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長友トクエ その2

「いやだねぇ、男のお手伝いさんなの?俊明はいないの?としあきー!早く出てらっしゃい!おかしいねぇ。さっきまでここにいたと思ったのに、あの子ったらどこに行ったのかしら」


 この場にいないはずの息子の名前を懸命に叫ぶ。


「トクエさん。じゃぁ、向こうに捜しに行ってみましょうか?」


「そうねぇ、でもこんな格好じゃ恥ずかしいわ」


 これはしめた!と思い、新しい着替えとパンツを用意する。


「こっちのお洋服に着替えたらいいんじゃないですか?とてもステキな柄ですよ」


「あら、そぉ?じゃぁ、それに着替えようかしら」


 トクエさんが脱いでいる間にお湯とタオルを用意する。一緒に清拭をしてしまおうという魂胆だ。

 脱いだ先から皺だらけで尿臭がする身体を拭いていく。ヘルパーの身体介護で入浴もしているのだが、入れない事も多く、清潔の保持は難しい。


「熱くないですか?」


「気持ちいいわ。こんなおばあちゃんの身体を拭いてくれるなんて、いいお手伝いさんねぇ」


「ここのお手伝いさんは、みんないいお手伝いさんなんですよー」


「あら、そぉ?私にはわからないわ」


 着替えが終わり、僕はトクエさんの手をひいて居間へと連れていく。広いダイニングには、有希さんが用意した朝食が置いてある。


「あ、トクエさん。ご飯がありますよ?お腹空いてませんか?」


「そうねぇ。そういえば何日も食べていないわ。おかしいねぇ。誰が作ったのかしら?」


「有希さんが用意してくれたみたいですよ?」


「有希?誰かしら?新しいお手伝いさんなの?」


「お孫さんに有希さんという方はいませんでしたっけ?」


 さりげなく有希さんの名前を出す。


「よく知ってるわね。俊明の子供が有希なのよ。まだ小学生でかわいいのよ。そういえば最近見てないわね。どこに行ったのかしら」


 大体いつもこの調子であり、トクエさんの中では有希さんは小さな子供のままで停滞している。

 ちゃんとお腹は空いているようで、しっかりと食事を召し上がる。嚥下機能や食事動作を観察しつつ、僕はトクエさんが食べるのを見守る。

 食後にトクエさんが唯一飲んでいる認知症の薬アリセプトを内服させる。元々血圧が高めであるが、現在は食事療法で落ち着いているため、今はアリセプトだけの内服である。本人は以前から内服している血圧の薬だと思い込んでいるので、服薬拒否はない。

 あっという間に1時間が過ぎ、1時間半のプランも終わりが近づく。

 僕はトクエさんの足の爪を切りながら、有希さんの帰りを待つ。程なくして玄関から誰かが入ってくる音が聞こえる。


「築島さん、遅くなってすみません」


 よほど急いで来たのだろう。息を切らしながら有希さんが現れる。主に介護をしている有希さんが唯一出かけられるのは、何かのサービスが入っている時だけなのだ。それも含めて、1時間半という長いプランとなっている。レスパイトケアという主介護者の介護負担を軽減させるための訪問だ。


「大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」


「あら、この人、あなたの奥さん?可愛いわねぇ」


 いつもの会話だが、やっぱり有希さんは少し哀しげな表情を浮かべる。


「ははは。僕には奥さんはいませんよ。こんな可愛い奥さんがいたらいいんですけどねぇ」


「ちょっと、やだぁ。築島さん、何言ってるんですかぁ」


「2人で結婚しちゃいなさいよ。若いうちに結婚した方がいいのよ?ひ孫の顔を見せてちょうだい」


 なんとも優しげな表情で、うっすらとではあるが、有希さんを孫と認識した言動だった。


「おばあちゃん……」


 有希さんは目に涙を浮かべる。


「ほんと、優しいお手伝いさんばかりで、私は幸せねぇ」


 すぐにお手伝いさんに置き換えられるが、有希さんにとっては、少し救われた気がしたのではないか。


「今日もありがとうございました。築島さんが来る日はおばあちゃん、とても穏やかなんですよ。あ、これ新しい名刺のデザインです。関さんに渡してもらえませんか?」


 有希さんが差し出した封筒を受け取る。彼女はトータルケアのウェブや名刺などのデザインを手がけるデザイナーなのだ。


「確かに受け取りました。それでは、また来週来ます。失礼します」


「はい。気をつけてー」


 容赦なく照りつける太陽の下、次の訪問先に向けて自転車を漕ぐ。トクエさんの認知症が完治することはないだろうけど、それでも家族が笑顔でいられるようにサポートしていきたいと心に想いながら。






数ある作品の中から、この作品を読んでくださりありがとうございます。

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