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第32話・春樹の苦悩

 ハイヤーの運転手から事情を聞いた春樹どのが、私に訪ねてきた。


「かぐやさん。明日は何か用事がありますか?」

「いや、何も無いぞ。」

「4時間近くも立ったまま帰す訳にもいきませんので、一泊しても宜しいですか?」

「分かった。雨は誰にも防げぬ故、仕方ないであろう。」

「すぐに部屋を予約しますね。」


スマホを取り出し色々と連絡しておったようであるが、観光シーズンとあって中々宿は取れぬようだ。

ため息を付きながら、言い難そうに口を開いた。


「雨で広島に来れない方のキャンセルがあり、何とか空港近くのホテルで一室キープ出来たのですが…」

「どうしたのだ?」

「シングル一部屋だそうです。他にもキャンセルが出たらもう一部屋押さえるようお願いはしたのですが、同室になる可能性もあります。宜しいですか?」

「仕方ないであろう。」

「すみません。インフィニティホテル系列も満室でした。」


ん…?一部屋で同室?しかもシングルという事は一人分の寝所しか無いということだよな!


「え、えっと…まだ一部屋と決まった訳では無いよな。」

「そ、そうですね。他にもキャンセルがあれば何とかなりそうなのですが…」


き、気まずい!気まずいと思うのは、私だけであろうか…


----------


き、気まずい!両想いになって最初の泊まりがこのタイミングとは、流石に想定外だった!


「…念のため、避妊具を買っておくか。」


いや!駄目だ!


婚約の儀だけは失敗が許されない。三晩連続が失敗して婚約破棄となれば、引き離されて一生かぐやさんと会えなくなるかもしれない!

もはや理性は役に立たない。ただ、婚約の儀を遂行するという義務感だけが頼りだ。


それよりも、かぐやさんはさっきから一言も喋らなくなってしまった。ここまで緊張されると、私のすべてを受け入れてもらえない可能性もあるな…

当面は緊張しているかぐやさんを安心させることに徹底することだけを、心の中で誓った。


----------


 再びハイヤーに乗り込み、空港近くのホテルまで送ってもらった。フロントで聞いてみたところ、やはり一部屋しか用意できぬようだ。

万が一同室になった場合は、アメニティー類を二人分用意するようお願いしておったらしい。


鍵を貰い、部屋へ入った。決して広いとは言えぬ部屋に寝所がドン!と鎮座しておった。


うっ…緊張する!


「かぐやさん。」


春樹どのが手を伸ばしてきた瞬間、ビクッ!と強張ってしまった。

それを見た春樹どのは、くすっと笑った。


「かぐやさん、そんなに緊張しないで下さい。」

「す、すまぬ…」

「大丈夫です。かぐやさんが私のすべてを受け入れてくれるまで、いくらでも待ちますから。」


春樹どのは安心させるように微笑み、額に軽く口付けてくれた。これだけで緊張が溶けてしまうから不思議だ。


「今日は疲れましたよね。ゆっくり休みましょう。」


シャワーを軽く浴び、用意されておった部屋着に着替え、二人で寝所に並んで横になった。

ふと、前から疑問に思っていた事を聞いてみた。


「そういえば、接吻しても何故すぐに婚姻にならぬと言ったのだ?」

「正直に言うと、以前にもかぐやさんにキスしたことがあるのです。」

「そうなのか?」

「初めての時は、確かお姉様がいらっしゃったと思います。」

「卒業パーティーの時か…」

「あの時から私の覚悟は決まっていましたが、お姉様に決まり事を抜きにして私を選んで欲しいと、待って貰うようお願いしました。」

「そうであったのか…」


いきなりやよい姉様が来た事や、春樹どのが焦っていた事も含めて、色々と納得だ。


「あの…」

「ん?」

「決して手は出しません。ですが、抱き締めて眠ってもいいですか?」


き、気恥ずかしい…だが、春樹どのの温もりを感じたいと思うのも素直な気持ちだ。恥ずかしさを押し殺して身体を動かし、春樹どのの方へ向き直った。


「ありがとうございます。」


嬉しそうに笑った春樹どのは、私の頭の下に腕を入れ、私は春樹どのの胸に顔を埋めた。


「まだ、信じられません。」

「何がだ?」

「私の腕の中に、かぐやさんがいることです。」

「そうなのか?」

「はい。何度夢に見たことか…」


そう言いながら、軽く抱き締めてきた。


「春樹どのの腕の中は、温かくて安心する…」


段々と瞼が重くなってきた。


「ふふ。かぐやさん、寝てもいいですよ。」

「だが、もっと話していたい…」

「これから先、いくらでも時間はありますよ。」

「ん…」


夢の中へ入る前、「ずっと一緒にいましょうね…」と、優しい声が聞こえた。



チュン、チュン…


…ん。額がくすぐったい。

そっと目を開けると、眩しい朝日と、微笑む春樹どのの顔が見えた。


「おはようございます。」

「お、おはよう。早起きだな…」

「早起きは三文の得と言いますから。かぐやさんの可愛い寝顔も眺められて、得しました。」


一気に顔が、熱を帯びてきた。


「そ、そんなもの眺めるものでは無いわ!」

「ふふ。赤くなった頬も可愛いですよ。」

「もう、春樹どのなんて知らぬ!」


シャワールームに掛け込んで、顔の火照りを冷ますよう、冷たい水でバシャバシャと顔を洗った。


帰りは、昼過ぎの飛行機が取れ、無事に戻ることが出来た。


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