぐにでも解放したい」

 ミハイルの手を取り、両手で握手をする。

 ミハイルは震える声で礼を言い、後で青ざめた顔で見ていたミハイルの仲間達が安堵の表情を浮かべる。

「詳細はこのフォーク少佐に話してくれたまえ」

 フォークが若者達を連れて、執務室を出て行った。

 彼らがこの後、家族と会うことはない。フォークは容赦しないだろう。他者を生け贄にすることで目的を実現する者達には、自分たちも生け贄の対象となることを知るべきであろうと思う。

 革命軍側に与することで自分たちの利益や立場を利する人々は後を絶たないが、自分の欲望を達成するために露骨に他者を売る連中の方がわかりやすいとトラディッチは思う。

 暫くして、コールと共に次に執務室に入ってきたのは、両脇を抱えられたなかなかの美人だった。

 もっとも相当い痛めつけられたらしく、その顔は腫れ上がり、全身の服は破れ、いたるところに血がにじんでいた。

 自白剤の影響か、目の焦点は左右別だ。

 椅子に乱暴におろされると後手に手錠をかけられる。

 首には、黒い首かせが付けられ、それが作動している証拠として、中央にはめられた宝石型のランプが点灯している。

 連れてきた兵士が無造作にその女の首筋にピストル型の注射器を押し当てた。

 低いうめき声と共に女の頭が跳ね上がる。意識が戻ったのがトラディッチにもわかった。

「カーラ・ヤコブレフ」

 先ほどとは打って変わった、トラディッチの冷酷な声が響いた。

「娘と夫には手をださないで…」

 かすれたような声で繰り返すカーラ。

 ニコライによる苛烈な尋問、肉体的または精神的にニコライの趣味で壊されてしまう前にカーラを救ったのは、トラディッチだった。

 エリサとカーラがエメトリア国内に侵入したところまではニコライから報告が入っていたが、その後報告が途絶えたため、訝しんだトラディッチが自らニコライのところに赴き、二人を捕らえたことを知ったのだ。

 トラディッチが近づき、カーラの顎をつまんで上に向けさせた。

「我々に協力すれば、お前の望みは叶えよう」

 魔女を排斥し、革命軍側で秘匿して、大国向けの商品として販売する一方で、革命軍内にも独立した魔女達の部隊を設立する。魔女の力が発生するロジックを解明して、一般の兵士達に転用する。

 本来の彼らの目的はここにあった。魔女を排斥することを建前としたのは、魔女達に組織的な抵抗をされないためでもあり、一方で、人類に昔から根付く悪しき考え、男尊女卑的な精神を刺激して、国内の支持を得るためだ。

 カーラのような戦力は貴重だ。拷問が趣味の元高級情報将校のおもちゃにしておくのは国益に反する。

「娘と夫には…」

 うつろな目で繰り返すカーラの量の頬を手で押さえ、目の中を覗き込む。

「我々の言うとおりにしろ。おせっかいの軍事顧問が派遣してくる援軍とやらを壊滅させてこい」

「・・・」

「少しでも、お前が裏切れば、娘も夫もニコライに渡す。わかったな」

 カーラの目に、絶望に近い決意の光が宿ったのがわかると、トラディッチはその場を離れて、執務室の席に着いた。

「手当をしてやれ。それと、この女につける部隊の編成をしろ」

 控えていた兵士が敬礼して、カーラをまた引きずるようにして部屋を後にする。

「あの軍事顧問のことだ。SAS上がりの特殊部隊での急襲程度だと思うが・・・」

 トラディッチはつぶやき、別の書類に目を通し始めた。


To be continued.

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