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春の国スプリグ:フラシーの町―焦がれる華―(2)

「こっちヤ!!早く来るんヤ!!」


 雑貨屋の扉にへばりつき餌をねだるような猫のように、前足を伸ばしこちらに叫ぶ。


「そんなに興奮しないでくれる〜?」


 先ほどから、町の住人達の好奇の視線を感じる。

 ここへ来てから、ヤーニャがずっと興奮しきった様子であっちこっちうろうろしながら雑貨屋まで来たせいだ。

 恥ずかしいことこのうえないので、お金だけ渡して逃げ出したい。

 そう、バレッティアは考えている。

 しかし妹もヤーニャの興奮に当てられてはしゃぎ始めた。

 そのせいでじわりじわりとだが、バレッティアはミアに引きずられるように雑貨屋へと近づいている。


「お鍋で花見!お鍋で花見!」

「宿屋でごろ寝……宿屋でごろ寝……。にしない?」


 いつの間にかさっきの雑炊で花見をすることに決まっていたので、宿屋の方向を指さしてわずかばかりの抵抗をする。


「花見するの!だって、この国で1番綺麗なお花なんでしょ!絶対すごいんだよ、お姉ちゃん!」


 正確には3指に入るほど、なんだけどね。

 そう心の中で突っ込みながらもズルズルと引きずられ、とうとう雑貨屋の中へと入ってしまう。


「蓋を!鍋の蓋が欲しいんヤ!!」


 入るやいなやヤーニャは店のカウンターまで一直線に行き、背伸びして顔をのぞかせるようにして店主に注文をする。


「あぁ、蓋ねえ?材質はなんにするんだい?うちはいろいろあるよ?カシにキリ、サワラもあるよ」


 鼻をフンフンと鳴らしたヤーニャの特攻注文にも動じずに、自慢げに商品の豊富さを語る。初老の婦人といった感じで、年の功とも言えるような落ち着きを感じる。


「じゃあ、またたびで〜」

「お前、それ冗談じゃなかったんヤ!?」

「あっはっはっ、面白いことを言うお嬢ちゃんだねぇ?じゃあ、こんなのはどうだい?」


 妙な注文に対して笑いながら酒瓶を取り出して見せる。


「またたび酒だよ。猫さんや、あんたにはこれがいいだろぅ?ちょっと飲んでみなよ」


 小さな木のお椀にまたたび酒を少しだけ注ぎ、ヤーニャに渡す。

 ヤーニャはそれを、じっと見て匂いを嗅ぎクイッと飲み干す。


「これは……この香ばしさに、ちょうどいい苦味……癖になりそうヤ」

 ヒゲをぐんにゃりとダラケさせ、幸せそうな表情をする。

「いや、すごい漢方臭いんだけど〜……」


 かすかな酒の匂いに顔をしかめ、ヤーニャから遠ざかる。


「そんなに、美味しいの?ヤーニャさん?おばちゃん、私にも飲ませて?」


 そんな姉とはうらはらに興味津々で酒瓶を見つめるミア。


「ちっこいお嬢ちゃんにはまだ酒は早いねぇ?それに、この酒、人間には効きすぎて、トイレにひきこもりっぱなしになっちまうのもいるからねぇ。獣人さんにしか飲ませらんないんだよ?」

「そっかぁ、残念……」


 残念そうに肩を落とし酒瓶を見つめる。

 その様子を見てバレッティアは、近くに酒を並べてある棚から、果実酒を取り、カウンターに置く。


「これなら飲んでも大丈夫だから、ミアはこれで我慢しなよ〜?」


 果実酒をじっと見た後バレッティアを見上げて、花開くような笑顔を見せる。


「ありがとう、お姉ちゃん、お花見で飲もうね!!」


 やれやれ、とミアの頭を撫で果実酒とまたたび酒の代金を払う。


「あと、木蓋と、花見用にいくらか食べ物をって、売ってます〜?」

「ああ、うちはなんでもあるよ。この町にゃ職人やら木こりばっかだからねぇ。なんでも屋みたいな雑貨屋になっちまったよ」


 あっはっはっ、と快活に笑いながら、適当な食べ物を袋に詰めて渡してくれる。


「あとこれね。この地図を見ながらいけばオウカの場所までいけるはずさ。サービスしておくから、またよってってね?」

「まあ、面倒でなければ〜」


 社交辞令もできないバレッティアに、ヤーニャは軽く脇をつく。


「ええと、多分きますね〜」


 言い直させてもこれか。

 そう、ヤーニャは頭を抱えた。



────────



「やっと花見する気になったんヤ?珍しいヤな?いつもなら最後までめんどくさがるくせに」


 森へと続く道を歩く中ヤーニャは不思議そうに聞いてくる。


「いや、ミアがもう……私と行くこと決めちゃったしな〜……」


 はぁ、とため息をつきながら、うさぎのように跳ねながら歩くミアを横目で見る。


「相変わらずミア嬢には甘いんヤ。それなら、もう少しこっちの言うことも聞き分けて欲しいんヤ」

「主が使い魔の言うこ、聞き分けてたら、威厳がないからね〜。しょうがない〜」


 すっとぼけたように返すバレッティアに、毎度のようにジト目で見やる。

 ふと、その視線をミアのいた方に向けると、いつの間にかミアがいないことに気づく。


「ヤヤ?ミア嬢が先に行ってしまってるヤ」


 あたりを見回すと、小走りにミアがオウカがあることを示す立て札の横を抜けていくのを見つける。

 そのあとを追うようにヤーニャは走って追いかける。


「ミア嬢、先にいったら危ないんヤ。もうちょっとゆっくりいくんヤ」

「ねえねえ、ヤーニャさん?オウカが、無いよ?」

 追いついてきたヤーニャに、不思議そうに、小首をかしげる。

「ヤヤ?そんなず……?」


 立て札を通り抜けたところに、あるはずのオウカ。

 見れば、一目でそれがわかるほどの巨木のはずなのにその場所は、まるで木など無かったような。

 そこだけこの森の一部を切り取ったかのような、更地が広がっていた。


「え?これって〜……」


後から、ゆっくりと歩いてきたバレッティアもこの光景に息を呑む。


「バレッティア……もしかして、これヤ……」


 深刻そうな顔で、意味ありげにつぶやきバレッティアを見つめる。

 しかし、ヤーニャは忘れていた。


「花見せずに宿屋に帰れるってことだね〜」


 この深刻な状況であろうと、自分の主はめんどくさがりやでしかないことを。 

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