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終末期看護5

今日は訪問看護の予定は入れてなかったが、昨日から入ることになった藤川さんの夜二回目の訪問へとやってきた。

分かりづらい位置にあるチャイムを押すとすぐに淳一さんが顔をだす。


「つ、築島さんでしたっけ……。どうぞ」


名前を憶えていてくれたことに少し嬉しい気持ちになりながら部屋の中へと入ると、昨日と同じ年配の女性が二人隆一さんの傍で声をかけていた。


「私たちに任せておけば大丈夫」


などと何が大丈夫なのかわからないがポジティブな発言を繰り返している。しきりに話かける女性たちに淳一さんが「看護師さんきたんで……」と声をかけると僕のほうに近づいてくる。


「あと、どのくらいなんですか?長くはないんでしょう?」


親戚なのか知り合いなのかわからないが家族の前で平然と余命を訊ねてくる神経に信じられないという気持ちと怒りを覚える。


「そういうことはお話できません」


少し苛立ち混じりの声できっぱりと話すと、女性たちは気にする様子もなく「あら、そう」とだけ答え部屋を出て行った。

女性たちが出ていったの確認してから淳一さんに尋ねてみる。さすがに放っておくと後々問題になりかねない。


「あの方たちはお知り合いですか?」


「し、知り合いというか近所の人たちです」


なんとも歯切れの悪い答えが返ってくる。淳一さんもなんと表現したらいいのかわからないといった表情である。


「以前からよくいらしてたんですか?」


「た、たまに来てたんですが、オヤジがいつも追い返してたんで……。あの人たち聖光教会の人たちなんです」


ようやっと納得できた。聖光教会とは国政にも議員を輩出している有名な宗教団体だ。他の利用者や入院患者でもゾロゾロと団体でやってきてトラブルを起こすこともある。


「不躾な質問ですみません。教会に入ってるんですか?」


これは医療従事者にとっては大事な確認項目で、病院でも入院時のアナムネーゼ用紙に「信仰・宗教」という項目が設けられていることが多い。宗教によっては輸血ができなかったり、葬儀の段取りが違ったりすることがあるためだ。


「いえ、入ってません。勝手にくるんで困ってるんです」


「そうですか、わかりました。では、血圧測定からやらせてもらいますね」


そう言って僕は隆一さんのバイタル測定を開始する。連絡ノートによると今日の午前は関さんと大関さんが訪問している。淳一さんは夜間つきっきりで介護をしておりほとんど眠っていないようだと書かれていた。

僕が仕事をし始めると部屋の隅に体育座りしウトウトしている。なるべく大きな音を出さないようにバイタル測定とオムツ交換を終わらせる。今のところ皮膚トラブルもみられず、シーツや衣類もキレイに整えられている。


「隆一さん、お肌もお口の中もキレイですよ。息子さんがよくやってくれたんですね。よかったですね」


「あぁ、たすかってるよ」


弱々しい声だがハッキリと返答する。


「あ、あの」


突然、後ろから淳一さんに話かけられた。


「はい!すみません。起こしてしまいましたか?」


「お、オヤジが『マグロを喰いたい』って言ってるんですが、食べさせることってできますか?マグロが好物なんで……」


ノートではプリンもムセなく摂取していると記載がある。


「マグロの切り身を細かく刻んで食べさせるか、ネギトロみたいなものだったら大丈夫だと思いますよ」


僕の言葉に眠そうだった淳一さんの顔がパッと明るくなる。


「そうですか!じゃぁ、明日にでも買ってきてみます!オヤジ!よかったな!マグロ買ってきてやるからな!」


「あぁ」と短く答える隆一さんにも笑顔が見られて僕もほっこりとしてしまう。


「では、今日はこれで失礼しますね。何か困ったことがあったらいつでも連絡してください」


そう言って夜の訪問を終了し藤川家を後にした。



僕の勤める病院は阿佐ヶ谷にある中規模の総合病院だ。日勤が終わり夕暮れ時で人が多くなった商店街を自転車で走る。阿佐ヶ谷は田舎にありそうな大きすぎない商店街が多い。

こんなことを言ったら阿佐ヶ谷人に怒られそうだがこれといって特徴のない街である。メインストリートの中杉通りは中途半端に広すぎて活気があるのかないのかいまいちパッとしないし、高円寺のような雑多な印象もなければ永福のような高級感もないし、電車は中央・総武線しか使えない。某芸人がコンビ名にしていなければ気になる人も少なかっただろう。

成田に向かうと寺院が多く、人通りも少なくなって自転車を漕ぐスピードも上がる。職場から10分ほどで藤川さんのアパートに到着した。

インターホンを鳴らし反応を待つといつものように淳一さんが出迎えてくれる。今日も来客があり奥の部屋で奥様と女性の話声がきこえてきた。今日も宗教関係の来客だろうか。

「失礼します」と声掛けしながら部屋の中へと入るとすぐに名前を呼ばれる。


「つ、築島さん」


「はい!」


淳一さんに少し大きめの声で名前を呼ばれてびっくりして自分も声が大きくなってしまった。


「オヤジがマグロを食べれたんです!」


淳一さんが笑顔で本当に嬉しそうに話す。


「すごいじゃないですか!隆一さん!マグロはどうでした?美味しかったですか?」


「あぁ。美味かった」


僕が軽く肩を叩いて問いかけると隆一さんも薄っすらと笑みを浮かべ答える。


「ほんとよかったわねぇ。淳一さんが頑張って介護してるおかげよ」


奥から知らない女性がやってきて会話に混ざってくる。どちら様でしょうか……

いつもの宗教関係の人間にしては若いなとは思いつつ「ええ、そうですね」とだけ答える。不信感が顔に出ていたのか


「あ、私担当しているケアマネージャーの田中です」


自己紹介してくれた。顔合わせに来なかったケアマネージャーだった。


「お世話になってます。トータルケア訪看の築島です」


「看護師さんたちが来てくれてるので助かります。急な退院だったの色々手配が間に合わなくて申し訳ありません。まだ介護度も決まってないものでプランもたてれなくて……」


隆一さんのように最近まで元気で介護認定を受けてなかった人が進行の早い重い病気になると、介護認定が間に合わず自宅にいて介護が必要なのに介護サービスを全く使えずそのままお亡くなりになるケースがたまにある。介護の制度は複雑でわかりにくい。僕も訪問看護をやるまではほとんど解らなかったが、ケアマネージャーが無知だった場合は何もサービスを使わずに最期を迎えることがある。暫定プランという「このくらいまでだったら使えそう」というプランを立ててサービスを入れる手がある。介護認定がおりるまでは1か月以上かかることもあるし、中野区なんかは遅くて2か月を要することもある。介護度が決まってないのにサービスを入れられるのは介護保険の利用開始は『申請日まで遡る』ことができるからだ。


「暫定でプランを組んでもいいのではないでしょうか?」


ただのバイトが厚かましいとは思ったが、このままでは淳一さんが介護疲れで倒れてしまう。


「ええ、福祉用具は入れたんですが、あまり高くつかなかったら自己負担になってしまうじゃないですか……。訪問看護さん依頼してますし」


どうやら無知なほうのケアマネージャーだったらしい……


「病名あるので訪問看護は医療保険ですよ。あと、介護度2以下になることはないと思うのでその範囲だったらプランを立てても大丈夫だと思いますが」


訪問看護は介護保険と医療保険の2種類が使えるが介護保険が優先されると決まっている。ただし、別表7に記載されている病名がある場合で利用する訪問看護は医療保険が使用でき末期がんも記載されている。この別表7と8が曖昧な表現で書かれていてとてもわかりづらい。


「そうなんですか!ちょっと訪問看護の制度がわからなくて……すぐにヘルパー事業所を探してみます!」


「できればトータルケアの関と相談してみてください」


本来であればこのやりとりはサービス開始前にできたはずだったのに……


いつものように隆一さんの状態を確認する。微熱が気になるが大きく状態は変わっていないため30分ほどで退室した。






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