春の国スプリグ:レーズ街道―無垢なる赤を粗暴な者へ―(3)
「ていうか、なんかクセぇんヤ……」
「え~?」
「え……?」
「ほぉ……?」
その言葉に、いっせいにヤーニャの顔を見る。
「お前ら失礼ヤろ!!」
馬車の中には荷物は食料や野営用の道具なんかを置いてるだけで、特に臭うものは無い。
臭うとすれば、獣臭いという意味でならヤーニャしかいない。
「ヤーニャ~だから毎日体拭きなよって言ったのに~」
「自分の匂いについてわざわざ言わねえヤ!!外に囲んでる連中のヤツらのことヤ!!」
毛を逆立てながら爪をむきだしにして怒鳴る。
まず気にすることはいの一番に野党のことだろ、と説教を始めようとする。
「おまぇらぁ、静かにしねぇとぉつれがどうなぁってもぉえもえもえもえも」
妙な呂律のやつは、さらに呂律をおかしくしながら床につっ伏す。
「お前らはこのブルドギーに狩られることに決まった!!大人しくしていれば、その身を売るのだけは勘弁してやる!!」
「バレッティア邪魔ヤッ」
野盗をのした相手に向かい、ヤーニャは顔を出した時に間髪入れずに飛びかかり首筋めがけて爪を振るう。
その爪は当たることなく空を切る。
相手は、足に力を込め瞬間的な脚力で後ろへと飛び退いたのだ。
「やっぱり狼人族ヤ!!犬クセぇんヤお前ら!!」
長い灰をかぶったような髪をレイヤーにまとめ、一見すれば人だが、頭にはとがった狼のような耳が生えている。
獣人族の一つである狼人族。人のような見た目に狼のような耳と尻尾がある。
狼と同じく群れを作り、リーダーには絶対の忠誠を誓う者達。
もっぱら猫とは仲が悪いことでも有名だ。
「馬車ん中がくっせぇくっせぇと思ったら、猫かよ胸糞わりぃなぁおい?」
「こっちのセリフヤ。徒党組んで襲うことしかできない弱虫野郎ヤ」
狼人は牙をむきだしにしてグルルル、とうなり声を上げながら赤い目をギラギラさせ、猫は毛を逆立てながらフーッと睨みつける。
「ヤーニャ~?威嚇はいいけど、周りにもいるからね?囲まれてるからね~?逃げるよ~」
ミアをおんぶしながらヤーニャに抑えるように諭すが、ヤーニャの耳には全く入っていない。
「何言ってるの?獣人ごとき、束になろうとどうってことないわ。ジーンいい加減私に従いなさい」
「ハンッ……!命の危機でもあるまい。その足で足掻き走り回るがいい」
鼻をならすと、ちょっとした風が巻き起こり知ったことではない。と言わんばかりの態度をとる。
エリスはジーンのヒゲを掴み『いいから従いなさいよ!あんたがやらないと私は魔法が使えないじゃない』と憤慨するがジーンは相手にせず、また姿をくらませるように風を起こし消える。
「もう当てにしないから必要なものだけ取って逃げるよ~?はねっかえりちゃーん」
「誰が跳ねっ返りよ!!後であんたもジーンも覚えてなさい!」
「おっとぉ。逃げようとしたらいっせいに襲いかかるぜぇ?周りの奴らは俺1人でぶっ飛ばした。てぇことは、わかるだろ?逃がさねえようにきっちり囲んでんのがよ?」
周囲は獣道のような山道で、周囲は木に覆われている。恐らく先ほど倒された野盗たちの隠れ家に続く道かなにかなのだろう。
その木々の隙間から見えるギラギラと光る目は、ヤーニャの言ったとおり大勢の狼人が潜んでいる。
「だったら何よ。それならあんた達を切り伏せればいいんでしょ!」
「良いこと言ったヤ!エリス!こんな犬っころは叩き伏せて飼い主から餌をせびるしかできない情けない格好にしてやるのが1番ヤ」
倒れた野盗達が荷物をまとめていた袋から、エリスは柄から刃まで全て銀でできたエストックを取り出す。
ヤーニャもククリを手に巻き付け、戦闘態勢にはいる。
「いや~、無理でしょ~?」
呆れ返って肩をすくめながら苦笑いをして二人に向ける。
数的不利を気にもかけずヤーニャは大嫌いな狼を叩きのめすためにスキを伺い、プライドを傷つけられたエリスはもう引けないと言わんばかりに剣を構える。
「ふぁ……?おねーちゃん……おはよぉ……」
張り詰めた空気の中、眠りっぱなしだったミアがようやく目を覚ます。
「あ、ミアおはよ~。ちょっと今忙しいから大人しくしててね~?」
「ん……わかったぁ、あふぅ……」
寝ぼけ眼でバレッティアの背中からぽすんとおりる。
そのタイミングを待っていたかのように、1人の狼人族がミアを乱暴に掴み首にナイフを当てる。
「よくやったぁ!これでお前らは手を出せねえだろ!!ハッハッハ!!じっくりいたぶって遊んでやるよ猫だるまに女どもぉ!!」
ベロンと舌をだし、餌を前にしたケモノのように笑い、仲間達もゾロゾロと森から出てきて笑い出す。
その数はおおよそ50人と言ったところだろうか。
ニヤニヤと近づいてくる彼らに、流石にエリスも強がりを続けられるずカタカタとエストックを握る手が震える。
「……遊んでくれるの?」
「ああ、だから大人しく人質にたっていな!可愛がってやるよ」
ミアのか細い声に、怯えたエリスの顔に満足しながら顔を歪める。
「さあ、同胞ども!やっちまえ!!」
遠吠えを掛け声に、3人を押さえつけようと殺到する。
そして、いっせいに吹っ飛んだ。
「はっ!?おい、なんだぁ!?」
圧倒的に優位な立場にあり、お楽しみの時間だと考えていた狼人達。
しかし、その考えは甘いとしか言えないことを、すぐに気づいた。
一瞬のうちにこの信じられないようなことを引き起こしたのは、人質にとったはずの少女。
ミアは鉤爪のように曲げた指で仲間達を吹き飛ばし、地面に叩きつけ、えぐり取られるような掌底を打ち込まれる。
「ねえ、あれ、なによ……」
「妹かな~?」
なすすべもなくやられ、阿鼻叫喚を作り出す少女。
「ねぇ?遊んでよ?ねぇ?ねぇ?ねえぇ?」
「そうじゃなくて、この状況」
鼻を砕かれ血を散らしながら、狼人のリーダーらしき白髪の狼人が地に押さえつけられる。
「ミアは殺気を感じると、暴走しちゃうんだよね~……」
「まあ、死人はでないから大丈夫ヤ……」
やってしまった。そんなことを思いながらふたりは脱力しきった目でミアを眺める。
「エグイわね……あんたの妹」
「子供ならではの、残虐性だからね~……」
鼻を折られ、腕や足を曲げられ、ひっかかれて皮が剥かれる。
「あはははっ、楽しいね?楽しいよね?おーかみさーん」
ひとつひとつは子供の喧嘩のような暴れ方だが、喧嘩の仕方を知らない子供の引っかきや叩き方というのは、爪をたてるし平気で急所を叩く。
「とりあえず、助かってよかったよね~?」
「そうね、そういうことにしておくわ」
「それが1番ヤ」
ミアの楽しげな笑い声を聞きながら、3人は荷物を整理することで目の前の惨状から目をそらした。
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「すいまっせんしたぁ!!姐さん!!」
狼人のリーダーは、なんとか立てる仲間とともにミアに土下座する。
「謝らなくていいよ?おおかみさん。怪我させちゃってごめんね?」
「とんでもありませんっ!!もう野盗やめますんで!!足洗いますから!!」
ひと通り暴れて落ち着いたミアは、申し訳なさそうにバレッティアの背中に隠れている。
「……なにあれ、さっきとは別人じゃない」
「さっきのは二重人格みたいなもんヤ。ああなった時の記憶はうろ覚えで怪我させたことしか覚えてないんヤ」
ヤーニャにこっそりと聞きながらエリスは怪訝な面持ちでいる。
「じゃあ、俺達はこれで失礼させてもらいますんで!!すいまっせんしたぁ!!」
強気な態度はもう見る影もなく情けなく耳を垂らしながら仲間を抱え森の奥へと走り出す。
「おおかみさーん。また会ったら遊ぼうねー!」
その純真な言葉に、森へと消えた狼たちの悲鳴がこだました。