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11.エリサの憂鬱

 寮の窓からけだるげな九月の夕日が差し込み、部屋の中に長い影を落としていた。

 寮室のクーラーは効いているものの、着ている部屋着は汗で重く湿っている。

 エリサは、かけられていたタオルケットをよけると、上半身を起こした。

 まだけだるい感じは残るが、強い頭痛はもうそれほどでもない。

 ベッドから床に足を下ろして絨毯の敷き詰められた床を見つめる。

 もう、ここにもいられなくなってしまった。

 せっかく友達になれそうな人達もできたのに。

 既に何度目かの落胆。けれど、慣れることは難しい。

 父の暮らした極東の島国なら、彼らに見つかることもないと考えていたのに。

 家族も祖国での始末が終わり次第、こちらに来る予定だった。

 祖国を捨てるわけではないが、軍部の国外勢力との癒着、政府内での台頭が著しく、女権国家の公国制とはいえ、母である女王の力だけではもはやどうしようもない状態になってきていた。

 太古の昔から、彼らの種族は女性を中心とした平和的な民族だったのだ。

 男性的な軍国主義の台頭とともに、世界中から消えていった平和的な母系社会。

 現代まで存続できたのは、エメトリアの血族に突発的に発生する特殊能力のおかげだった。

 そのために、ニコライ2世、ヒトラー、スターリン、毛沢東等々、あらゆる歴史上の指導者、独裁者に国が狙われることにもなってきたのだが。

 ふと見ると、机の上に置いてあるクラリネットが目に入る。

 智子に誘われて管弦楽部に入部したことを思い出す。

 歓迎会と称して、玉川高島屋の地下にみんなでジェラードを食べ行ったのだ。

 めずらしい日本の桜のジェラードの香りと友人達の笑顔。

 同学年の友人との平和で楽しい時間がすでに遠くに感じられる。

 深いため息をついて、使われていない二段ベッドの上に置いた大きめのトランクを見つめた。

 早くここを出ないと、彼らに迷惑がかかる。

 現に昨日もそうなったではないか。

 トランクを降ろそうと立ち上がったところで、部屋のドアが開いた。

「あ、起きてる!」

「エリサ大丈夫?」

 マユミと智子の二人が慌てて入ってくる。

「ありがとう。もう大丈夫」

 二人の方を向いて笑顔を作る。この二人に別れを言わずにここを去ることがとても寂しいと思う。

「ねえ、エリサ大変だよ!」

 マユミが何かに興奮したように、

「なんかヒロが昨日の女を捕まえたらしいよ!」

「えっ?!」

 あの男子高校生三人組はただの高校生とは思えなかったが正直、上級クラスの異能力者、魔女を捕まえることができるはずがない。

「これから軟禁だっけ。とにかく捕まえてあるホテルに行くらしいよ」

 彼らは何か勘違いしていないだろうか。これはフィクションではなく現実だ。あっという間に人が死ぬ現実なのだ。

 魔女への興味より、のんきな日本の高校生達に被害が出てしまうことの方が心配だった。

「私も行こう。二人はここにいて」

 タンスを開けて、急いで普段着をとりだす。

「私たちも行くに決まってるでしょ」

「昨日の落とし前はつけさせないとね」

 まゆみと智子が言い、自分たちも制服から着替え出す。

「しかし…」

「大丈夫だって。みんなで行こうよ」

 故郷の姉のような頼もしい笑顔を見せるマユミをみて、エリサは涙ぐむ顔を横に向けた。


 アメリカ海軍第七艦隊。

 ハワイ、ホノルルに司令部を置く太平洋艦隊指揮下の艦隊だ。西大西洋、インド洋を担当海域とした太平洋艦隊を構成しており、旗艦および司令部は神奈川県横須賀市にある横須賀海軍施設を母港とする指揮艦にある。横須賀の他、長崎佐世保、沖縄県、韓国釜山、シンガポールなどを基地として展開している。

 横須賀に停泊中の原子力空母「ロナルド・レーガン」艦上に、2機の大型輸送ヘリ、CH-47 チヌークが海からの照り返す朝日を受けながら着艦した。

 ローターはまだ回っているが、中から隊員達が降りてくる。

 見るものが見れば、その装備から、カーラたちのセーフハウスを襲撃した特殊部隊だとわかる。

 ヘリが降りると同時に、ロナルド・レーガンの艦橋下から離着陸甲板を横切り、白衣の女性が足早にチヌークに近づいていった。

 グラマラスな肢体を白衣に包み、ロングのブロンドを潮風になびかせている。アングロサクソン系のかなりの美人だ。手には小さめのアタッシュケースを持ち、細いピンヒールで障害物の多い甲板を危なげなく進んでいく。

 ヘリから最後にグリーンのベレー帽をかぶった隊長クラスがヘリから甲板に降り立った。

 こちらに近づく彼女の顔を見ると一瞬嫌な顔をしたが、気を取り直して敬礼で迎える。ここでは、彼女は少将待遇なのだ。このプロジェクトの全権を握っており、部隊の指揮権も持っている。

 直立不動の姿勢で報告を行う隊長。

 報告を聞き大きなブルーの瞳を吊り上げた女が、コンバットブーツを思い切りピンヒールで踏みつける。踏まれた本人は、屋内戦闘用の鉄板入りブーツのため何も感じないが、それでも眉が動いたのはその女の癇癪にあてられたからか。

 最後に持っていたアタッシュケースを投げつけると、肩を怒らせて艦橋へと戻っていった。

 ヘリのローターがようやく回転を止め、甲板上にささやかな静寂がおとずれる。

 ヘリから降り立った隊員の一人が隊長格の男に話しかけた。

「なんです、あれ?」

 去って行く白衣の後ろ姿を苦々しげに見つめる。

 隊長がベレーを手に取り、短い銀色の短髪を片手で書き上げると、拾い上げたアタッシュケースを部下に渡した。

「共和党議員のお嬢様さ。今回の作戦の指揮権を持っている」

「そんなことわかってますよ。なんであんな生物学者上がりが…」

「我々が運ぶ予定の対象をこの艦で生きたまま解体、そのまま”分析”する予定だったそうだ。そのアタッシュケースに特殊な神経剤が入っている。それを打つのを楽しみにしていたそうだ」

 ベレーの下でそう言って冷静な表情を作ろうとして失敗する。

 こんな気持ちになったのは、神経ガスが散布された街で、全身が腫れ上がり爛れた幼い子ども達の死体を見て以来だった。

 多くの戦場を共にして地獄を見てきた部下も嫌悪感をあらわにした。

 確かハワイに高校生の娘がいたはずだ。

 隊長がベレーをかぶり直すと艦橋へと歩き出した。

「日本政府も色々と思惑があるようだな。こちらの諜報員の情報を主体として例の異能力者達の捕獲作戦を組み直すぞ」

 やれやれと肩をすくめるようにして、隊員達が隊長の後に続いた。


To be continued.

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