第25話・どきどきバレンタインデート
バレンタインデー当日、約束どおりの時間に春樹どのは迎えに来た。
乗り慣れた車の助手席に身体を沈め、映画館へと走りだした。
「今日は何の映画を、ご覧になるのですか?」
「この映画なのだが…」
鞄からチケットを取り出し、春樹どのに見せた。
「この映画、迫力があって面白いですよ!観たい映画だったのです!」
「そうか。それは良かった。」
「それで、秋人に聞いていたのか…」
「え?秋人どのがどうかしたのか?」
「いえ、秋人も観たいと言っていたなぁと思いまして。」
車は映画館近くの駐車場に着いた。当然のように手を繋がれ、映画館まで歩き、ジュースやポップコーンを持って席まで案内して貰った。
「ほう。この席だけやけに広いな。」
「え?もしかして、知らずに購入されたのですか?」
「何がだ?」
「ここはカップルシートですよ。」
「へ?カップルシート?」
よく周りを見渡せば、殿方と姫君の組ばかりが座っておる。もしかして、恋人専用の椅子なのか?
「す、すまぬ!この席がゆったりと座れると聞いた故、ここのチケットを取ってしまったのだ!」
「ふふ。確かに他の席よりは広いですし、居心地は良いかもしれませんね。」
い、いや、私の心臓には悪いぞ!そわそわしながら席へ座った。
「それに、このシートは他にもいい事があります。」
「それは何だ?」
「二人の間に仕切りが無い事ですね。」
そう言いながら、手をキュッ!と握られた。
わわっ!
「ふふ。今日も顔が赤くなるかぐやさんを見れて幸せです。」
「い、いや…」
し、心臓が耐えきれぬ!そうは言っても、この席を用意したのは自分なのだ。諦めよう…
手を握られたまま場内が暗くなり、映画が始まった。
映画は戦闘機に乗るパイロットとその恋人の話であった。
「うおっ!」
画面から戦闘機が飛び出してくるような迫力で、思わず手に力が入ってしまった。
「す、すまん。強く握ってしまった。」
「大丈夫ですよ。かぐやさんの驚きが伝わってきて楽しいです。」
そのままスクリーンに見入っておると、命の危険を乗り越え、敵を倒した主人公が空港へ降り立つシーンとなった。駆け付けた恋人と抱きあっておる。ほっと胸をなで下ろした。
って、いきなり何だ?!この濃厚な接吻は!
スクリーンでは、恋人と抱きあいながら口付けをいつまでも交わす主人公達が映っておる!
ちょ、ちょっと、長過ぎだろ!急に春樹どのの手の感触に意識が集中してしまい、顔が一気に熱くなってきた!
ふと春樹どのが動いた。と思ったら、私の耳元で囁いた。
「…かぐやさん、耳まで真っ赤ですよ。」
「は、春樹どの!」
「しーっ!」
周りのカップルに注意されてしまった。そんな私を春樹どのは楽しげに見ておった。
春樹どのは優しいが、時々意地悪に感じてしまうな…
映画を観終わり、そのまま食事へ行くことになったが、当然のように手は繋いだままだ。
最近、春樹どのと一緒だと必ず手を繋ぐようになったな。
レストランへ着き、個室へ案内された。
「今日はイタリアの料理です。ピザなど手で気軽に食べれる料理が多いのですよ。」
早速、春樹どのがオーダーしてくれた料理が運ばれてきた。
「ほう。これは少しずつ出てくるものでは無いのだな。」
「コース料理以外は、ほとんどありませんね。今日も周りに他の方がいらっしゃいませんし、ゆっくり楽しみましょう。」
「おお!これは何だ!凄く伸びるぞ!」
「ふふ。それはとろけるチーズですよ。」
「なかなか美味であるな!流石は春樹どのが選んだ料理だ。」
「お気に召して頂けて光栄です。」
二人で談笑しながら、心置きなく料理を楽しんだ。
楽しい食事も終わり、屋敷の前まで車で送って貰った時、やっと本日の目的であるチョコレートを取り出した。
「い、いつも世話になっておるので、これをやる!」
「もしかして、チョコレートですか?」
「そうだ。試食して買ったもの故、味は大丈夫だと思うぞ。」
「これは有名なショコラティエの店ですね!ありがとうございます!」
感極まったように、春樹どのはいきなりギュッ!と、私を抱き締めてきた!
「ちょ、ちょっと!」
春樹どのは、すぐに身体を離した。
「すみません。感動を表現してみました。」
嬉しそうににこっとされると、何も言えなくなるな…
「ふふ。それではおやすみなさい。」
「…おやすみ。」
赤くなった顔を見られぬように俯いて車を降り、車が見えなくなるまで手を振りながら見送った。
「映画のように接吻されるかと思った…」
ホッとしたような、残念なような…
だが、非常に心臓に悪いことだけは理解出来た。
屋敷へ入ろうとすると、一台の車が近付いてきた。車は私のすぐ側で停まり、中から出てきたのはクロードどのであった。
「ハイ、カグヤサン!」
「クロードどのか。こんなところまで、どうしたのだ?」
「カグヤサンニ、私ノ気持チヲ受ケトッテ頂キタイノデス!」
そう言いながら、大量の薔薇を差しだしてきた。
「うわっ!これは凄いな!一体どうしたのだ?」
「コレハ、108本アリマス!私ノ気持チデス!ドウカ、受ケトッテクダサイ!」
「う~ん。だが、貰う義理が無いぞ。」
「義理人情関係アリマセン!私ノ気持チヲ、本数ニ込メマシタ!ドウカ、ヨロシクオ願イシマス!」
よく分からぬが、受け取るまでは帰りそうも無いな…
「では、頂くとしよう。ありがとう。」
「ヤッタネ!カグヤサン、アリガトウ!」
「いや、こちらこそ。」
「ヨシ!スグニ本国ヘ連絡ダ!」
クロードどのは小躍りしながら帰っていった。私の手にはずっしり重い薔薇が残された。
婆やと爺やを呼んで屋敷の中まで運んで貰った。
「かぐや様、108本とおっしゃっていましたが、109本ございました。」
「そうなのか?」
「はい。何度か数えましたので、間違いありません。」
「そうか。聞き間違えだったかもしれぬな。適当に飾っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
109本か。やけに本数を強調しておった故、何か意味があるのかとスマホで調べてみたが、よく分からなかった。まぁ、機会があったら皆に聞いてみるか。