第22話・夜はこれから
「乾杯~♪」
7つのグラスをぶつけ合う音が部屋に響いた。手の込んだ料理を前に、皆、ジュースやお茶で乾杯だ。
「来年からは、ビールで乾杯になるのかな♪」
「そういえば10代最後の旅行になりそうだね!」
「ワタシハ大丈夫デス!」
成人しておるクロードどのが一人でビールを飲み始めた。
「クロード、日本酒というものもあるぞ。これは米から作られた日本独特のお酒だ。」
「オウ!ソレデハ飲ンデミマショウ!」
次から次へと徳利が空になって行っておるな。飲み過ぎではないか?と思うが、楽しそうであるし、良しとしておくか。
「しかし、中々良い宿であるな。流石は春樹どのが手配した宿だ。」
「かぐやさんのお気に召して頂けて光栄です。ここは少人数に絞っておもてなしをする、VIP専門の宿なのです。」
「え?」
小梅どのがポロッと箸を落とした。
「大丈夫ですよ、小梅さん。今回はユーリシア王国持ちなので。」
「はは。そうなんだ。クロードさん、すみません。」
「イイエ、コレモ見聞ヲ広ゲル為デス。皆サント一緒、楽シイデス!」
クロードどのも皆とかなり馴染んできておるようだ。日本の良き思い出になってくれれば良いな。
「そういえば、ここの庭園も素晴らしいですよ。」
「そうなんだ!松乃ちゃん、行ってみようよ♪」
「いいよ♪」
「あっ!秋人待て!…って行ってしまったな。」
「春樹どの、何か問題でもあるのか?」
「先程から雪が降り始めていますので、かなり寒いかと…」
「なるほどな。」
皆の予想どおり、速攻で秋人どのと松乃どのは戻ってきた。
「寒っ!」
「死ぬ!」
「だから引き止めたのに、行ってしまうからだよ。」
ふふ。相変わらず楽しい二人だ。
しかし、見事な庭園か…少し見てみたい気もするな。
皆との食事が終わり、それぞれが部屋へ戻っていった。
秋人どのと松乃どの、冬馬どのと小梅どの、春樹どのとクロードどのは、それぞれ2人で1部屋だ。そして私は1人で1部屋を与えられた。
部屋には、露天風呂も付いておるようだ。朝にでも雪を見ながらゆっくり浸かるとするか。
そんな事を考えておると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「春樹です。」
部屋の引き戸を開けると、春樹どのが立っておった。
「何かあったのか?」
「ロビーから庭園が見えますので、見に行きませんか?」
「クロードどのはどうしたのだ?」
「飲み過ぎて寝てしまったようです。」
「ふふ。かなり飲んでおったからな。」
羽織を被ってロビーへ行き、ベンチに座ると幻想的な雪景色の庭園が見渡せた。
「綺麗だな。」
「そうですね。」
「天界の庭によく似ておる…」
黙って、雪が深々と降り注ぐ庭を見ていた。
暫く経って私を気遣うように、春樹どのが尋ねてきた。
「かぐやさん、テンカイが恋しいですか?」
「そういえば天界恋しさに泣いてしまった事もあったな。」
「はい。」
「今は前ほど恋しいとは思わぬな。それ程こちらに馴染んで来たのであろう。」
「そうですか。」
「ただ、時々思い出すこともある…」
え?
急に手に温かみを感じて目を向けると、春樹どのがそっと私の手を握っておった。
「人の温かさを感じると、悲しみが半減するらしいですよ。」
そう言いながら私に微笑みかけた。
「そうか…」
いつもならすぐに手を引くところであるが、そのまま手の温もりを感じてみた。何となく穏やかな気持ちになるのが、不思議であるな…
「春樹どのの手は固いな。」
「男ですから。」
「固いけど温かくて安心するな。」
「以前にも同じことを言って頂きましたね。」
「ん?そんな事言ったか?記憶にないぞ。」
春樹どのはそうかもしれませんねと、微笑んでおった。
そのまま黙って庭を眺めた後、そろそろ寝ましょうと言われた。席を立ち、手を握ったまま部屋の前まで送って貰った。
「ではおやすみなさい。」
「おやすみ…」
少し名残を惜しむように手を離して、部屋へ入った。
…え?
「うわっ!!」
「かぐやさん、どうしましたか?」
私の驚いた声を聞いて、すぐに春樹どのが戻ってきた。
部屋に一組だけ敷いてあった布団の上には、クロードどのが寝ておったのだ!
「な、何故だ?」
「もしかしたらトイレに行く時に、寝ぼけて部屋を間違えたのかもしれませんね。」
「お手洗いは部屋の中にあるだろう!って、私はどうすれば良いのだ?」
「仕方ありませんね。私の部屋で一緒に寝ますか。」
へっ?
「い、いや!そんなことはできぬ!」
「ですが、ロビーで寝る訳にはいかないと思いますよ。部屋に一人で寝て頂いても構いませんが、またクロードが寝ぼけて元の部屋へ帰ってきたら、どうしますか?」
「…それもそうだな。」
諦めるしかないであろう。しかし、同じ部屋で寝るとは思わず、先程手を握ってしまった故、いつも以上に落ち着かぬのも事実だ。
春樹どのに促されるまま入った部屋には、二組の布団が敷いてあった。
うわっ!ど、ど、どうすれば良いのだ?
「かぐやさん、入口近くはクロードが入ってきてはいけませんので、奥の布団を使って下さい。」
「わ、分かった…」
ここは、春樹どのを信用して、腹をくくろう!
えいっ!と布団を被り、丸くなった。
そのうち、部屋の電気が消される音がして、春樹どのも布団に入った気配がした。