春の国スプリグ:フラシーの町―焦がれる華―(5)
「あれが、オウカのドリアードヤ?」
オウカの花びらを纏う少女を見て、ヤーニャは驚きを隠せないように耳をパタパタと動かしてる。
「まず、間違いないでしょ~?あの森で、ドリアードになれるような木霊はオウカだけだし」
対してバレッティアは、興味津々で少し楽しそうにオウカへと近づく。
「オウカのドリアード、とりあえずこんなとこいないで森へ帰ってくれるかな~?みんな心配してるよ~」
「―――。―――?――」
オウカは声を出そうと口をパクパクとさせるが、全く声が出ない。
バレッティアはいぶかしげにオウカをじっくりと見ると喉元に、大きな傷跡が残っている。
「貴様ら!!オウカに何をする!!」
バレッティアが、その傷跡に触ろうとするとバレッティア達の入ってきた扉とは逆方向の扉から三十代くらいの男が、剣を持って走ってくる。
「ちょっ、危ない危ない~」
それを見るやいなや、回れ右をしてドリアードから離れヤーニャの方へ走って戻る。
「オウカ……大丈夫か?なにかされてないか?」
男はオウカへと駆け寄ると、心配そうに見つめる。
オウカは、男が来たことに嬉しそうにして声なき声で喜ぶ。
「やっぱり、犯人は町長さんか~」
「魔法使いか……大人しく罪をかぶっていれば、逃がしてやったものを……」
忌々しい。そう言わんばかりの視線をバレッティアへと向ける。
「逃がしてやるね~。どうせ、ミアを人質に出ていけとでもいう気だったくせに~」
「うるさい!貴様らには理解出来ん!オウカが我が一族の何たるかは!」
奪われてしまうことを恐れ、剣を握る手が震えている。
まるで大事な宝物を奪われそうな、子供かなにかのようだと、バレッティアは思った。
ただ、わからなくはない。大切なものは、自分にもある。
「何たるかなんて、知らないよ。でも、私は表を歩くのに、一々怯えるなんて、嫌だらかね~」
「オウカを奪う気か!我ら一族の象徴を、国の見世物にした挙句、心無いものに傷つけさせた!そんなのは、もう見ておられん!」
剣を構え、獣のような鋭い目つきで、バレッティアを睨む。
「この傷跡を見ろ!見世物にしなければ、酔った俗物なんぞに、傷つけられなかった!花見だなんだのと風習により、安息を得ることが出きなかった!」
体を震わせ、足に力を込め、駆ける。
「オウカは、愛すべき者への鎮魂を担うための我らの華!やっと私達の元へと戻ったのだ!奪わせはせん!」
地面を力強く踏み込み、バレッティアを横なぎに真っ二つにするよう、剣を振るう。
その刃は、届くことなくカァンッ!とかん高い音に防がれる。
「自分勝手な言い分ヤ。少し、頭でも冷やせヤ」
自身の身の丈の半分くらいのククリで、男の下から剣を上へと弾く。
「ヤーニャ、ドリアードを木に戻すから、あとよろしくね~」
「速攻で気絶させてやるヤ!任せろヤ!!」
ヤーニャは、飛び退き、四つ足で立つ。
ベルトで右手に縛るように固定したククリを、地に這わせるようにして、構える。
「獣ごときが、邪魔をするなぁぁぁ!!」
弾かれ、体を仰け反らした体制から、前へと倒れ込むようにして、突き貫くように突っ込んでくる。
それに合わせ、ヤーニャは高い壁を飛び乗るように、構えた剣の横へと跳躍する。
「がたがた騒ぐなヤ!!」
その勢いで、脇腹へとククリの腹を叩きつけようとする。
ククリがかわしきれないと悟った男は、半身を引き、その回転で、刃をククリの方へとねじ込み、滑らせるようにしてかわす。
「ヤッ!」
相手に背を向けた状態で、着地をするヤーニャ。
そして、すぐさま同じように、跳躍する。
初撃が避けられたことで、もう一度跳び込むことは、愚策とも思える。
しかし、扉越しに紙をめくるわずかな音さえ聞き取る、猫の耳はその音をとらえた。
男が、土を蹴りだす音を。
わずかではあるが、その体が傾く音を。
「これで…………!」
放たれた矢のように、一直線にククリを振るう。
ヤーニャの小柄な体躯であれば、ヤーニャを弾き返せると考えてか、男は両手で握りしめた剣を、力任せに振る。
しかし、飛んだものは、ククリのみ。
わざと、武器を手放し、左手の爪を伸ばす。
「終わりヤ!!」
自らの爪を鋭い一撃を見舞う。
その直前に、強烈な突風がヤーニャを吹き飛ばす。
「ヤヤヤヤッ!?」
バレッティアの足元へとヤーニャが転がっていく。
「すぐに気絶させるんじゃないの~?早くしてよね~」
バレッティアはただ何もせずに、ヤーニャの戦いを眺めていた。
「何やってんヤ!!お前ドリアードなんとかするって言ったヤ!?」
「いや、すぐに気絶させてやるっていうから待ってたんだけど~?」
「この緊急時になに悠長なこと言ってんヤ!!」
堪忍袋の緒が切れ、バレッティアの足を踏みつけ地団駄する。
「ちょっと、痛い痛い!!」
「さっき、突風で防がれたヤ!!あいつ魔術師かヤ!?」
「痛いから踏むのやめてよ。オウカの魔法だから~」
花吹雪を周囲に舞い散らせ、怯えたようにオウカは男を見つめる。
彼が傷つくことを、心配しているようだった。
「これじゃ、あいつを気絶させるなんて無理ヤ。お前が魔法を使えば、すぐにでも終わるヤ」
「止めるのは簡単だけど、オウカが傷つくかもしれないから、まずは木の状態に戻ってもらわないとね~」
杖で、土に真一文字を描く。
「とりあえず、傷つけず、近づけずでよろしく~」
「今度は真面目にどうにかしろヤ!」
爪をむき出しにして、ヤーニャは男に跳び掛かる。
「ダート・バレット。ウォーター・バレット。プラント・バレット」
土と土に触れている水や植物が、それぞれ弾丸の形に圧縮されていく。
バレッティアの魔法である、バレットマジック。
杖、もしくは手で触れたものを圧縮し、弾丸の形にし銃弾の性質を与える魔法。
そして、弾丸を加速させるための火薬は魔力で補う。
「バレットショット(掃射)」
すべての弾丸は、オウカへと向けて亜音速で発射される。
オウカは、驚いたように花吹雪を舞わせて突風を引き起こし、弾丸を防ごうとする。
「ディスペルバレット(解除)」
突風にぶつかる直前に弾丸は破裂し、元の土や水に戻っていき、オウカの足元を覆う。
ドリアードがいくら人間の形を得たとはいえ、元々は植物である。
故に、地面に根を張り動かないことこそ本能。
根である足を覆ってやれば、そのまま元の木へと戻るはずと考えていた。
「ヤーニャ、気絶させていいよ~」
「よし、来たヤ!」
バレッティアの声に、ヤーニャは拾ったククリを投げて剣をはじき飛ばし渾身の一撃を腹へと放つ。
「ーーーー!!」
だが、当たる直前にまたしてもオウカの突風でヤーニャは吹っ飛ぶ。
「お前、またサボったヤ!?」
「いやいやいや、予想外のことが起こっただけだから!」
オウカの反撃に、少しばかりバレッティアは驚いた。
流石に男を思う気持ちがここまで強く、本能に打ち勝つまでのものとは思っていなかった。
だが、オウカの再度の魔法でバレッティアは一つ策を思いついた。ヤーニャのカバンを足元から拾い上げ、瓶を取り出す。
「ヤーニャ、もう1回跳びこんで!」
「軽々しく言うヤ……結構痛いんヤよ!」
ブツブツと文句を言いながら、ヤーニャは器用に一回転して、再び地を蹴る。
「フード・バレット」
瓶の中身を、手のひらに乗せてそれを弾丸へと変える。
「モード・ペネトレイション(貫通弾)」
「これで、どうヤ!!」
ヤーニャが、再び爪を振るう瞬間、バレッティアはヤーニャに向かってバレットを放った。
そして、その弾丸は貫通し、男の口へと入る。
「ヤ?ヤヤヤヤッ……?」
急にヤーニャはバランスを崩し、あらぬ方向へと飛び出し、地面に転がる。
「ヤヤヤ?お前……何したんヤ……?」
「彼に攻撃すると防がれるから、ヤーニャごと撃っただけだよ~」
酩酊したようにフラフラしながら立ち上がり、バレッティアの方を向く。
すると、バレッティアはまたたび酒の酒瓶を振りながら、見せる。
「またたび酒を弾丸にしてね~」
「は……?いや、なんで……ヤ?」
「うぉぉぉぉぉ!?ぬううぅん!?」
疑問符を浮かべたヤーニャの後ろで男は冷や汗をダラダラと流しながら青い顔をして、入ってきた扉へと走り込む。
「な……何が起こったんヤ?」
「あそこの店主が言ってたでしょ?トイレにこもりっぱなしになるって。またたびって、利尿作用があるから、多分それじゃない……?」
「…………お前、最悪ヤ」
バレッティアによる最悪な幕切れに、流石に敵であっても哀れみを禁じえなかった。
────────────
一時間くらいして、男は軽い脱水症状になりながらもふらふらと庭へと戻ってきたが、戦うような気力も体力も既になかった。
可哀想に思ったのか、ヤーニャは水を汲んできて飲ましてやった。
「また……私達一族からオウカを引き離すのか……」
やつれた表情で、バレッティアを見つめる。
最早抵抗もできず、絶望に近い表情をしていた。
「まあ、私は犯罪者呼ばわりされず、ミアを返してもらえればいいんだけどね~」
オウカの頭を撫で、男へと視線を向ける。
「やっと……やっとオウカに何度も頼み込んで、私達の元へと戻ってもらったのに……。また、国の見世物として、オウカを奪われるのか……」
彼は地に伏せて、嗚咽をし始める。
愛すべき人を奪われるという恐怖からなのか、代々受け継いできたはずの誇りを奪われるからなのかは、バレッティア達には分からなかった。
ただ、大事なものを守りたいということだけはわかった。
「ええと、ヒルさん、だっけ?確かに同情はするけどさ、私達は犯罪者になるのは嫌なの。旅の妨げにもなるし目的があって、旅をしてるわけだからね」
ヒルの背中をポンと叩き、オウカの手を握る。
「だけどまあ、あそこまで戻すのは骨が折れるからこうしようか」
「―――!ーーーー!!」
バレッティアのしようとすることを察したのか、オウカは首をふってそれを拒否する。
「九つの宝で九宝。九つの木が、全て大事だからこそ、傷ついた1本を残しておいたんだよね?」
優しく語りかけ、額と額を合わせる。
「でも、あれだけ貴方を大事にしてるんだから大丈夫……。ここで、根を貼ればいいよ」
薄く唇のはしを上げて目を細め、優しげな表情でオウカを抱きしめる。
オウカは雫をこぼしながら、答えるように笑った。
「―――。―――!」
そしてヒルへと、オウカは抱きついて、頬へとキスをする。
庭の中央へと走り、そこで根を張り始める。
「オウカ……?」
呆気に取られて、オウカを見つめるヒル。
「何を惚けているの?オウカはさ貴方のために、ここで根を張るつもりだった。でも根を張るには、九宝の由縁である、九つの木のうち、傷ついた1本を取り込まないといけない。でも貴方が守りたい九宝の桜花であるために、あなたの頼みを聞くために、ドリアードになったんだよ」
傷ついた木を取り込みながら、8本の大樹は、絡まり合い、1つの大樹へとなろうとする。
「貴方がオウカを大事にするようにオウカも、貴方のためを思って無理をしてたんだよ」
深緑と桜花の魔力を体全体へと走らせる。
その様子は、まるで桜色の炎。
「だから、まあ、うまいこと言っといてあげるから、九宝の桜花として大切にしてあげてね?」
「そんな無茶をして……。わかってるさ……。そんなことは、当たり前だ……」
満開に咲いた桜花は彼の祖先達が始めた恋であった。
そして、時を経て受け継いだ桜花の思いに、ヒルは守るべき物という感情ではない恋が芽生えた。
それはまさに花びらに燃え恋焦がれる華と、言えるだろう。
────────────
「お前、本当に最悪ヤ」
フラシーの町を離れて、馬車を操りながらバレッティアを罵倒する。
「何言ってるの~?正当な対価でしょ~」
あの後、バレッティア達はドリアードのことをヒルに会いたくて変じたと説明しそのことをヒルが認めたことでめでたく犯罪者の汚名を返上した。
それで終わればいい話で終わったのだが、バレッティアは対価として旅の準備を町に滞在している間に全てさせて大量の食料と場所まで要求したのだ。
「お前……相手が魔術師じゃないから、解決すれば楽できると思ったんヤろ」
「まあ、いいじゃん~。彼だって喜んで用意してくれたんだし~?」
「あれをだけの話を知ってそれかヤ……」
「どうせ、まだ旅は長いんだし、そう考え込まないでいこ~」
「いこ~」
頭を抱えるヤーニャに、のんびりとしたバレッティアの声とそれに同意するミア。
彼女達はフラシーの町を離れ春の国を越え、夏と秋を越え、冬の国を目指し旅を続ける。