第23話・ハプニングだらけの夜
布団に入り横になるものの、まったく眠れなかった。
うわぁ~!ど、どうしよう!ドキドキし過ぎて、心臓が勝手に暴れておるようだ!
ゴソゴソ…
体勢を変えても眠れぬ…
「…かぐやさん、眠れませんか?」
声を掛けられ春樹どのの方を見ると、薄暗い中でも目が合ったのが分かった。
「あ、あぁ…」
「ハプニングが色々とありましたからね。」
「そうだな。部屋に入ったらいきなりクロードどのが寝ておるなんて、びっくりしたぞ。」
「ふふ。私も驚きました。」
再び沈黙となった。な、何か話す事は無いか…いや、もう寝なくては…
そんな微妙な静けさの中、春樹どのの柔らかな声が私の名前を呼んだ。
「…かぐやさん。」
「ん?何だ?」
「手を握ってもいいですか?」
「へ?」
「緊張していると、手先が冷たくなってしまいます。少しでも温かい方が眠れるかもしれませんよ。」
「そ、そんなものか…」
ゴソッと、春樹どのが布団から手を出した。おずおずと自分の手も布団から出して乗せてみると、じわっと手に温もりを感じた。
「ふふ。やはり春樹どのの手は温かいな。」
「かぐやさんを温める為なら、いつでもお貸ししますよ。」
手の温もりだけを感じるよう、目を閉じた。
何だか落ち着くな…自然と眠りの世界へ入っていった。
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手を握って暫くすると、かぐやさんの規則的な寝息が聞こえてきた。
ふふ。気持ち良さそうに眠っているな。
今日は一歩前進だ。男性恐怖症もかなり克服されてきたみたいだし、これからは自然と手を繋げるようになればいいな…
そんな事を考えながら、かぐやさんの手の温もりに心地よさを感じて目を閉じていたら、ドサッ!と急に身体に重みを感じた!
「か、かぐやさん!」
「ん~。むにゃむにゃ…」
え?これは抱き付かれてるのか?いや、ただの寝返りだよな…
そっと重みを感じる方へ目を向けた。キス出来そうなくらい近くに、穏やかに眠るかぐやさんのあどけない顔!そして、腕に当たるこの柔らかいものは…
駄目だ!落ちつけ!落ち着くんだ!思春期の中学生ではないんだぞ!
一見、天国のようだが、これはかなりの地獄絵図だ。
ギュッと目を瞑って誘惑に耐えていると、かぐやさんは逆側に寝返りをして離れていった。
し、心臓に悪過ぎる…っていうか、もう耐えきれないかもしれない…
最後の理性を総動員して、廊下へ出て座り込んだ。
危なかった…
しかし、ここで手を出してしまっては、婚約破棄となってしまう可能性がある。かぐやさんのお姉さんが言うには、確か続けて三晩だったよな…
「ハードル高いな…」
そうだ!かぐやさんは海外へ行ったことが無いと言っていたな。春休みならゆっくり日も取れるだろう。1週間くらい旅行へ誘ってみよう!
初めてなら、何処がいいかな。南の島でゆっくりするのもいいし、ニューヨークの大都市に驚くかぐやさんも見てみたいし、歴史的建造物を巡るヨーロッパでも楽しいかもしれない。
そんなことを考えながら、廊下でうとうとと、眠り始めた。
「おい、春樹!」
…ん?
朝になったようだ。目を開けたら、冬馬と小梅さんが心配そうに私を覗きこんでいた。
「冬馬、小梅さん、おはよう。」
「こんなところで何やってるんだ?」
「クロードが寝ぼけて、かぐやさんの部屋で寝てしまったんだ。だから、かぐやさんを自分の部屋で寝かしたって訳だ。」
「それで、部屋の前で寝ずの番をしてたのか?」
「そんなところかな。」
本当のところは、理性が飛びそうだったからなんだが…
「かぐやが起きるまで、俺達が替わってやるよ。俺達の部屋で寝てこいよ。」
「ありがとう。でも、そろそろ二人とも起きるんじゃぁないかな。」
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朝起きたら、隣の布団に春樹どのが居なかった。
何やら廊下で話声が聞こえるな。
ガラッと部屋の入り口を開けると、春樹どの、冬馬どの、小梅どのがおった。
「おはよう。皆、そこで何をしておるのだ?」
「何って…」
小梅どのが何か言おうとしたが、春樹どのが遮った。
「早く目が覚めてしまいましたので、散歩でもと思いまして。良かったら、ロビーのラウンジにモーニングコーヒーでも飲みに行きませんか。」
「そうだな。まだ部屋にも戻れぬし、目を覚ますには丁度良いかもな。小梅どの達はどうする?」
「私達は部屋で頂くからいいよ。二人で行っておいで。」
「分かった。ではまた後で。」
小梅どの達と別れ、春樹どのと一緒に歩き出した。
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「…春樹くん、尽くすね。」
「あぁ、これほどベタ惚れとは思わなかったよ…」
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廊下を曲がり、客室から見えなくなったところで、春樹どのが手を繋いできた。
「え?」
「まだまだ冷えますね。」
そう言って、春樹どのは私に微笑みかけた。
「あ、あぁ、そうだな…」
たぶん、手を繋いだままロビーへ行くのであろう。
心臓がもたぬ事柄が増えた気がする…
二人でコーヒーを飲んでいると、クロードどのが血相を変えてやってきた。
「ス、スミマセン!カグヤサン!」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ハイ!グッスリト!デハナクテ、冬馬サンカラ聞キマシタ!ゴメンナサイ!」
「悪気があった訳ではないであろうが、次からは気を付けた方が良いぞ。今回は貸切であって良かったな。」
クロードどのは何かお詫びをと言っておったが、丁重にお断りした。
帰りは温泉街を回って、お土産を購入し、帰宅の途に着いた。