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第35話・上流貴族のしがらみ

 天界へ着き、屋敷の中を父上を探す為に歩きまわった。


「父上!父上はいずこへ!」

「かぐや様、お待ち下さい!まずは落ち着いて…」

「これが落ち着いておられるか!」


止める侍女達にも構わず屋敷中を歩き回ったが、父上の姿は探せなかった。


「ここもいらっしゃらないか…」


最後の部屋の障子を開け、深くため息をついた。


「かぐや…」


振り向くとやよい姉様が立っておった。すぐに駆け寄り、父上の居場所を尋ねた。


「やよい姉様!父上が何処におられるかを知りませんか!」

「…かぐや、今回の事は父上も反対でした。」

「それでは何故このようなことに!」

「祖父どのに知られてしまったのです。」

「そんな…」


祖父どのは、まだ下界が戦争という野蛮な行為にまみれておる時代、行き来を禁止されておった前帝時代を知るものだ。故に、下界人への蔑みも酷いものがある。


「もしや、春樹どののことが知られて…」

「恐らくそうであろうと思います。今も父上は祖父どのの屋敷へ行かれております。」

「私も行きます!」

「待ちなさい!今のかぐやでは、話し合いも出来ぬでしょう。祖父どのにお目通りが叶うまでに、冷静になりなさい。」

「冷静になれと言われても…春樹どのが私の名を叫ぶ声が…今でも…」


声が震えてきた。

やよい姉様は、そっと私を抱き締めてくれた。


「今はただ、悲しいですよね…」


「うっ、うっ…」


堪えきれぬ涙が溢れ落ち、やよい姉様の胸で泣いた。

ただ、ただ、頭の中は、私の名を叫ぶ春樹どのの悲痛な顔だけが浮かんだ。



 数日間は庭で遊ぶやよい姉様と雪美の姿を縁側に座って見ながら過ごした。

ふと、私の隣に誰かが座った気配がした。義兄上であった。


「かぐやどの、今回はすみませんでした。」

「…いえ。義兄上は命令に従っただけですから。」

「しかし、かぐやどのは流石でありますな。」

「何がですか?」

「おなご一人に部隊が手こずるなど、初めての事でした。」


義兄上どのは思い出し笑いをしておった。


「そこまで手こずらせた覚えは無いのですが…」


「いいや、牛車の中でも皆に蹴りを入れて暴れておりましたよ。おなごで無ければ我が部隊に所属して頂きたい程です。」


「申し訳ありませんでした。」

「大丈夫です。皆、感心しておりました。」


そこへ、やよい姉様が来られた。


「かぐやが送ってくれた洋服とやらですが、スカートというものがとても便利で重宝していますよ。雪美も動きやすいようで、お気に入りです。」

「そうですか。そのジャンパースカートは…」


それは、雪美が産まれた時、春樹どのと一緒に買いに行ったものであった。


「…すみません。部屋へ戻ります。」


涙を見られたくなくて、部屋へ戻った。


右手の薬指の指輪に触れ、春樹どのを想った。あんなに幸せな時間を過ごしておったのに…

涙を堪えようと目を閉じたが、一粒がこぼれ落ちてしまった。


泣いてばかりでは駄目だ!再び会える事だけを信じよう!

涙を拭いて、気持ちを切り替えた。



 更に数日後、やっと祖父どのにお目通りが叶った。しかも、父上や母上だけでなく、やよい姉様と義兄上も同席である。


「祖父どの、今回の事をご説明願います。」

「こちらが説明を請うところだ。いくら容姿が劣るとはいえ、下界人と婚姻するなど、あるまじき行為!上流貴族の名を傷つける気か!」

「そんなつもりはございません!ただ、私のことを大事に想ってくれておる殿方にございます!既に接吻も交わし、婚姻の約束もしております!」

「何の能力も持たぬ下界人など虫けら同然ではないか!汚らわしい!そんな約束など婚約の儀が失敗したことにすればいくらでも破棄出来るわ!」


「祖父どのに何と言われようとも、私の気持は変わりません!次の満月には下界へ帰ります!」

「残念であったな。天界の使者達には、かぐやを下界へ連れて行くなと通達しておる。」

「そんな…」


やよい姉様が恐る恐る口を開いた。


「祖父どの、かぐやは下界にて勉学にも励んでおります。せめてその期間が終わるまではお許しいただけないでしょうか。」


祖父どのは、ギロッ!とやよい姉様を睨みつけた。


「やよいまで私に意見をする気か。婚姻してからずいぶん偉くなったものだ。」

「いえ、そんなつもりは…」

「おなごに勉学など必要ない。婚姻して奥で大人しく子を成せば良いのだ。」


「ところで、かぐや。そなたに求婚が来ておるそうだ。」

「藤原どのはお断りしました筈です。」

「そちらではない。弥蔵、説明せよ。」


え?

思わず義兄上の顔を見た。


「私の部隊の一人にございますが、かぐやどのの話をしておったところ、興味を持ったものがおりまして…」

「すぐにお断り下さい。」


「戯け者!」


祖父どのが声を荒げた。


「何が断るだ!すぐに会い、その者と婚姻せよ!」

「嫌です!」

「その容姿で求婚をもらっておいて、その言い草は何だ!」


「次の満月には下界におる使用人と屋敷も引き払え!」


祖父どのは父上にそう言うと、立ち上がり、部屋を出て行かれた。

皆が気遣う視線を寄こしておるが、それに答える余裕など無かった。


「かぐや、爺やと婆やには、もうしばらく下界に居てもらうようにする故、皆で何か手立てを考えよう。

「父上…」


「かぐやよ。一度その殿方と会ってみるが良い。向こうから断って貰えば祖父どのも納得するであろう。」

「母上…」


「私からも事情を話しておきます。」

「義兄上、よろしくお願いします。」


軽く頭を下げて部屋を出た。

二度と下界へ戻れぬのか…あまりのショックに涙も出なかった。


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 かぐやちゃんが連れ去られて、春樹は別人のようになってしまった。


無精ひげを生やし、髪の毛はボサボサだ。お昼も校舎裏で一人ぼーっと過す始末だ。かぐやちゃんの捜索も行き詰っているみたいだな。

それとなく知り合いに聞いてはみたが、みんなテンカイなんて知らないの一言だった。浦和グループ総出でも何も掴めないんだから、僕なんてもっと無理だろう。


「…春樹。」

「秋人か。」

「髪の毛ボサボサだよ!ワックス持ってるから、ちょっといじるね♪」


春樹の髪の毛を軽くセットした。春樹はされるがまま大人しくしていた。


「ほら!いつもよりワイルドっぽいよ♪かぐやちゃんが帰ってきたら、惚れ直すんじゃぁない?」

「そうだといいな…」


ふっと、寂しそうに微笑んだ。


かぐやちゃん、待ってる人がいるよ。早く帰ってきて!

そう願うしか春樹の力になれない不甲斐なさを感じて、拳を握りしめた。


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