第45話・ダイビングの後は
その日は昼過ぎに、ダイビングのツアー会社がコテージまで迎えに来てくれた。
陽気なドライバーが春樹どのに色々と話し掛けておる。
「“新婚旅行かい?”」
「“その一歩手前ってところです。”」
「“いいね~♪美人で若い奥さんで羨ましいよ!”」
「“自慢の奥さんですからね。”」
何を言っておるのだろう。まぁ楽しそうに会話をしておるので、黙っておこう。
昨日、春樹どのが買ってきてくれた新しいサンダルを揺らしながら、車の窓から見える異国情緒たっぷりな景色を楽しんだ。
海辺のプールへ連れて行かれ、水着の上にウエットスーツというゴムのような服を着るよう指示された。
春樹どのはダイビングライセンスというものを持っておるようだが、私は初めてなので、まずはプールで色々と教えてもらった。教えてくれるのが、日本人のスタッフで助かった。
「海の中ではバディさんと常に手を繋いで、離さないようにしてくださいね。」
ということは、海の中でも春樹どのと一緒なのか…
ふと、春樹どのが耳元に顔を寄せてきた。
「かぐやさん。赤くなっていないで、インストラクターの話に集中して下さいね。」
「なっ!」
耳にかかる息に思わず声を上げてしまい、インストラクターに怒られてしまった。
うぅ、婚約の儀が終わっても、春樹どのは変わらぬな…
レギュレーターなど機材の説明を受けて、ボートへ乗り込んだ。
「今日は奥様に合わせて、初心者ツアーですが、興味があったら是非ライセンスを取ってくださいね!」
「お、奥様?」
思わず春樹どのの顔を見たが、何食わぬ涼しい顔で返事をし、完全に誤解されておる今の状況を楽しんでおるようだ。
いつぞやの妊娠騒動を思いだすな…
美しいサンゴ礁の上でボートが停まり、タンクを背負って、ドボン!と海の中へ入った。
すぐに春樹どのは手を繋いでくれた。
水の泡の音だけの静かな世界、目の前に広がるサンゴ礁に可愛らしい熱帯魚。頭の上の水面から、太陽の光が筋となって降り注ぐ。
なんて美しいのであろう…感動に震える思いがした。
インストラクターを先頭に、春樹どのと手を繋ぎながら海の散歩を楽しんだ。春樹どのは時折、私を振り返りながら様子を伺っておるようだ。水中マスクで見えるかどうか分からぬが、微笑んでそれに答えた。
30分程海の散歩を楽しんだ後、ボートに上がった。
「かぐやさん、いかがでしたか?」
「凄かったぞ!あまりの綺麗さに感動で震えてしまった!」
「それは良かったです。また機会がありましたら、行きましょうね。」
「是非、また楽しみたいものだ。」
陸に上がって潮を落とすために軽くシャワーを浴び、レストランで食事をしてコテージへ帰った。
「今日は疲れたな。シャワーでも浴びて寝るとするか。」
「では、一緒に入りますか?」
「へ?一緒ってどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。」
春樹どのはにっこり笑って当然のように答えた。
「い、いや、それは遠慮しておく…」
「もうかぐやさんのすべてを見ていますから、気になさらないで下さい。」
一瞬で昨夜の出来事が頭に蘇り、顔がかぁっと熱くなってきた。
「それとこれとは違うだろ!」
真っ赤な顔を服で隠しながらバスルームへ掛け込むと、外から春樹どのの笑い声が聞こえてきた。
絶対遊ばれておるな…
交代でシャワーを浴び、寝るために部屋の電気を消したところで、ふわっと後ろから抱き締められた。
「かぐやさん、今日も一緒に寝ましょうね。」
「い、いや…今日は疲れておるし…」
「大丈夫です。かぐやさんは何もしなくていいですよ。」
「なっ!」
振り向くと同時に頭を抱えられ、深く、すべてを喰い尽すような口付けが落とされた。
「ん…」
結局は春樹どのの甘さに勝てぬのだ。身体から力が抜けそうになったところで、抱きかかえられ、リビングのベッドへ連れて行かれた。
薄暗い月明かりの中でも春樹どのが微笑んでおるのが分かる。愛おしそうに私の頬を撫でながら囁いた。
「昨日みたいに春樹って呼んで下さい。」
「き、昨日って…」
「覚えていないですか?」
お、覚えておるが、知らないふりをしておこう…
「何のことかさっぱりだ。」
「ふふ。では思い出させて差し上げましょう。」
「え?」
気付けば春樹どのに組敷かれておる状態であった。
「こ、これは一体…」
「何でしょうね。」
そう言いながらも優しく深い口付けが落とされ、またもや翻弄されながら、甘い痺れに溺れる夜となった。
翌朝、どうも身体の具合がおかしい。足腰に力が入らぬのだ…
白いシーツの上にうつぶせになったままの私を見て、春樹どのが心配そうに尋ねてきた。
「かぐやさん、どうかしましたか?具合が悪いですか?」
「何故か足腰に力が入らぬのだ。」
それを聞いた春樹どのは、笑いながら謝ってきた。
「すみません。ちょっと昨夜無理させてしまったかもしれませんね。」
え?そ、そういうことか…
「今日はお土産を買う以外に何も予定はありませんから、昼までゆっくりベッドの中で過ごしましょうか。」
そう言って、春樹どのもベッドの中へ戻ってきた。
軽く私を抱き締めて、啄むような口付けを繰り返し、甘い時間の余韻に浸った。
「そういえば、もう新年ではないのか?」
「そうでした。明けましておめでとうございます。」
「今年もよろしく。」
「帰国したら初詣へ行きましょうね。」
「そうだな。今年も春樹どのの幸せを願っておこう。」
「かぐやさんが傍にいれば、それだけで私は幸せですよ。」
「そ、そうか…」
「かぐやさんは幸せですか?」
それには返事をせず、微笑んで春樹どのにチュッ!と、口付けた。
「…どうであろうな。」
「ふふ、言ってることと顔が違いますよ。」
結局、ベッドから起き上がったのはお昼を過ぎた後であった。