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一悶着

 快適な旅路だった。少なくとも飛行機のエコノミークラスは凌いでいると、冷夏は北千住到着直前に座席を徘徊してきた女性乗務員に詰め寄り、気が済むまで褒めちぎっていた。


 特急電車の通過線を確保するために、ポイントレールを渡り、副本線へ入った列車は、改札口へ繋がる階段の前で停車し、密閉していた扉を開き、冷夏を解放する。


 ここは東京都心の最北端、北千住。大学のキャンパスや高層マンションが建ち始め、近年稀に見る再開発が始まった街。そして、冷夏の拠点もここに設けられる。ジュリエッタ曰く、「アクセスもいいし、土地も安い。しかも地方へ新幹線で行くときなんか、東京まで乗り換えなし、一本で行けるから」と強引に推し進められて、この駅の周辺にマンションを彼女名義で借りていた。勿論、家賃は経費持ちだが、気に入ったらここに住んでもいいとのことだ。


 とりあえず、そのマンション目掛けてライフル弾のように寄り道せず一直線に歩くしかない。冷夏はキャリーケースをお供に、常磐線の北改札の自動改札機へICカードをかざして、駅構内からの脱出を試みる。


 ここへ来るまで問題などなかった。グリーン車とやらに乗るまでは、順調にことは進んでいた。しかし、順調に見える旅ほど、落とし穴は多い。


 ICカードを触れさせた瞬間、赤いランプが点滅し、左右のバーが行く手を塞ぐ。そして、捨て台詞の如く、自動案内放送がスピーカーから声を出した。


「残高が足りません。清算してください」

「残高? 清算?」


 もしやと思い、冷夏はICカードを見つめて思考を目まぐるしく回し始める。これを持っていれば移動に困ることはないとジュリエッタは言っていた。なのになぜ、こうしてこの機械に止められるのか。理解できない。


「もう一回」

「残高が足りません。清算してください」

「ならもう一度!」

「残高が(以下略」

「私の邪魔をするな! 俗物!」

「ざん(略」

「あのーお客様」

「機械ごときが私に逆らうとは、ならこうだ!」


 背後から窓口に立っていた駅員が冷夏に声を掛けるも、彼女の耳には届かず、一人罪のない機械と言い争い、頭に血が上り、ジーンズと素肌の間に隠していた6.5インチの44(フォーティーフォー)マグナム『M29』を引き抜き、我武者羅に自動改札機へと放った。


 銃とは疎遠の国で響く44マグナムの重たい旋律。外装に風穴を穿ち、基盤や人を感知する赤外線センサーを破壊した弾丸は、行方を晦まし、器物破損の罪を冷夏に擦り付ける。6発すべて撃ちきると、シリンダーを横に出し、空薬莢を床に捨ててカートリッジを入れる


 そして、見渡せば駅に居た全員が、その場から消えうせていた。それはそうだ。拳銃なんて、警察官か軍隊、それに準ずる公的な機関に所属する人間しか持てない代物だもの。まず犯罪者と見られて間違いないし、改札が通れない程度で銃をぶっ放す輩など、幅広く膨大な犯罪者の中でも早々いない。冷夏はこの状況がどれだけ危険かを察し、そっと、気づかれないよう逃げようとする。

 

 だったのだが、


「あのー私、千住警察署の指原警部補と言う者なんですがー、ちょーっとお話、聞かせてもらってもいいですかー?」

「え、私?」

「そうよあなたよ! 派手に改札機へ銃をぶっ放して、挙句この場から立ち去ろうとしていたでしょう!?」

「それはこの改札機が素直に私を通さないのが悪い」

「改札機は悪くないし、あなたがSuikaへ現金をチャージしてない買ったのが悪い。それから銃刀法違反。署までご同行願います!」


 今乗ってきた電車の帯びのように青い制服と丸っこい警官帽を被った婦人警官が彼女の背後に先回していて、肩を掴まれ、両手首には手錠が掛けられる。CIAの者だ、と言っても、この警官は信じてくれなさそうだ。そもそもこの駅に常駐していたのかの如く、対応が早い。


「待って。私、公的機関の人間」

「日本語が達者ですねーとりあえず署で詳しく話を聞きますから」

「離して! お願いだから!」

「公的機関の人間が改札機に拳銃ぶっ放すわけないでしょうが!」

「だから私はある国の」

「はいはい。おとぎ話はゆっくりと署で伺いますから!」


 到着早々、冷夏はこってり日本警察にしぼられる。ジュリエッタと連絡を取れたのが幸いで、数時間後には解放されたが、今日は引越しして散らかった荷物を片付けるなんて出来ないと、千住警察署の入り口で落ちる夕日を眺めながら黄昏、彼女は悟ったのだった。


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