アイドルが持っているぬいぐるみの中には、爆弾が入っているんです。
どうにも、実家で目を覚ましたような気分になった。
実際はそんなことはなく、とある高校の教室に立っていた。更に目の前にいるのはシックなセーラー服を着こなし、黒髪を二つにくくりあげた美少女ときたものだがら最早目を覚ましたのだかどちらが夢なのかわかったものじゃない。俺は寝ていたわけではなくふと、そんな感覚に襲われたのだ。
その美少女はふわふわとした白いウサギのぬいぐるみを抱きかかえて、俺をじいっと見つめていた。ますます夢の中にいるようだった。異様なのは、そのウサギからカチカチと規則的に音が鳴っていることだろうか。
「何で、逃げないんですか」
美少女の、純粋な疑問。
「どこに逃げる必要があるっていうのかな」
「逆に、どこに逃げない必要があるんですか。さっきの聞いていなかったんですか?」
「いいや、はっきり聞いていたよ。何しろ俺は君のクラスで授業をしていたからね」
美少女と俺以外誰もいない教室。
カチカチという音と二人の会話しか聞こえてこない。今日は平日で、時間は昼すぎ。夏休みでも冬休みでも臨時休校でも何でもない、至って普通の日である。それなのに、俺達以外に人の気配が全くない原因はたった一つ。
「私は今、爆弾を持っているんですよ」
美少女の手にしているぬいぐるみの中に、爆弾が入っていると言われたからだ。
「ああ。知っているさ」
「だったら何で」
「俺が教育実習生で、君が国民的アイドルグループのメンバーだからじゃないかな」
意味がわからない、というように美少女は首を傾げた。それと一緒に綺麗に手入れされたツインテールがゆさりと揺れる。
国民的アイドルグループのメイングループにいるのが目の前の美少女、森下ちなみ。アイドル活動で休みがちな授業に久しぶりに参加していた昼下がり、ふとおもむろに席から立ち上がったかと思うと鞄からウサギのぬいぐるみを取り出して言ったのだ。
――――「この中には爆弾が入ってます! みんな学校から出て行って!」と。
「いやあ、流石普段から発声練習しているだけのことはあるね。あの声はよく通っていた」
「質問に答えてください」
「それならさっき答えたよ?」
「全然答えになってません、先生」
彼女の言葉のあと俺がしたことと言えば、生徒達を逃がして放送室に走っていき、全校生徒に聞こえるように学校からの非難を促したことくらいだ。そして再びこの教室に戻ってきた。とあるものを持って。
「あとそれ、止めて下さい」
俺の手には、放送室から拝借してきたビデオカメラがあった。
それをひたすら録画モードで彼女に向けている。白いウサギのぬいぐるみを持った制服の美少女を、録画している。響きだけだとなかなかに変態的趣味があるように聞こえる。
「どうして? 向けられ慣れているだろうに、カメラ」
「人気アイドルの落ちぶれた姿でも撮影して、マスコミに売りますか」
「落ちぶれたとは、自分のことなのに酷い言い種だな。爆弾はどこで手に入れたの?」
「今の時代大抵の物はネットで買えちゃうんですよ、便利な世の中ですね」
「そうだね」
会話が止まると、カチカチと爆弾のタイマーだけが響いた。彼女曰く時限式でもあるが、手元のスイッチを押せばいつでも爆発させられるらしい。
「死んじゃうのは怖くないの?」
「このまま警察に捕まってスキャンダルになるより、全然怖くないですよ」
彼女は俺に向けていた視線を窓の外に向けた。カーテンを閉めているため外の様子は見えないが、赤いランプがカーテン越しにでも点滅しているのはわかる。きっと外は警察とマスコミと野次馬で物凄いことになっているのだろう。
「先生、携帯持ってますか?」
「あいにく、職員室に置きっぱなしだ」
「残念ですね」
「そうだね。きっと今頃お祭り騒ぎだ」
ははは、と笑ってみせた。それに彼女は不思議そうに視線を戻した。
「先生、喋っている時は良い声なのに、笑うと掠れた声になるんですね」
「ああ、コンプレックスなんだ」
「でも、私は好きです。笑っている先生」
唐突に告白をしてきた彼女に面食らった。全く、最近の女子高生は恐ろしい。
すぐに言葉を返せなかった俺に気分を良くしたのか、彼女は大切そうにぬいぐるみを抱えたままカメラの目の前の席に座った。そして、いつもテレビで見るような営業用の笑顔を浮かべた。
「やっほー! 森下ちなみだよ! みんな元気かな? 今回私は、凄いことに挑戦しています。なんとなんと、学校に爆弾を持ってきちゃいましたー! どう? びっくりした?」
まるでバラエティ番組の収録のようだった。視線はカメラにしか向いていなく、俺の存在などないかのように彼女は続ける。ウサギのぬいぐるみを顔に擦り付けて、彼女のファンが間近で見たら卒倒しそうな程甘い表情を作って。
「セーラー服の美少女が爆弾を持っているなんて、何か刺激的じゃない? きっと綺麗に、そうだね、花火みたいに爆発しちゃうから! 森下ちなみの最後の瞬間、みんなちゃんと見ててね!」
ばいばい、とカメラに向かってウィンクをして手を振ると、彼女は席から立ち上がって背を向けた。
「満足しました」
「そう」
次に発した声はアイドルの森下ちなみではなく、先ほどまでの落ち着いた彼女の声だった。
「先生、名前何て言うんですか」
「立花だよ」
「苗字じゃなくて名前です」
「充実の充って書いて、ミツだ」
「充さん。良い名前ですね。私と正反対です」
見当外れな質問をぶつけてきたその小さな背中は、どうやら震えているように見えた。何度も俺の名前を馴染ませるように呟いて、肩を小さく上げた。
「充さん。私ね、オマケなんです。ついでなんです。お菓子売り場の玩具についてくる小さなガム、そんな感じなんです。そして玩具の方の私がアイドルの私です。みんなに買われて、ちやほやされて、そして――――いらなくなったら、簡単に捨てられちゃう」
「どっちも、捨てられちゃうんです。アイドルやってることが辛いとかじゃないんですよ?だってアイドルじゃなかったら、私はガムの部分しかない私だから。そういうことじゃないんです。気付いた時からずうっとそうなんです。だったらせめて、一番構ってもらえている時にいなくなりたいんです」
吐露する彼女の声は震えていたが、しっかりと意志を持っているように感じる。
くるんと効果音がつきそうな程可愛らしく振り返った彼女はアイドルの笑顔ではない、晴れやかな笑みを浮かべていた。
「充さんがここに残ってくれて良かった。きっと私、ずっとこのことを誰かに聞いて欲しかったんです」
ありがとうございます、と丁寧にお辞儀をされる。また彼女の綺麗なツインテールが揺れた。
「それ、マスコミに売ってもいいです。好きにして下さい。だから、充さんはここから出て行って下さい」
「俺さ、高校生って魔法使いだと思うんだよね」
「?」
「その気になったら空も飛べるの。すっごい無敵なのね」
「何言ってるんですか」
「しかも美少女ときたらもう怖いもの無し。君はきっとアイドルより、女優を目指した方が良いと思うな。そうだ、探偵ドラマの犯人とかどうかな。今話題のイケメン若手俳優とかをどんどん殺していくの。玩具のガムだって、カメラの向こうじゃ玩具より価値があるんじゃない?」
カメラを教卓に置いて、彼女が持つウサギのぬいぐるみの耳の部分を乱暴に掴んで持ち上げた。
「これ、中身爆弾なんかじゃないよ。ただの目覚まし時計」
「うそ、」
「本当さ、ネットなんて嘘っぱちで出来ているんだ」
「だって」
「スイッチ押したところで、早く起きろってアラームが鳴るだけ」
急に不安になったように彼女の瞳の奥が大きく揺れた。震える指で手にしていた起爆のスイッチに指をかける。それを見て俺は教室のカーテンを勢いよく開けて、更には窓も大きく開けてぬいぐるみを外へと放り投げた。
「何で知ってるかって?」
彼女はスイッチを押す。
「実は俺は教育実習生なんかじゃなくて、あのぬいぐるみを持った高校生をもう何人も捕まえてきてる便利屋さんだからなんだけど。決定的な理由はね、聞いたらきっと笑っちゃうと思うよ」
ははは、と彼女が好きと言ってくれた掠れた笑いは大きな音に掻き消された。
しかしそれは彼女が望んだ爆発音ではなく、もっとありふれた音だった。
「――――俺が昔使っていた目覚まし時計と同じ音だからなんだ」
窓の外から聞こえたのは、「目を覚ませ」と言わんばかりにジリリリと喧しく鳴りつづける目覚まし時計の音だった。
了
お読みいただきありがとうございました。
なろうに投稿するのは今日が初めてなので、自分の書いている作品がどのジャンルにあたるのかがわからず、手探り状態です……。もし、こっちがあってるよ!というのがありましたらこっそり教えていただけますと嬉しいです。




