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終末期看護

本日、最後の訪問が終わり事務所へと向かう。間も無く16時になろうとしている山手通りは買い物途中の夫婦や幼稚園帰りの自転車で混み合っている。山手通りは自転車専用レーンもあり、歩道も広いため比較的走りやすいが知り合いを見つけた主婦が突然ブレーキをかけたりするため注意は怠らない。

坂上方面から登り降りを繰り返し事務所へと到着する。


 暑い……。8月に入り、いよいよ本番となった夏の太陽が容赦なく肌を焦がす。女性は肌を守るような装備をしているが、僕のような男がその格好をするのは少し抵抗がある。元々、インドアな仕事である看護師は365日冷暖房の効いた職場で仕事をしているため、夏でも冬でも半袖で仕事をしている。外も辛いが、1番大変なのが利用者さんの家だ。未だにエアコンのない家や、あってもつけない家が多い。


 今日はバイト日ではないが、関さんからの依頼で自宅から直行で訪問先に向かっている。方南通りから阿佐ヶ谷方面へ自転車を漕ぎ、自宅から10分もしないうちに杉並区成田という目的地に着いた。

一軒の古びたアパートの前で関さんが待っていた。


「お待たせしました。」


「夜勤明けのところ無理言ってごめんね。」


「いえいえ、家にいても寝るだけなんで大丈夫ですよ。新規の方ですか?」


「そうなのよ、ちょっと困った事になっちゃって、毎日複数回の訪問が必要になるかもしれないわ。」


「ターミナルケア《終末期看護》の方ですか?」


「肺癌末期のおじいちゃんなんだけど、今日これから退院してくるのよ。」


 ターミナルケアの利用者さんは多いし、終の場を自宅で迎えたいと考える人も多い。ここまでの情報では特に変わった事はない。


「病院側としては、現在の状態だと余命1週間あるかどうかという話なの。その話を息子さんにしたら、納得出来なかったみたいで怒っちゃってね……。病院側は最期まで病院で過ごした方がいいって勧めたみたいなんだけど、無理にでも家に連れて行くって事になっちゃって。息子さんが終末期を受け入れることが出来るかどうか」


 これもよくある話だ。大変だけど、今の現状から少しづつ説明して理解してもらうしかない。1週間はかなり短いけど……。


「息子さんと2人暮らしですか。父親想いの息子さんなんですね。」


「3人暮らしなのよ。重度の認知症のお母さんも一緒に住んでるわ。複数回の訪問になると思うのね、もし可能だったら、仕事終わりとかでもいいから築島君に担当お願いしたいんだけど、無理だったら気にしないでね!」


「家からも近いですし、僕でよければ」


「ありがとう。助かるわ」


 もう一度アパートを見る。古びたアパートは広くても、せいぜい2Kくらいだろう。介護用ベッドを入れるとなるとかなり狭いはずだ。

 話し込んでいるうちに、アパートの前に一台のワゴン車が止まる。


「お世話になっています。ライフサポート福祉用具の柿島です。」


「お世話になります。トータルケア訪看の関と、こっちは看護師の築島です。」


 到着した福祉用具の方と名刺交換をする。


「ケアマネさんはまだ来てないけど、先にベッドの設置しちゃいましょうか。ベッド設置前に本人が帰ってきたら大変だものね」


 集合時間前に来て、全職種と情報共有してから中に入るのがセオリーだが、こうして遅れる場合もある。

玄関にチャイムが見当たらないため、関さんが扉をノックする。


「こんにちは、訪問看護と福祉用具の者です。」


 程なくして扉が開き、中から30代だろうか?若い男性が顔を出した。


「か、看護師さんですか?ケ、ケアマネジャーさんは?」


「ケアマネジャーは遅れているみたいで、先にベッドの設置に伺いました。よろしいでしょうか?」


「あ、はい。ど、どうぞ」


 息子さんに招き入れられ室内へと入る。予想通り2Kの間取りだったが、狭い空間に3人で暮らしていた割にはこざっぱりした印象だ。台所の調味料や洗剤なども綺麗に並べられている。

 2間続きになっており、手前の部屋にベッドを設置するスペースがあるようだ。福祉用具の方が手際よくベッドを設置し始める。

 奥の部屋が主な生活スペースになっているのか、夏なのにコタツが設置されている。そのコタツに入り横なっている老婆が話し始める。


「じゅんいち、お友達かい?お茶でも出してあげなさいよ。」


「い、いいから。か、母さんは黙って寝てて。す、すみません。オ、オフクロはあんな通りで。」


 ベッドの設置が終わる頃、玄関の扉がノックされる。息子さんが対応するが、どうやら介護タクシーが到着したようだ。


 車椅子では狭いアパートの入り口に入れないため、その場にいる全員で移送を手伝う。ご本人をシーツに包み担架のようにして運ぶのだ。

 組み上がったばかりの介護用ベッドに藤川隆一さんが寝かせられる。


「オ、オヤジ!家だぞ!帰ってきたぞ!」


 息子さんの必死の声かけに、隆一さんは薄っすらと目を開け、「あぁ……」とだけ短く答える。

コタツで寝ている妻は我関せずといった感じでテレビをみている。


「築島くん。バイタルお願いしちゃっていいかな?契約書だけ先に済ませちゃうから。」


「はい、大丈夫です。」


 息子さんと、関さん、福祉用具の方が奥の部屋で契約の準備をする。どんな状況でも何枚にも及ぶ契約書が必要になる。この辺りはもっと簡素化されるべきだと思う。ハンコも何十箇所に押さなければいけない。





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