prologue春の国スプリグ―満開の花の下で―
満開の花咲く木の下。
流れゆく、花弁を見つめながら、薄く汚れた白のローブを身に纏う少女は、その紫が混じる白髪をいじりながら、ため息をつく。
「やっぱり、花より団子だよね〜」
「身も蓋もないこと言うんやないヤ」
まるで、絵画に描かれるような風景を作り出した少女は自らの一言でそれを粉微塵にし、それに呆れる猫の獣人。
「いいからさ、早く雑炊つくってくれる〜?」
空腹を訴えるように先端がぐるぐる巻の杖を鍋にカンカン、と当てる。
「大人しくしてるんヤ。焚き火の上だと不安定でこぼれるんヤ」
前足で器用におたまを持ちながら鍋をかき回し、ひげをげんなりさせ、じっとりとした視線を向ける。
それを少女は気にもせずカンカン、カンカンと鍋をリズミカルに叩き続ける。
一見すれば無垢な少女と、二足歩行する猫が料理を囲み、秘密の花見を行っているファンタジックな場面だ。
しかし実際は空腹を訴え、花見の風情をゴミ箱へとまるめて捨てるような残念な少女と、妙に低くなまった声と語尾で声だけ聞けばおっさんのような猫の食事準備風景と言った、夢を壊す風景。
「叩くのやめるんヤ。卵をいれて蒸らすんヤから、木蓋をとるんヤ」
「え〜。やだ〜」
「ちょっと手を伸ばせば、届くんヤ!今手が離せないから、とるんヤ!」
「手じゃなくて、前足のくせに〜」
「ヤヤヤヤヤ……!」
屁理屈をこねる少女。怠け者に親のように怒る猫。
人間よりも人間臭い彼らに夢を求める方が間違いかもしれない。
「ねぇ?ヤーニャさん、この蓋で、いいの?」
小首を傾げ木蓋を両手に持って見せる、少女の妹。
どこか儚げな雰囲気と栗色の長髪。
大きく、くりっとしたつぶらな瞳は、森の妖精と話す童話の中の住人のようだ。
「ミア嬢はいい子なんヤ。それであってるんヤー。どこかのバレッティアみたいな、怠け者とは違うんヤ」
「できることなら、もうここから動きたくない〜」
ヤーニャの皮肉にフッフッと鼻をならし、開き直るバレッティア。
「お前、今日の飯抜きにするんヤ?」
「え、ごめん。それは勘弁して?」
しかし、その開き直りはいとも簡単に食欲に負けた。
「ヤーニャさーん。はい、どうぞー。ひゃっ!?」
そんな、馬鹿なやりとりを気にもとめずヤーニャへとある気だそうとしたミアは1mもしない距離で派手に転ぶ。
パッカン、と小気味よい音ともに木蓋が割れる。
「ミア、大丈夫〜?」
「ミア嬢!?大丈夫なんヤ!?」
あまりにも派手に、しかも一歩歩くか歩かないかで転倒したミアに、二人は心配して抱き起こす。
「えへ?大丈夫だよ?」
ニコニコとして、ふたりを見て『やっちゃった』と言うような悪戯っぽい笑みをする。
「あ、でも……お鍋の蓋を壊しちゃった……。ごめんね、ヤーニャさん」
しかし、手元で割れている木蓋を見ると見る間にしょんぼりとした顔に変わる。
「大丈夫なんヤ。近くに町があるヤから、そこで買えばいいんヤ」
「え……?いや〜、もう雑炊に卵入れなきゃいいだけなんじゃ〜?」
慰めるヤーニャの言葉にすぐさま面倒臭い、と顔にでる。
その言葉に、耳を耳をピーンと立てバレッティアの顔に肉球を押し付ける。
「卵をいれて、蓋をして軽く蒸す。それで完成するんヤ!!手抜きはしないんヤ!!」
料理への情熱とこだわりゆえに、怒りをあらわにするヤーニャに、食べられればいいじゃん、となおも面倒くさがるバレッティア。
そのふたりを見てミアは、バレッティアの手を握って見つめる。
「ヤーニャさんの料理、私が邪魔しちゃったから、ヤーニャさんに蓋を買ってあげたいの。だから、行こう?お姉ちゃん……」
妹の懇願に、はぁ、とため息をつき、杖を握り、立ち上がる。
「わかったよ〜。さっさと買いに行くよ〜」
やれやれと言ったふうに立ち上がり、伸びをする。
やっと動く気になったか、とヤーニャは安堵したところ彼女は。
「さあ、買いに行くよ、マタタビの木でできた蓋を」
「お前、料理させる気ないヤろ!?」
猫の叫びに、クスクスと笑いながら歩き出す魔法使い。
その後に続くように、妹のミアと、使い魔の獣人、ヤーニャ。
魔法や妖精が、近くに存在する時代。
その時代を、彼女たちは、自分勝手に歩き回る。