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第42話・触れられない手

 出発する日は、昼過ぎに迎えに来てくれた。腕には私がプレゼントした時計が付けてあった。


「あっ!もしかしてかぐやさんとお揃いですか?」

「は、春樹どのにも似合うと思ってな…」

「ふふ。今日も幸せな日になりそうです。」


それは私の赤くなった顔を見たからであろう。

チュッ!と軽く額に口付けをされ、車に乗り込んだ。


「すみません。父がプライベートジェットを使う用事があるらしく、飛行機は乗り継ぎになります。」

「よく分からぬが、構わぬぞ。」



 飛行機を乗り継いで約9時間、ファーストクラスという椅子に座り、機内で仮眠を取った後、夏のような暑さの空港へ降り立った。

事前に税関を通る時の会話を教えてもらい、何とか入国を果たせた。


外に出ると夜であった。その後、タクシーに乗り込み着いたのは、海の上に浮かぶコテージだ。

コテージの中に促され、入ってみると、広いリビングの先に海が広がっておった。


「おお!これは凄いな!まるで海の上にいるようだ!」

「朝になれば綺麗なエメラルドグリーンの海が見られますよ。」

「そうか!それは楽しみだ!」

「このガラスのテーブルからも海が見えますよ。明日の朝になったら魚に餌をあげてみましょうね。」


ふと室内に目をやった。リビングの中央にドン!と大きいベッドが備え付けられておるではないか!


う、うわっ!まともに見れぬ…


「かぐやさん、どうかしましたか?」

「い、いや…何でもない。」

「長いフライトで疲れましたよね。シャワーを浴びて今日は寝ましょうか。」

「そ、そうだな…」


春樹どのがすっと手を伸ばしてきた時、ビクッ!として一歩引いてしまった。

マズい!

春樹どのは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「もう一つ、ベッドルームがあります。そちらを使いますか?」

「え?」

「私の目の前で着替えてくれるのであれば、歓迎しますけどね。」

「い、いや!それは遠慮しておく!」


スーツケースを持って、ドアで仕切られているベッドルームへ掛け込んだ。


「ふう…しらふだと、まだ難しいかぁ…」


春樹どのの落胆する声は、焦る私には聞こえなかった。



 春樹どのが先にシャワーを浴び、私が浴びてリビングに戻ると、春樹どのはお酒を飲んでおった。


「何を飲んでおるのだ?」

「シャンパンです。」

「私も一杯貰おうかな。」

「え?止めておいた方がいいですよ。」

「だが、すぐに寝れるであろう。」


「い、いや…寝るどころでは…」

「ん?何か言ったか?」

「いえ、別に。それより今日は移動が長くて疲れたと思います。私はもう少し飲んでから寝ますので、荷物を置いたベッドルームを使って下さい。」

「分かった。おやすみ。」

「おやすみなさい。」


挨拶を交わして部屋へ入った。ベッドに横になり、一人反省会だ。


別に春樹どのが嫌な訳ではない。素直に甘えられぬのは、意識し過ぎであろうか…

一瞬見えた春樹どのの悲しそうな顔が、頭から離れなかった。恐らく別々のベッドルームを勧めてくれたのも、私の事を気遣ってのことであろう。


はぁ…何となく落ち込んでしまった。



 ザザ…


…ん。


波の音で目が覚めた。考え込みながら、いつの間にか寝ておったようだ。カーテンから漏れる眩しい光に目を細めながら着替えを済ませ、リビングへ続くドアを開けた。


「かぐやさん、おはようございます。」


声の聞こえた方を見ると、ベランダに朝日を浴びた春樹どのが立っておった。

エメラルドの宝石のような海に、キラキラと輝く太陽の光が美しい風景であった。何処までも続く水平線が異国の雰囲気たっぷりだ。


「うわっ!これは美しい!見事な風景だ!」

「ふふ。気に入って頂けて良かったです。」


暫くの間、朝の風景を並んで見つめた。



 朝食を頂いた後、観光前に散歩へ出掛けることとなった。だが、珍しく手は繋がぬままで、ちょっと右手に寂しさを感じながら歩いた。


「観光する時には、日避けの帽子を被った方がいいですよ。」


市場を散策中、春樹どのはつばが広い帽子を選んでくれた。


「これなら、首元まで日避け出来そうですね。避暑地の貴婦人みたいですよ。」

「ふふ。面白い例えを言うな。」

「では、これをプレゼントさせてくださいね。」

「ありがとう。」


春樹どのが会計を済ませておる間、店の外で待っておったら、目の前で小さい子供が転んでしまった。


「おい!そなた大丈夫か?」


日本語なんて通じないであろうと思ったが、駆け寄って声を掛けてみた。

立ち上がらせて、服に付いた砂を落としてやっておる時であった。


サッ!


一瞬の出来事だ。助けた小さい子供が私のバッグを持って逃げていったのだ!


「何をする!待て!」


急いで子供を追いかけた!


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 かぐやさんと手を繋がないで歩くのは久しぶりだな。少しでも触れると、もっと欲しくなる欲望を抑えるために、昨晩からキスも控え、敢えて手を繋がないで歩いた。

そう思いながら左手に寂しさを感じてしまう私は、相当な我が儘だな…

心の中で苦笑いした。


かぐやさんは日焼け対策を何も持って来なかったようだ。観光前に大きめの帽子を買うために店の奥へ入ってお金を払っていた時、表からかぐやさんが叫ぶ声が聞こえた。


「何をする!待て!」


え?急いで店を出たが、既にかぐやさんは遠くを走っていた。


「“その帽子は後で取りに来る!”」

「“あいよ!”」


店主にそう伝え、店を飛び出した。


「“さっきの子はひったくりに会ったみたいだよ!”」

「“ありがとう!”」


通りがかりの人が教えてくれてすぐに追いかけたが、曲がり角を曲がった所で見失ってしまった。


「“長い黒髪の女性を見ませんでしたか?”」

「“いや、知らないね。”」


「“長い黒髪の女性を見かけませんでしたか?”」

「“さっき、あっちへ走っていったよ。”」

「“ありがとう!”」


必死になってかぐやさんを探し続けた。

エスコートするって約束したのに、何故しっかりと手を繋いでおかなかったのだろう…

今になって後悔した。


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