第19話・ドレスの意味
パーティー当日、クロードどのが屋敷まで迎えに来てくれた。だが、私が身に纏ったドレスを見て不思議そうに尋ねてきた。
「アレ?カグヤサン、ドレスハ、届キマセンデシタカ?」
「何か違和感があった故、手持ちのドレスにさせてもらった。」
「ソウデスカ。ソノドレスモ、トテモ似合ッテイマスヨ。」
「ありがとう。」
車に乗り込んで会場へ向かった。乗り慣れた車で無いのは、落ち着かぬものであるな…
会場に着き、エスコートされながら車を降りたら、春樹どのと見知らぬ姫君が一緒におった。何処となく春樹どのに雰囲気が似ておる姫君であるな。
「ハイ、ハル!今日ハ素敵ナ女性ト一緒デスネ!」
「クロードか…」
春樹どのはチラッと私を見たが、挨拶もせずに行ってしまった。
むむっ!
「クロードどの、私達も行くぞ!」
「オ、オウ。」
ロビーを大股でずんずん進み、パーティー会場へと入った。
会場は、ほとんど大人で埋め尽くされておった。話し掛けてくるのも知らぬ人ばかりである。右も左もわからぬパーティーに、ちょっと心細くなった。
「“ハイ、クロード。久しぶりだね!元気か?”」
「“絶好調だよ!そっちも変わらないな!”」
これは英語で話しておるのか?時々、聞いた事のある単語が出てくるが、会話になるとまったく分からぬな。ますます異邦人の気分だ…
「“今日のパートナーは美人だね!彼女は恋人かい?”」
「“その上の婚約者になればいいかなって狙ってるところだよ!”」
「“そうかい!頑張って!”」
ん?何か私を見て微笑んでおるな。引きつっているであろう笑顔を何とか返した。
次々と挨拶を交わしておるうちに疲れを感じてきた故、休憩しようとクロードの腕を引っ張った。
「カグヤサン、次ノ方ガ挨拶ヲ待ッテイマスヨ。」
「すまぬが、クロードどのだけで行ってはくれぬか。」
「オウ!今日ハ、パートナーデス。皆ニカグヤサンヲ紹介シタイデスネ!」
「…分かった。」
意地を張ってしまった故の試練だと自分に言い聞かせ、重い腰を上げてクロードどのの隣でよく分からぬ会話に愛想笑いを続けた。
そんな時間を過ごすうちに、ダンスタイムとなった。
席に座って休もうかと思っておったが、クロードどのに手を引っ張られフロアの中央に連れて行かれてしまった。
「カグヤサン、今日ハドレスナノデ、踊レマスネ?」
「いや、まったくダンスが出来ぬのだ。」
「ノープロブレム!私ニ合ワセテ動クダケデ、大丈夫デスネ!」
仕方ない、一曲だけ付き合うか…
クロードどのの肩に手をあて、もう一方を握り、他のゲストの見よう見真似で踊り出した。
「カグヤサン、上手デスヨ!」
「そうか?フォークダンスよりは簡単であるが、やはり難しいぞ。」
「大丈夫デス!世界中ノ皆ニ、カグヤサンヲ見セビラカシタイデス!」
「ふふ。クロードどのは冗談が好きであるな。」
「ソウナレバイイ願望デス!」
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愛想笑いを続けるかぐやさんに疲れが見えているのが、遠くから見ていても分かった。休ませてあげればいいのに…
いや、今日はクロードのパートナーだから、私が口を出す事では無いだろう。
ついついかぐやさんを目で追っていたら、従姉さんから心配そうに声を掛けられた。
「春樹、どうしたの?」
「え?何でもないよ。美咲従姉さん。」
「そういえば伯父さまから聞いたけど、幸せにしたい女性が出来たんですって?会社を継いでくれる気になったと、大喜びされてたわよ。」
「…そうですか。」
「今日はその女性を誘わなかったの?」
「彼女はクロードのパートナーで参加されています。」
「え?さっき他のゲストの話では、クロードが婚約者を連れて来たと言っていたわよ。」
「何だって?」
その時、司会者がダンスタイムの始まりを告げた。クロードは率先してかぐやさんを中央に引っ張っていった。
かぐやさんはぎこちないが、何とか踊りについていっているようだ。時々微笑みを交わしながら…
くそっ!
私の送ったドレスを身に纏って、他の男の婚約者と紹介されながら微笑み合うなんて、どういうつもりなんだ!
無性に腹が立ち、今すぐこの会場から連れ出したい気分だったが、拳を強く握って何とか耐えた。
「春樹、私達も踊る?」
「いや…この曲が終わったら、かぐやさんのところへ行ってみるよ。」
「事情は分からないけど、頑張ってね。」
従姉さんは力が入った私の拳を和らげるよう軽く手を添え、微笑んで送りだしてくれた。
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ふう…何とか一曲踊り終え、息を大きく吐き出したところで、またしても誘いの声を掛けられた。
「一曲ご一緒願えませんか?」
声がする方を振り向き、手を差しだした人物を見てびっくりした。春樹どのであったのだ。
「ハル、今日カグヤサンハ私ノパートナーデスネ!」
「クロードだって歓迎パーティーの時、かぐやさんと踊っただろ。」
「…一曲ダケデスヨ。」
「あぁ、充分だ。」
春樹どのに連れられて、フロアの片隅で踊り始めた。間近で顔を見るのも久しぶりな気がするな。
暫く無言で踊っておったが、春樹どのがぼそっと呟いた。
「何故そのドレスを…」
「え?今、何と言ったのか?」
「今日は何故そのドレスを着たのですか?」
苛立ちにも似た物言いであった。もしかして着てはいけなかったのか?
「すまぬ…そのようなマナーも知らずに着てしまった。」
「他意は無いのですか?」
「い、いや…」
「何か意味があるのなら教えてください。」
静かな物言いだが、有無を言わさぬ雰囲気だ。
「一緒に居る気分になれるかと…」
「…」
「何でもない!忘れてくれ!」
春樹どのはステップを止め、はぁ、と大きく息を吐き出した。
身に纏うものさえ、パーティーのルールも分からぬ私に呆れてしまったのであろう。居た堪れなくなり、その場を去ろうとした。
「すまぬ。もう戻る…」
踵を返そうとすると、腰を抱えていた腕に力が入った。
「すみません。まだ一曲終わっていませんので、もう少しお付き合い下さい。」
「…分かった。」
再び手を繋ぎ、踊り出した。ふと春樹どのの顔を見ると、いつもの穏やかな笑顔に戻っておった。
「かぐやさんは、私を喜ばせる天才ですね。」
「へ?いや、まったく意味が分からぬぞ。このドレスを着てはまずかったのであろう?」
「いいえ、心の狭い自分を反省しました。」
「そうなのか?」
「…すみませんでした。かぐやさんの事になると、どうしても余裕が無くなってしまいます。」
「春樹どのはいつも、余裕のある大人に見えるぞ。」
「そんなことはありませんよ。でも、やはりかぐやさんの傍は落ち着きますね。」
「そ、そうか…」
「ふふ。久しぶりに赤くなったかぐやさんを見れて幸せです。」
よく分からぬが仲直りであろうか。何だか嬉しくなり、微笑みあいながら一曲を踊りきった。