春の国スプリグ:フラシーの町―焦がれる華―(1)
フラシーの町。
1年を通して暖かく、気候の安定したミハナ地方にある。
ミハナ地方では『花見』という花を愛で宴会を催す風習があり、様々な由来のある花が各地にある。
その中でも、3大見華と呼ばれる花見を語る上ではこの3つの花を見なくては語れない、とまで呼ばれる花の一つ『クホウのオウカ』と呼ばれる巨木に咲く花があることで有名。
「このオウカは、この町のオウカの森と呼ばれるとこで見られるんヤ。少しはすごさがわかったヤ?」
鍋を持ったまま鼻をひくひくとさせ、ドヤ顔をする。
「うん、すごいすご〜い」
花なんか微塵も興味が無い。
そう行動で表すようにパンをかじり、欠伸をする。
「クホウのオウカ!!お姉ちゃん、見に行こうよ!ね?ね?」
姉とは真逆に、ミアは3大見華の話にはしゃぎ始める。
このままではヤーニャに蓋を買いに行かせ、宿でダラダラとすごす計画が崩れる。
そう危機感を覚えたバレッティアは渋い顔をする。
「ヤーニャ〜?花と蓋関係ないし、他の街の方がいい蓋あるんじゃない〜?」
絶対に、観光名所にいってなるものか。
その想いで他の町へとさりげなく誘導しようと試みる。
「関係あるんヤ!!オウカの森は、良質な木材が取れる場所でもあるんヤ!そこで作られる木製調理器具は、プロ御用達なんヤ」
肉球をぐっと握りしめ、さらに熱く語りだしたヤーニャに『あ、地雷踏んだな』と後悔する。
「たかだか、卵雑炊くらいで、蓋を買いに町による身にもなって欲しいよね〜……」
パンの最後のひとかけを口に放り込み、鍋をちらりと見る。
「お前が、この鍋を小さくしてくれれば、楽なんヤけど?」
目を見開き瞳孔を細めてじろーり、と顔を見てくる。
「いやだ、めんどくさいっ」
少しばかり、声を大にして魔法を使うことを拒む。
何から何まで面倒くさがる主人に、耳をげんなりと縮ませため息をつく。
「お姉ちゃん、ヤーニャさん困らせてばっかりじゃダメだよ?」
あまりにヤーニャが落ち込むので、ミアはよしよしとヤーニャの喉をなでながら、姉を注意する。
「ヤヤヤ……。そんなこといってくれるのはミアお嬢だけヤ……」
ミアになでられ目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
その様子に、少し不機嫌そうにヤーニャを見る。
「私が撫でても、そんな顔しないくせに……」
ペットを取られて不機嫌になった子供のようにむくれ、杖でカンっと鍋を叩くとそっぽを向いて歩き出す。
鍋は叩かれると小さな筒のような形になり、ヤーニャの肉球へと収まる。
そのままどんどん先へと歩いて行ってしまうバレッティアを、二人は顔を見合わせてから、少し笑う。
「仕方のない主人ヤ、特別に撫でさせてやってもいいんヤ?」
「お姉ちゃんも、よーしよしよし」
バレッティアの足元に擦り寄るようにして見上げるヤーニャと後ろから抱きつき頭をなでるミア。
いきなりのスキンシップに、顔を真っ赤にしてうつむく。
「暑苦しいから、別にいいし〜……」
暖かな空気の中少しだけバレッティアは口角をあげ、ボソッとつぶやく。
グーキュルキュルキュルー。
その小さな言葉は、間の抜けたお腹の音にかき消される。
「……なんか、いろいろ台無しヤ」
パンだけじゃたりないからね〜。と少し笑い、元の気だるげな彼女に戻る。