第12話・初めてのキスは…
秋人どのの別荘へ行く日、春樹どのが迎えにきてくれた。
「あれ?この2人乗りの車で行くのか?」
「他のみんなは、秋人のお父さんの車で行くそうです。なので、こちらの車で来てみました。」
「そうなのか。」
「みんなで行く方が良かったですか?」
「皆と久しぶりの旅行であった故、少し残念な気もするが、乗り慣れてきたこの車も落ち着くな。」
「ふふ。かぐやさんにそう言って頂けると、この車も喜びますよ。」
春樹どのは微笑みながら、車を走らせた。
秋人どのの別荘は小さな入り江に1軒だけ、砂浜の目の前に建っておった。
「狭いけど、プライベートビーチみたいなもんだよ♪部屋から水着で行けるからね!」
「それはなかなか便利なところだ。」
「一応、サメ避けネットを張ってあるから、そこよりも外には出ないようにね!もし離岸流に巻き込まれても、ネットを伝っていけば、岸に戻れるから大丈夫だよ♪」
サメとは、確か水族館で巨大なのを見たな。一飲みにされぬよう気をつけねば…
皆で水着に着替えて砂浜に出た。他の利用者が居ない故、荷物の盗難の心配もないし、いつぞやのナンパという因縁も付けられずに済みそうだ。
「かぐやさん、泳ぎに行きましょう。」
いきなり、春樹どのに手を引っ張られた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
波打ち際まで来て、初めての海に恐る恐る足を付けた。ひんやりした海水が気持ち良さそうだ。少しずつ歩き、腰まで浸かったところで、泳いでみた。
「おお!初めて海で泳いだぞ!」
感動しておったら、何故だか春樹どのが笑いを堪えておった。
「ん?何か可笑しいことを言ったか?」
「いいえ、あまりにも楽しそうなので、つい。」
「そうか?」
暫く皆で遊んだ後、バーベキューの準備をするとかで、シャワーを浴びて着替えた。
台所では、小梅どのが器用に野菜を切り、松乃どのがそれを串で刺しておった。何も出来ぬ私は、小梅どのと松乃どのが用意した食材を運ぶ係を任命され、火おこしをしておる三人衆のところへせっせと運んだ。
準備が出来たところで、皆で砂浜に面したウッドデッキに出て、バーベキューの始まりだ。
「乾杯~♪」
グラスをぶつけ合い、よく冷えたジュースとお茶で乾杯した後、網の上に食材を置き、皆が焼き始めた。
「あっ!冬馬、僕の肉取るなよ!」
「まだあるだろ。」
「秋人、こっちあげるね!あ~ん♪」
「美味しい♪松乃ちゃんもお返し!あ~ん♪」
目のやり場に困るな…
「かぐやさん、焼き加減は大丈夫ですか?」
「自分で焼いた事が無い故、どのくらいで食べるのが丁度良いのかが分からぬ。見極めが難しいな。」
「では、いい感じになりましたら私が取りますね。」
「よろしく頼む。」
皆で頂くバーベキューはとても美味しく、話も弾んだ。
小梅どのと松乃どのが準備した沢山の食材は、あっという間に無くなっていった。
「飲み物が足りないな~♪冬馬、近くのコンビニで買ってきてよ!」
「秋人、何で俺が…」
秋人どのと冬馬どのが目で会話をしておる。秋人どのは松乃どの以外にも目で会話が出来るのか。
「あ~…、そうだな。小梅、一緒に行くか?」
「うん。」
言い直した冬馬どのが、小梅どのと一緒に出掛けていった。
「秋人どの、今のは作戦なのか?」
「そそ♪飲み物ならまだ冷蔵庫にたっぷりあるよ~!とりあえず隣側のビーチもマイナーだから人がいない筈だし、ゆっくりして来るんじゃぁないかな♪」
なるほど。秋人どのは策士であるな。
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秋人の配慮で、小梅と出掛けられた。後は教えられたとおり隣のマイナーなビーチで散歩をするだけだ。
コンビニでジュースとお茶を買い、帰り道になった。
よし!今が誘うチャンスだ!
「ねぇ、冬馬くん、あそこにもビーチがあるよ。行ってみない?」
え?小梅から誘われた…
「あぁ、行ってみるか。」
計画どおりだけど、計画どおりではない。男としてこれでいいのか?とは言え、いつになく緊張から無口になってしまうな…
砂浜に降りて小梅と並んで、ゆっくりと歩いた。
よし!今度こそ!
心の中で気合いを入れて、小梅に向き直った。
「こう…」
言いかけた言葉は遮られた!小梅がいきなり俺の首に手を回し、ぶつかるようなキスをしてきたからだ!
「え?」
小梅は暗闇でも分かるくらい真っ赤になっていた。
「ご、ごめんなさい!」
そう言って急に走り出した小梅を追いかけて、腕を掴んだ。
「謝るなよ!」
「…」
俺が大事にし過ぎたばかりに、小梅にまで気を遣わせてしまったのか…
「ごめんな、無理させちゃって。」
俯いて何も言わない小梅の肩を掴んで、俺に向かせた。
「小梅のこと、ずっと守るから。」
小梅の顎を持ち上げて、触れるだけのキスをした。
そっと唇を離すと、額をこつんと付けながらお互いの顔を見合わせて、微笑みあった。
「凄く幸せな気分だ。」
「ふふ。私も。」
もう一度だけ軽くキスをして、みんなのところへ帰ろうとした時だった。
「もっとやっちゃえ~♪」
「最後までヤラないの?」
ん?
振り返ると、ガラの悪そうな奴らがこっちを見ていた。
1、2、3…全部で8人か。
小梅を庇いながらだと難しいな…そう思い、小梅の手を引いてその場を離れようとしたら、前を塞がれた。
「おっと!お兄さんがヤラないんなら、俺達が替わってあげるよ~♪」
小梅に手を伸ばしてきた奴に、咄嗟に蹴りを入れた!
「触るな!」
「キャ-!」
小梅だけは守る!背中に庇いながら、対峙した。
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