春の国スプリグ:レーズ街道―無垢なる赤を粗暴な者へ―(1)
「ヤーニャ~暇だから本取って~」
「無理ヤ」
ゴロゴロと馬車の中をせわしなく転がるバレッティア。
「じゃあ、水取って~」
「無理ヤ」
喉が乾いたと駄々をこねるバレッティア。
「じゃあ、しりとりしよ~」
「まあ、それならいいヤ」
「じゃあ、り、からね~」
「なんで、あんた達はのんびりしてんのよ!!意味わかんない!意味わかんない!」
そして、見知らぬ少女の激高に1人と1匹は目を丸くする。
「それは~」「それヤ」
そして、口を揃えて少女に返す。
「「捕まってるから?」」
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時は、前日の夜にさかのぼる。
バレッティア達は、フラシーの町から馬車を使って2、3日でレーズ街道へと入った。
夕方までには、街道近くにある宿場町につく予定だったのだが、馬車の車輪がぬかるみにはまってしまい立ち往生するはめになった。
仕方なく、バレッティア達は(主にヤーニャが)ぬかるみからはずすために馬車を懸命に押してなんとか抜け出したが、そのころには日が既に落ちてしまっていた。
仕方ないので、野営することして食事をして眠り、目が覚めたら捕まっていたというのが、この状況の経緯だ。
「なんというか、二回目だよね~捕まるの」
「捕まった原因はどっちもお前のせいヤ……」
「人のせいはよくないよ~?」
人聞きが悪いと文句を言いながら、足のつま先でヤーニャの頬をつつく。
「やめろヤ……。お前が耳に耳栓なんかつけなけりゃ足音で野盗くらい気づけたんヤ」
縛られた状態で、モゾモゾとバレッティアの足元から逃げるように動きながら愚痴を吐く。
「よく寝れるようにせっかく買ったのにつけないから~」
「その結果がこの大きなお世話ヤ!!」
「あんた達さっきから私を無視するなー!!」
バレッティアとヤーニャの危機的な現状からは考えられないほど余裕のある会話と、会話に入れない苛立ちから声を荒らげる少女。
「なんで、そんなに呑気なのよ!逃げられるなら助けなさいよ!この私を!」
縄で縛られたストレスもあり、さらに声を荒らげる。
その声にうんざりしたようにバレッティアは視線を変える。
「あんまり声を大きくしないでよ~。わかるでしょ~?」
「…………。あんた達が悪いのよ」
ミアに視線を向けて、ぐったりとしながら言う。
「ミアが起きちゃうでしょ~?」
「なんで私があんたのツレに気を使わなきゃいけないのよ!!」
野盗ではなく妹に気を取られているのを、足を床に叩きつけるように暴れながら怒る。
「そんなに怒らないでよ~、リラックスリラックス~」
「とりあえず落ち着けヤ、狭いんだから邪魔ヤ」
「あ、ん、た、達の落ち着きようがおかしいんじゃない!?捕まってるのよ!!もしかしたら売られ嬲られ殺されるかもしれないのよ!!」
もし縄で縛られていなかったら、ムキーっと叫びながら地団駄を踏みそうなくらいに金切り声をあげる。
服装からして、どこぞの貴族のような格好のため、まさにお嬢様のヒステリーのようだ。
「え~?じゃあ魔法使えばいいじゃん~。貴女、学園の魔法使いでしょ~?」
彼女の服装は、サーコートの裾を足元まで伸ばし、胸に紫のキンモクセイの刺繍が付いている。
これは、夏の国、サマルの魔導学園の最上級の力を持つ生徒の制服である。
そして、ショートロングの髪は鮮やかな薄紫色に染まっている。
「その身なりじゃ、疑いようがないしね~?さっさと魔法で助けてよ~」
「うるっさいわね!出来るならさっさとしてるわよ!!あいつのせいで捕まったのよ!!ほんとならあんなクズ共どうってことないんだから!!」
虚空を睨みつけながら、顔を真っ赤にする。
「あー、なんかいると思ったら、言うこと聞かないのか~。未熟者~」
「私が未熟なんじゃない!!私の魔力は十分なはずよ!!」
「いいや、魔力を操るだけの精神力がないんじゃよ。そんなもんじゃ、わしは貴公に力を貸すにはいかんのじゃよ」
頭上から老人のようにしわがれ、重々しい声が響く。
「ジーン・テンペスト!!戻ってきたならさっさと力を渡しなさい!!」
睨みつけた虚空から、白き風で形作られた小さな龍が現れる。
「風神である我輩を御したければ、その性格を治すが良い」
短い腕を器用に組みながら偉そうに少女を見下ろし、少女は我の強い視線を変えようとはしない。
「あ~なるほど、高飛車同士そりが合わないと~。似たもの同士だね~」
「「似てない!こんなやつと一緒にするな!!」」