第38話・焦り
強制送還事件以来、春樹どのは婚姻を焦るようになっておった。
「かぐやさん、今度、私の両親と会って頂けないでしょうか。」
「それは構わぬが、以前にもパーティーでお会いしておるぞ。」
「正式に私の結婚相手として紹介したいのです。」
け、け、結婚?
「は、春樹どの、婚姻は学生のうちは無理と言ってはおらなかったか?」
「ですが、少しでも早くかぐやさんと一緒になりたいのです。」
気持ちは分かるし、確かに婚姻となることも分かっておる。
しかし、以前と比べて焦り過ぎではないか?
「春樹どの、そんなに焦らずとも、私はもう何処へも行かぬ。」
「それでもです。そうだ!大学を休んで旅行へ行きましょう!一週間くらいでいいですか?」
「ちょ、ちょっと待て!学問は疎かにすべきではないぞ!」
「ですが…」
とりあえず話は保留にして、皆に相談することにした。
次の日、学食へ行き、春樹どのが来ぬ間に皆へ掻い摘んで話してみた。
「う~ん…たしかに、最近の春樹は異常なくらい、かぐやちゃんにべったりだよね。前からそうだったけどさ!」
「やはり秋人どのもそう思うか。」
「かぐやちゃんは嬉しくないの?」
「小梅どの、嬉しいのは山々であるが、学問まで疎かにして旅行へ誘う始末なのだ。ちょっと心配になってな。」
「やっぱり、目の前でテンカイへ連れて行かれたのが、よほどかショックだったんだろう。」
「冬馬どのはそれが原因だと思うか?」
「あの時の春樹は抜け殻のようだったからな。」
「一人で別荘に戻ってきた時も、ボロボロだったよ!泣き腫らした目をしてさ!」
「そうなのか?」
「この世の終わりみたいな顔してて、びっくりしちゃったもん!」
「松乃どのの目から見てもそこまでであったか…」
その時、学食の入り口に春樹どのの姿が見えた。
「皆、この話はまた明日に頼む。」
「分かった。」
定食を手に持った春樹どのが私の隣へ座った。
「かぐやさん。やっと逢えましたね。」
「いや、今朝も一緒に来たであろう。」
「それでも逢えないと長く感じてしまうのです。」
「そ、そんなものか…」
「この煮物美味しいですよ。かぐやさんも食べますか?」
そう言うや否や、目の前に煮物を挟んだ箸を出された。
「あ~ん。」
い、いや、ちょっと待て!
「わ、私も同じ煮物がある故、大丈夫だ!」
「そうですか…」
そこまで残念がらなくても良いであろう…
皆に視線を送ってみたが、呆れた顔をしてため息をついておった。
翌日、対策を立ててくれたのは、松乃どのと秋人どのであった。
「かぐやちゃん!解決策考えたよ~♪」
「本当か?して、その策とは?」
「春樹は目の前でかぐやちゃんを連れ去られたでしょ?」
「そうだな。」
「だから、今、春樹はとっても不安な状態なのね!」
「なるほど。」
「だから不安を取り省いてあげればいいんじゃぁない?」
「それはどのような方法なのだ?」
「松乃ちゃんが不安になった時は、これでもかっていうくらい、いっぱい愛してあげたよ~♪モチロン愛の言葉もいっぱいね!」
「ほう!秋人どのはそのような方法を取ったのか。」
「だから、かぐやちゃんからたっぷりと愛情表現すればいいと思うよ♪」
「それは具体的にはどうすれば良いのだ?」
「え?」
何故か皆が不思議そうな顔をして、一斉に私を見た。
「な、何だ?何か可笑しいことを言ったか?」
「あの…もしかしてかぐやちゃんと春樹くんって、まだなの?」
「まだって何がだ?」
「分かってないって事は、そうだろう。」
「何だ、小梅どのに冬馬どのまで!何がまだなのだ?」
「何がまだという話しなのですか?」
「うわっ!」
後ろから春樹どのの声が聞こえてびっくりしてしまった!
「かぐやさん、そんなに驚かないで下さいよ。」
「す、すまぬ。不意打ち故、驚いてしまっただけだ。」
「そうですか。」
春樹どのはにっこり笑って私の隣に腰を下ろした。
「何の話をしていたのですか?」
「い、いや、前期の試験結果はまだ出ておらぬなと思ってな。」
「かぐやさんなら心配ないでしょう。」
「そうあって欲しいものだ。」
その時、皆が一斉に席を立った。
「じゃ!俺達先に行くわ!」
「え?何か用事でもあるのか?」
「まぁそんなとこ♪」
「じゃぁね!二人でごゆっくり~♪」
そのまま皆が揃って、学食を出ていった。
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「いやぁ~!あそこまでラブラブで、まだだとは思わなかったよ!」
「確かにびっくりだね!」
「あの春樹がな。俺には愛情表現がどうとか説教してたくせに。」
「ちょっと、冬馬!小梅ちゃんが真っ赤だよ!」
「い、いや!昔の話だ!」
「う…うん。」
「ここは、協力が必要かな♪」
「だね♪」
「でも具体的には?」
「かぐやちゃんから愛情表現してもらえば、きっと春樹も落ち着くよ♪」
「そんな事しそうにないぞ。」
「だから!そんな事する時があるでしょ?」
「…もしかして酒か?」
「そそ!みんなで誘って行こうよ♪」
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後日、皆よりサークル活動の一環で飲みに行こうと誘いがあった。しかし、秋人どのと冬馬どのはまだ未成年であるよな…
気にはなったが、感じの良いバーがあるということで、行くこととなった。