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春の国スプリグ:フラシーの町―焦がれる華―(4)

 ジャック・ヒルは恋をした。

 夏の国の貴族であるジャックはスプリグの王へと会うための道中、片田舎の領主の屋敷へと泊めてもらった時のことだ。

 その領主の娘クリス・ジェイリーに出会い、彼女の儚げな魅力にすぐさま夢中になった。

 そして、クリスもジャックの快活な性格にあこがれを抱き恋をした。

 ただ王のもとへいく道中のため、ジャックは長くその地へとは留まれなかった。

別れの日にジャックはクリスに、オウカの苗木を九つ贈りこう言った。

 『この苗木が、最初の花を咲かせる頃に、迎えに来る、と』

 しかし、その約束が果たされることは無かった。

 ジャックが迎えに来るころには、クリスは流行り病で無くなっていたのだ。

 ジャックは深く悲しみ、何日も泣き続けた。

 ある日、ジャックの嘆きはぴたりとやんだ。

 それを止めたのは彼女が自分を待ち続ける間、大切に育てあげたオウカの花。

 彼はそれを見て、誓った。

 このオウカは彼女が私を待ち続けた証、そして彼女の写し身であるオウカを守り続けると。

 彼は帰属の地位を捨て、この地に根付く。

 彼女との誓いを守るため。


        ―フラシー民族語り―より抜粋。



────────────



「ごめんね〜?ちょっと、その扉壊しますね〜?」


 バレッティアは扉に手を当て、軽く握るように手を丸める。

 すると音もなく扉は小さな筒状に形を変える。


「あ、あんた、今逃げたらそれこそひどい目に会うよ!?」


 突然目の前でおこった魔法に慌てながら、婦人はバレッティアを止めようと肩を掴む。


「大丈夫ですよ〜。犯人を捕まえにいくだけですから〜」


 その手をするりと抜け笑みを浮かべながら、小屋の出口も同様形を変える。


「ヤーニャ、荷物を探して来て?町長さんの家に行くよ」

「バレッティアさっきからなにをいってるんヤ、さっきまで危ないとか言っておいて、急に手のひら返して……」

「大丈夫。私を信じていいよ〜?だって、相手は魔術師じゃないからね〜」


 何かをひらめいた時だらけきった彼女は、笑みを浮かべる。

 その笑みが意味することを、ヤーニャは知っている。

 十中八九自分が楽を出来るようにするためだ、ということを。


────────────



 バレッティアとヤーニャは、婦人から聞いた町長の屋敷の前に立っている。

 夜の冷えた空気は未だ犯人扱いされている身には、背徳感を助長させるようにヤーニャは感じた。


「……店主まで協力させて、本当に犯人を捕まえられるんヤ?」

 怪しいと言わんばかりの視線を、バレッティアに向けて言う。

「そりゃ、大丈夫だよ〜。だって、犯人は町長なんだから〜」

「ヤ……?お前、あの話から町長が犯人とか安易な考えを……」

「そうだけど、そうじゃないかな?」


 杖をコツコツと地面に当てると、バレッティアの足元にある土がごっそりと削られ小さな筒状へと圧縮される。

 それはゆっくりと浮かび上がり、屋敷の扉の超ちょうど真ん中あたりまで上がると、銃弾のように放たれる。

 ドバっと、圧縮された土は破裂し扉を飲み込み、破壊する。


「お前!?なにやってるんヤ!?」

「ちょっと、ね?町長さんには警戒してもらわないといけないからね〜」

「警戒されたら、危険になるかもしれんヤ!?」


 なんのためらいもなく、いつもの調子で扉を壊すバレッティアに驚きを隠せずに大声で叫ぶ。

 その驚きにもただ、バレッティアはのんびりと歩き屋敷へと入る。


「予想が外れて魔術師がいたらどうするんヤ!!」

「いたとしても、大した相手じゃないよ〜。だって、オウカは九つのあるんだから」


 手をひらひらとさせ大丈夫大丈夫といいながら、屋敷の中央にある庭へと進む。


「お前、なにをいってるんヤ……」

「オウカの話、読んだでしょ?あの本ってさ〜、大体二百年くらい昔の話なんだよね〜。だから、二千年の大樹のオウカは、存在しないの」

「でも、あの場所から消えたならかなりの大きさヤ、それこ二千年ほどヤって、お前……」


 杖でヤーニャをコンと叩くと、めんどくさそうな顔をする。


「九つの苗木。書いてあったでしょ〜?あれは、九つの苗木が絡み合い成長し、それだけの大樹のように見えるようになったっんだよ〜」

「ヤ?じゃあ、移動させたのは、もしや、ドリアード……ヤ?」


 ドリアードとは、樹齢が100年以上で500年よりも短い時に、木霊が宿った木を自身の体にし人となった姿のことだ。

 自らの宿った木を体にすることで森から森へと移動し、自分の好きな森で再び木へと戻ることが特徴として知られている。


「そう、自分で動いたならあとも残さずに動けるよね〜?」

「でも、それなら町長の家へ行く理由なんてないんヤ……」

「ドリアードにも知性はある。じゃなきゃ、元の場所から動きたいなんて思わないよ〜」


 庭へと続く廊下を抜け、バレッティアは扉を開く。


「もし動く理由が、自分の好きなところへと行きたいと願う。なら、自身を大切にしてくれた彼の元に、と思わないかな〜?」


 そこは、貴族のつくりだした箱庭。

 愛すべき人との想い出にすがり、誓いを立てたのだと思わせるようなそんな場所に見える。

 季節の淡い黄と桜色の花々と、きらめきながら流れ花を写し込む水鏡。

 その中で、1人。いや、1本の少女が、桜花を体にまといたっていた。

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