第16話・散々なワルツ初体験
クロードどのの歓迎パーティー会場は春樹どののお父様が経営されておる、ロイヤルインフィニティホテルであった。
春樹どのにエスコートされながら会場へ入るとすぐに、上品な雰囲気を身に纏った殿方とご婦人が私達に歩み寄ってきた。細身ではあるが、一目見ただけで仕立ての良い服を着こなしておると分かるな。
「竹野塚さん、今日は琴を演奏して頂けるとのことで、楽しみにしています。そのお着物も素敵ですよ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
ところで誰であろうか?春樹どのを見ると軽くうなずいて紹介してくれた。
「ご紹介しますね。私の両親です。」
「春樹どののご両親?」
急に緊張して、背筋をピン!と伸ばしてしまった。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。竹野塚かぐやと申します。」
すると、春樹どののお母様がすかさず反応した。
「あら、あなたがかぐやさんだったのね。」
「はい。」
「私からもお礼を言うわ。春樹に会社を継いでくれる気にさせてくれたのですもの。」
「え?」
私の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。私と春樹どのの会社が何の関わりがあるのであろうか…
「母さん、その話しは今しなくてもいいでしょう。」
「ふふ、言っていなかったのね。ごめんなさい。」
では、とご両親は仲睦まじく腕を組んで、別のお客様のところへ行かれた。時々お互いの顔を見ながら微笑んでおられるようだ。婚姻から数十年経っても仲が良いのであろうな…
私もあのように歳を重ねても仲睦まじくいたいものだ。羨ましく思いながら、二人の背中を見つめた。
そこへ、係の者が私を呼びにきた。
「竹野塚様、琴の演奏の準備をお願いいたします。」
「分かった。すぐ行くとしよう。」
春樹どのに軽く挨拶をして、その場を離れた。
司会者に紹介され、琴の演奏をしていった。私がいつも天界で弾いておった好きな曲だ。
弾き終り、会場から盛大な拍手を貰いながら舞台を下りると、春樹どのがにこやかに迎えてくれた。
「かぐやさん、素晴らしかったです。優雅に弦を弾く姿があまりにも美しく、見惚れてしまいました。」
「ま、またそのようなことを言う…」
「すみません。つい心の声が漏れてしまいました。」
「いつも春樹どのには世話になっておるし、このくらいしか返せぬが…」
「ふふ。お返しはその赤く染まった頬を見るだけで、充分ですよ。」
何か言い返そうとした時、舞台上でクロードどのが挨拶を始めた。
ん?チラッと私達を見た気がしたが、気のせいであろうか。
「沢山ノ歓迎、アリガトウゴザイマス。コノ後ハダンスタイムデスガ、先程見事ナ演奏ヲシテクレタ、カグヤサント踊リタイト思イマス。」
へ?私なのか?突然の指名に驚いておったら、舞台から降りて来たクロードどのが、目の前に手を差しだしてきた。
「ドウカ一曲オ願イシマス。」
「すまぬ。私は踊れぬ。」
「クロード、かぐやさんは着物を着ているから、ダンスは無理だ。」
「私ノ歓迎パーティーデス。ココデ踊ッテイタダクノガ、マナーデスネ。」
そ、そうなのか?
春樹どのを見ると、諦めたような顔をしてため息をついておった。
仕方なくクロードどのに手を取られると、空いているスペースへと連れて行かれた。
軽快な音楽が流れ始め、腰に手を回されて身体が密着した。
うわっ!鳥肌が立ってきた!
「カグヤサン、ドウカシマシタカ?」
「い、いや。大丈夫だ…」
本人を目の前に鳥肌が立ったなど、失礼過ぎて流石に言えぬな…諦めてワルツというダンスをすることにした。
周りの人達の見よう見真似で手を重ねて動いてみたが、着物や草履ではかなり動きにくく、難しいものがあった。
「すまぬが、やはり…」
言いかけたところで、クロードどのの足を踏んでしまった。
「“アウチ!”」
「す、すまぬ!」
すぐに離れようとしたが、腰に手を回されておった為、バランスを崩して後ろ側へ転んでしまった。
「うわっ!」
「“オーマイガー!”」
どさっ!
いてて…二人揃って転んでしまったようだ。
「すまぬ。大丈夫か?」
目を開けると、すぐクロードどのの顔がすぐ目の前にあった。って、退く気配が無いではないか!
「…カグヤサン、美シイデスネ。」
「かぐやさん!」
春樹どのが遠くから私を呼ぶ声が聞こえたが、引き離される前に鉄拳を振るってしまった。
「貴様!離れろ!」
バコーン!
クロードどのは仰け反って倒れ、動かなくなってしまった。
まずい、やり過ぎたか?
すぐ傍まで来てくれた春樹どのに手を引っ張られ、やっと起き上がることが出来た。
「かぐやさん!大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だが、クロードどのに少々やり過ぎてしまったようだ。」
「ふふ。天罰ですよ。」
医務室へ運ばれたクロードどのは、軽い脳震盪で済んだらしい。とは言っても、大使館員という殿方に別室へ呼ばれ、国際問題になるぞ!と散々お説教をくらってしまった。
長いお説教が終わり別室を出ると、クロードどのと春樹どのが立っておった。
「クロードどの、すまなかった。」
「カグヤサン、強イデスネ。」
「何か詫びをと思うのだが…」
「オウ!ソレデシタラ是非、日本ヲ案内シテ下サイ!」
「すまぬが、私もこちらには不慣れな故、観光案内はできぬのだ。」
「観光なら、大使館員に言えばすぐに案内して貰えますよ。」
春樹どのも援護してくれたが、クロードどのは、それならば二人とも観光が必要だと言いだした。結局春樹どのが案内することで決まり、三人で出掛けることとなった。