第27話・出国ゲートの攻防
クロードどのが帰国する日、昼過ぎに私を迎えに来た。
「カグヤサン、心ノ準備ハ良イデスカ?」
「旅行にも心の準備が必要なのか?」
「ハイ!モチロンデス!」
車に乗り込み、空港へ行った。プライベートジェット専用のラウンジというところで、暫く待つようだ。
「カグヤサン、私ハ手続キガ残ッテマス。ココデ待ッテテ下サイネ!」
「春樹どのも、ここへ来るのか?」
…ん?
「ハイ。大丈夫デス。」
「そうか。」
返事に間が空いた気がしたが、まぁここで待っておけば大丈夫であろう。
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クロードの見送りにかぐやさんを誘おうとしたが、既に出掛けた後だった。
はぁ…ホワイトデーのデートもしたかったけど、仕方ない。ため息をつきながら、一人で空港まで車を走らせた。
クロードはゲート近くで待っていた。
「クロード。」
「ハイ、ハル!世話ニナリマシタ!日本トテモ楽シカッタデス!」
「それは良かった。かぐやさんも見送りに誘いたかったのだが、不在だったよ。」
…ん?
「ソレハ残念デス。」
返事に間が空いた気がしたが、気のせいだろう。
「じゃぁ、気を付けて帰国してくれよ。」
「ハルモ、元気デ!」
クロードは手を振って、去っていった。
さて、時間も空いてしまったし、離陸まで見送るか。
何気なくロビーのベンチに座り、暇つぶしに街頭テレビを見ていた時のことだった。
『ここで、臨時ニュースです。日本へ留学をしていたユーリシア王国のクロード皇子ですが、本日、日本で出会ったフィアンセを連れて帰国されると、発表されました。』
何だって?
『大使館関係者の話によると、何度かパーティーのパートナーを務めた女性とのことです。日本とユーリシア王国との架け橋となる事を期待し…』
画面は送別パーティーの写真になった。ぼやけた横顔だが、間違いない!かぐやさんだ!
すぐに、プライベートジェット専用ラウンジへ走った。
ラウンジに入ろうとしたら、クロードのSPと思われる屈強な男達に阻まれてしまった。
くそっ!流石に本職相手には叶わないか!
「かぐやさん!かぐやさん!」
腕を押さえられながら、力の限り名前を叫んだ!
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「カグヤサン、オ待タセシマシタ。ソロソロ飛行機ニ乗リマショウ。」
「待て。まだ春樹どのが来てはおらぬぞ。」
「デハ、飛行機ニ乗ッテ、待チマショウ。」
「いや、しかし…」
クロードどのに促されて椅子から腰を上げた時、かすかに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「春樹どのだ!」
「エ?」
すぐにラウンジのドアを開けたが、そこにはSPに抑えられている春樹どのの姿があった。
「貴様ら、何をしておるのだ!」
「かぐやさん!」
「すぐに手をどけろ!」
SPに向かって飛び蹴りした。避けられてしまったが、春樹どのからSPの手が離れた。
「大丈夫か?」
「かぐやさん、ありがとうございます。」
駆け寄って起き上がらせようとすると、後ろからクロードどのに止められた。
「カグヤサン、駄目デス!」
「クロードどの、これはどういうことだ?」
「カグヤサン、私ノプロポーズ受ケテクレマシタ!他ノ男、駄目デス!」
「はぁ?一体何の話だ?」
「108本ノ薔薇、受ケトッテ、クレマシタネ!」
「あのバレンタインデーの時の109本の薔薇か?」
「109本?ソレハ何カノ間違イデス!」
「いや、婆やが何度数えても109本だったそうだ。」
「…オウ。」
クロードどのは頭を抱えて残念がっておるが、まったく残念がる意味が分からぬ。何故そんなに本数に拘るのだ?
思わず春樹どのを見た。
「かぐやさん、108本の薔薇には結婚してください、という意味があるのです。」
「そうなのか?」
「クロード、残念ながらかぐやさんには意味が通じてなかったようだ。諦めろ。」
「諦メマセン!デハ、改メテ、プロポーズシマス!」
クロードどのは片膝をついて、私の手を取った。
「カグヤサン、アナタヲ、愛シテイマス。私ト結婚シテクダサイ。」
「クロ…」
何か言いかけた春樹どのを手で制した。そして、目線をクロードどのに合わせるようにしゃがんだ。
「クロードどの。そなたの気持ちは嬉しい。感謝する。」
「デハ、一緒ニ!」
「でも、婚約者としてそなたの国へは行けぬ。今度、友人として招いてくれ。」
「…ソウデスカ。」
分かりやすく落ち込みながら、クロードどのは立ちあがった。
「デハ、コレカラモ友人デ、イテクレマスカ?」
「勿論だ。」
クロードどのは寂しそうに笑いながら、手を出してきた。私の手を重ねて握手を交わし、出国ゲートへと消えていった。
飛行機に積んだ私の荷物を降ろして貰い、春樹どのの車で帰ることとなった。
車はまっすぐ帰らず、いつか来たことのある、街が一望できる高台の公園で停まった。
空はすっかり暗くなっておった。車から降りて夜景を見ておった時、いきなり後ろから抱き締められた!
「は、春樹どの!」
「…」
「春樹どの?」
私の肩に顔を埋めたまま、身動き一つせぬ。
「春樹どの、どうしたのだ?」
「…ください。」
「え?」
「他の男のものに、ならないでください。」
まるで、震えるように絞り出した声であった。
「…また心配をかけてしまったな。」
その言葉には返答が無かった。夜景に目を向けたまま、背中に春樹どのの温もりを感じていた。