第10話・誕生日クルージング
誕生日当日、春樹どのの車に乗って連れて来られたのは、港であった。
「ここに食事をする場所があるのか?」
「はい。今日はあちらになります。」
春樹どのが指を差した場所には、大きめの船が停まっておった。
「え?船に乗って何処かへ行くのか?」
「ちょっとしたクルージングです。父の所有の船なので、他にお客様はいらっしゃいませんよ。」
微笑みながら乗船するよう促され、乗り込むとすぐに船は港を離れた。
「揺れますので、私にしっかりと掴まっておいて下さいね。」
卒業パーティーの時のように腕を出され、エスコートされながら着いた部屋には、あまり見かけぬ丁度品が飾られておった。
「ほう。珍しいものが沢山あるな。あまり日本では見かけぬ物ばかりだ。」
「ユーリシア王国の王族の方と父が懇意にさせて頂いておりまして、時々、丁度品が送られてくるのです。」
「そうか。珍しいと思ったら、異国のものなのだな。」
「夏休み明けから、その王族の一人が竹水門大学へ留学に来るそうですよ。英語が話せれば意志の疎通は出来ると思います。」
「それは残念であるな。私は英語は話せぬ。」
「え?でもかなり成績良かったですよね?」
「読み書きなら覚えるだけで大丈夫なのだが、聞いたり話したりはさっぱりなのだ。」
「ふふ。では何かありましたら、私が仲介いたしますね。」
「よろしく頼む。」
席につくよう促され、椅子を引かれ、そこへ腰を下ろした。窓からは夕日に照らされてきらきら輝く海が広がっておった。
座って暫くすると、給仕が一皿ずつ食べ物を運んできた。
「これは、確か本で読んだことがあるぞ。コース料理というものだな。」
「はい。もしかして初めてですか?」
「頂くは初めてだ。」
「テーブルマナーはご存知ですか?もし難しいようでしたら、お箸をご用意しますが。」
「大丈夫だ。カトラリーは外側から使用すると書いてあった筈だ。後は食器の音を立ててはいけないということだったか…」
「その通りです。でも二人しかいませんので、マナーは気にせずに美味しく頂きましょう。」
そうは言われても、初めての異国のコース料理というものに緊張してしまった。給仕は一皿ごとに料理の説明をし、運ばれてくる料理も珍しいものばかりであった。
「こちらは、『オマールブルーのソテー自家製栽培の野菜添え 燻製サーモンのクリームソース』でございます。」
給仕が去った後、こっそりと春樹どのに聞いた。
「何故コース料理というのは、料理の名前が長いのだ?」
「ふふ。料理の名前というか、素材と調理法、ソースの説明をそのまま言うことが多いのです。」
「そうか。今度、異国料理の本でも読んでみるか。」
「それでしたら、一緒に食事へ行く方が手っ取り早いですよ。また今度美味しい店を見つけましたら、お誘いしますね。」
「春樹どのが美味しいというものは、大体美味であるからな。期待しておるぞ。」
「それは、食べ物の好みが合っているということですね。」
「ふふ、そうかもしれぬな。」
いつの間にか緊張も溶け、その後は談笑しながら楽しく食事を頂いた。
コース料理の説明はよく分からぬが、美味なものばかりであった。
デザートを食べ終わり、寛いでおったところ、デッキで散歩しましょうと誘われた。
すっかり暗くなったデッキへ出ると、何処からともなく向日葵の花束がすっと差し出された。
「かぐやさん、お誕生日おめでとうございます。」
「あれ?いつの間に用意しておったのだ?」
「ふふ。私の時のサプライズのお返しです。」
「ありがとう。とても綺麗だ。」
「是非、来年も一緒にお祝いさせて下さいね。」
「しかし、皆が幸せになっておるというのに、私にばかり構っておっては春樹どのの幸せを逃してしまいそうであるな。」
「大丈夫です。かぐやさんと一緒に過ごせることが、私の幸せですから。」
「え?」
一瞬で、顔に血が上っていった。
「ふふ。今日も頬が赤くなるかぐやさんが見れて幸せです。」
「そ、その趣味は止めてもらえぬか…心臓がもたぬ。」
「大丈夫です。倒れたら介抱して差し上げますね。」
「そうならぬよう、善処する…」
そのうち船は湾内を抜けて、沖へ広がる海へ出ていった。
「うわっ!」
予想外な船の揺れに身体が傾いてしまった!と思ったら、春樹どのにサッ!と抱きとめられた。
「かぐやさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。」
暫く大きく揺れておったが、段々と揺れも収まってきた。
ふう…
揺れも落ち着いた頃に顔を上げてみた。
うわっ!春樹どのの顔がびっくりするくらい近くにあるではないか!
え?え?この体制はどういうことなのだ?しかも、私が咄嗟にしがみついておるではないか!
って気のせいか、春樹どのの顔が傾いてきたではないか!
「かぐやさん…」
ちょ、ちょ、ちょっと待った~!!
パッ!と離れ、手すりに掴まった。
「す、すまない!気を付ける故、もう大丈夫だ!」
「…そろそろ引き返しましょうか。あまり遅くなっては爺やさん達に心配を掛けてしまいますからね。」
「そ、そうだな…」
春樹どのは寂しそうに微笑んでおったが、心臓が爆発しそうで、そんな事を気に掛ける余裕は無かった。
そのうち、船は港にかかる大きな橋の下を通り、元の場所へ戻っていった。
クルージングとは心臓に悪いな…