第47話・隠密
久しぶりに日本の地を踏みしめ、春樹どのの家の車で屋敷まで送って貰った。
「明日はお疲れでしょうから、明後日にでも初詣へ行きませんか?」
「分かった。そのように予定を入れておく。」
「ずっと一緒にいたいですが、明後日まで我慢しますね。」
な、何の我慢だ…
「ふふ。ではゆっくりとお休み下さい。」
チュッ!と音を立てて軽く口付けを交わし、屋敷の門を潜った。
明日は満月であるが、お土産を早く渡したかった故、能力で天界へ帰ってみることとした。
「やよい姉様のところへ…」
目を閉じて念じると、ふわっと光の粒が私を取り囲み、気付いたら天界の庭へ着いておった。
「まぁ!かぐやではないですか!」
「やよい姉様!」
「びっくりしましたよ。ささ、我の部屋へ来なされ。」
やよい姉様の部屋でお茶を頂きながら、お土産を渡し、旅行の話をした。
「そ、それで…あの…」
「どうしました?歯切れが悪いようですが。」
「こ、婚約の儀が完了しまして…」
「まぁ!おめでとう!後は婚姻を待つのみですね。」
「それは、まだ学問所に通う身でありますので、それが終わった後となります。」
「ついにかぐやも婚姻ですか。嬉しいような寂しいような気がしますね。」
「ふふ。いつでも遊びに来ますので、ご心配なく。」
それから暫く話をし、下界へ戻った。
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そんな二人の会話を立ち聞きする者がおった。
「婚約の儀が終了されたのか。それはめでたい!すぐに報告をしよう。」
その者は、祖父どののお屋敷へ飛んで帰った。
「ご主人様、かぐや様の婚約の儀が終了されたようです。いよいよ婚姻となりますな。」
「え?その話しは本当か?」
「はい。かぐや様がやよい様にお話をされておるのを、しかとこの耳で聞きました。」
「そうか…」
<かぐやの奴、あれほど汚れた下界人との婚姻は許さぬと言っておったのに、まだ私に恥をかかせる気か!これ以上の所業は許さん!>
「このことは、まだ誰にも伝えてはおらぬな。」
「…?は、はい。まずはご主人様にご報告をと思いまして。」
「そなたに頼みがあるのだが、明日の満月の夜、所用で下界へ行ってはくれぬか?」
「かしこまりました。所用とはどういったものでしょう。」
「それは…」
驚く内容であった。
「貴様には私が拾ってやった恩があるであろう。嫌とは言わせぬぞ。」
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初詣に出掛ける日、久しぶりに着物を着た。やはり帯を絞めると身が引き締まる気がするな。
婆やが春樹どのの到着を知らせに来てくれて、屋敷の外へ出た。
「かぐやさん、お久しぶりです。」
「一昨日まで一緒であったではないか。」
「ふふ。昨日はかぐやさんが恋しくて、夢にまで見てしまいました。」
「そ、そうか…」
何だか春樹どのの色気が強化されておるのは、気のせいであろうか…
そして、一緒に毎年通う神社へ行き、お参りをした。
<今年も春樹どのが幸せでありますように。>
<春樹どのと幸せになりますように。>
<春樹どのと…>
へ?私は今、何を願おうとしたのだ?
「かぐやさん、どうしました?顔が赤いですよ。」
「い、いや、久しぶりの着物故、ちょっと苦しいのかもしれぬ。」
「大丈夫ですか?何処かで緩めますか?」
「へ?」
春樹どのは意味深な笑みを浮かべて、私の肩を抱き寄せた。
「くるくるっと男のロマンを体験させて頂ければ嬉しいですが。」
「な、何が男のロマンだ!」
流石にその意味は理解できた。照れを誤魔化すように、ささっと社務所まで歩き、おみくじをひいた。
「今年は末吉か。微妙であるな。」
「私もでした。しかも今年前半に波乱があるとか。」
「そうなのか?」
「ですがそれを乗り越えれば運勢は良くなるそうです。」
「何があるか分からぬが、春樹どのなら大丈夫であろう。」
「ふふ。かぐやさんさえ傍に居てくれれば、どんな波乱も楽しいですよ。」
二人でおみくじを境内の木にくくりつけ、何処かへデートに行こうという話になった。
「去年みんなで行った温泉を覚えていますか?」
「覚えておるぞ。クロードが酔って大変だった時であるな。」
「冬休みももう少しで終わります。そこへ二人で行きませんか?」
「二人でか?」
「部屋に露天風呂が付いていますので、一緒に温まりましょう。」
「えっ!い、いや…」
顔がかぁっと熱くなり、言葉に詰まってしまった。
「ふふ。かぐやさんの表情は見ていて飽きないですね。」
ま、また遊ばれた…
ふと、春樹どのが人混みをじっと見つめ始めた。
「どうかしたか?」
「…いえ、知り合いがいたような気がしたのですが、気のせいでした。」
「そうか?」
それにしては厳しい目をしておった気がするが…
結局その日は、何処ヘも行かずに帰宅した。
そのまま冬休みが終わり、大学が始まった。
講義開始が同じ時間の時には、いつも迎えに来てくれておったが、それが無くなった。
春樹どのも色々と忙しいと言っておるし、あまり気にせずとも良いか。
お昼になり、久しぶりに学食で皆と会って土産を渡した。
「フィジーどうだった?」
松乃どのが興味深々に聞いてきた。
「水上コテージが素晴らしかったぞ!ダイビングというものもやってみたのだ。」
「いいな~♪それで効果は?」
「効果とは?」
「一緒に選んだ下着の効果はあった?」
ぶっ!
思わず噴き出しそうになった。
「そ、そんなものは知らぬ!」
「かぐやちゃん可愛い!赤くなってるよ~♪」
「駄目ですよ、かぐやさん。私以外の人にそんな可愛い顔を見せないで下さいね。」
後ろから声が聞こえたかと思ったら、頬にチュッ!とされた。
「は、春樹どのが一番危険ではないか!」
「ふふ。すみません。」
大学の外では会えぬ日が続いておったが、大学ではいつもどおりに過ごし、爺やの車が来る門まで送ってくれた。
少し物足りないような寂しさを感じることも、春樹どのの笑顔を見ればどうでも良くなって来るから不思議である。
だが、そのうち、大学でも会えぬ日が続くようになってしまった…