第40話・ブリザード
かぐやさんをベッドに促すと、ブルッ!と震えていた。
「どうしました?寒いですか?」
「汗が冷えたようだ。風呂でも入るかな♪」
「お風呂は後でもいいですよ。」
「ん~♪春樹どのも入るか?」
え?それは一緒に入るという意味なのか?
「えっと…かぐやさん、本当にいいのですか?」
「じゃ、入ってくる♪」
これは、OKという事だよな…たぶん。
かぐやさんは、さっさと脱衣所へ行ってしまった。
ガチャッ!と扉を開け、シャワーを出す水の音が聞こえてきた。恐る恐る脱衣所へ入って、声を掛けてみた。
「かぐやさん?」
返事が無いな…シャワーの音で聞こえないか。
ふと、鏡に映った自分が見えた。そこには赤くなってにやけが止まらない自分が映っている。
駄目だ!春樹!落ちつけ!
思わず両手で頬をパン、パン!と叩いた。
そのうち、バスルームの中から、キュッ!とシャワーの栓を閉める音がした。
ポチャン…
湯船に浸かったか…もう一度声を掛けてみた。
「かぐやさん?入ってもいいですか?」
「…」
「かぐやさん、入りますね。」
ブクブク…
ブクブクって、え?
「失礼します!」
すぐにバスルームのドアを開けた!
まずい!かぐやさんが溺れている!すぐにかぐやさんを抱きあげた!
「かぐやさん!かぐやさん!大丈夫ですか!」
急いで身体を拭いて、服を着せた。
「かぐやさん!すぐにお医者さんを呼びますね!」
「すぅ…」
「って、寝ているだけか…」
良かった…この様子なら水も飲み込んでなさそうだ。ほっと一安心だ。
気持よく寝息を立てているかぐやさんを抱えて、ベッドに運び、そっと布団を掛けた。
ふふ。気持ち良さそうに眠ってるな。
って、こんなのただの拷問じゃぁないか!一体、何の我慢大会だ!
この時ほどみんなを恨んだ事はなかったかもしれない。
はぁ…ため息をつきながら、かぐやさんの隣に横になって天井を見上げた。助け出すのに焦っていたから裸なんてほとんど覚えていない。
あ…もったいない事をした…
この夜は、もんもんとして明け方まで寝付けなかった。
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…ん。
ん?
朝、目覚めると見覚えの無い部屋であった。
ここは何処だ?
ふと横を見ると、春樹どのが寝息を立てて眠っておった。
え?え?何があったのだ?洋服を着たまま着替えもせずに寝てしまったのか?
確か、秋人どののお勧めを飲んだ後から、記憶が無いような…
とりあえず起き上がって冷たい水を飲んだ。アメニティを見ると、エンパイヤインサイドホテルと書いてある。皆と一緒に行ったバーがあるホテルだ。
「もしかしてお酒を飲んでしまい、また寝てしまったのであろうか…」
そっと春樹どのを見ると、まだ気持良さそうに寝ておるようだ。
ふふ。この前のお返しに、寝顔でも堪能させてもらうか。
すぐ傍にごろんと寝転んだ。
つい数年前までこの顔が不細工だと思っておったのに、今は愛おしく感じるなんて、おもしろいものであるな。
思わず顔を近づけて、チュッ!と口付けをした。
「…ん。」
マズい!春樹どのが起きてしまった!急いで布団を被り、狸寝入りをした。
「…かぐやさん、おはようございます。」
「…」
「あれ?起きていないかな。じゃぁ遠慮なく手を出しちゃおうかな。」
へ?手を出すって?
「ちょ、ちょっと待ったぁ~!」
「ふふ。やっぱり起きていましたね。」
「す、すまぬ。春樹どのを起こすつもりは無かったのだが…」
春樹どのは横になったまま、ギュッ!と抱き締めてきた。
「大丈夫です。かぐやさんからモーニングキスを頂けるなんて、最高に幸せです。」
「そ、そうか…」
バレておったか…
その後、春樹どのが寝不足と言っておったので、食事をしてそのまま帰宅した。
私が寝ている間に蹴飛ばしてしまったのであろうか。すまないことをしたな。
週明けの学食、皆がにやにやして私の顔を見ておった。
「ん?何か私の顔についておるのか?」
「いいや♪何でもないよ!」
「そうか?」
何だか変な皆だ。
その時、いきなり私の隣で、ガン!と乱暴に食器を置く音がした。
「え?春樹どのだったのか?びっくりしたぞ。」
「すみませんかぐやさん。驚かせてしまいましたか。」
それから皆に向けて、満面の笑みを浮かべた。
「みなさん、大変素晴らしいお心遣いありがとうございます。」
「え?あぁ…」
皆が目を逸らして、春樹どのの笑顔に怯んでおる。何かあったのか?
「そうそう、これは秋人の忘れものかな?返しておくぞ。」
ポン!とテーブルの上に何やら箱を投げた。
「ちょ!春樹!こんなところで出すなよ!」
「わざわざ忘れ物を届けてやったんだ。文句は無いよな。」
にっこり笑う春樹どのから、すべてを凍て尽くすブリザードのような冷気を感じるのは気のせいであろうか…
その後の食事は、お通夜のように静かであった。
『春樹の笑顔、怖えぇ~!』
『あれはかなり怒ってるな。作戦失敗か?』
『箱に開封の後が無かったよ!』
「ん?どうしたのだ?」
「い、いや、何でもないよ♪」
「そうか?」
「そういえば、今度は店で寝てしまったようであるな。皆にも迷惑を掛けてしまった。」
「いやいや!僕もお酒を間違えて勧めちゃってごめんね♪」
「秋人どのであったか。すぐに寝てしまう故、今後はお酒を渡さぬよう頼む。」
「分かった♪」
こうして話している間にも、私の隣から冷気が漂っておるな…何があったのかは、聞かないでおこう。
そして、いつの間にか春樹どのの焦りも解消されておった。