第9話・天界へ帰る理由
午後から休講となっておったある日、久しぶりに皆とカフェに行った。名目上はサークル活動らしいが、普段とあまり変わらぬ気がするのは気のせいにしておくか…
珈琲を飲みながら寛いでおった時、小梅どのが思い出したように聞いてきた。
「そういえばかぐやちゃん、いつかはテンカイへ帰っちゃうの?」
「そうなるであろうな。今は帝の許可が下りぬ故、帰ることも叶わぬが、そのうち帰らねばなるまい。」
「こっちに残るっていう選択肢は無いの?」
「私がここに居ると、爺やと婆やもずっと残ることとなる。それは避けてやりたいのだ。」
「そっか…」
「ん?それがどうかしたか?」
あれ?皆が静かになった。
「かぐやさんがどんな選択をしても、それを尊重しますよ。」
沈黙を破るよう、春樹どのがにっこりと笑った。
「ありがとう。」
何となくお礼を言ってみたものの、ちょっとがっかりした。引き止めてはくれぬのか…
ん?何故引き止める必要があるのだ?
うわっ!恥ずかしくなってきた!
「ちょっと失礼する!」
急いでお手洗いへ掛け込んだ。
----------
かぐやさんが席を立った後、小梅さんが謝ってきた。
「春樹くん、何だか余計な事を聞いちゃってごめんね。」
「いつか私も聞いておきたいと思っていましたので、気に病むことはありませんよ。」
「やっぱりテンカイへ帰っちゃうんだね…」
皆が黙りこむ中、冬馬が顔を上げた。
「春樹、俺はかぐやの夢を応援していいのか?」
「構わないよ。」
「だけど、テンカイだぜ。何処かも分からないところなんて、例えかぐやと付き合えたとしても中々会えなくなるぞ。」
「その時は父のプライベートジェットでも借りるとするよ。」
「もしテンカイが僻地で空港が無かったとしても、春樹なら作りかねないね♪」
「秋人、さすがにそれは無理だ。だがヘリポートくらいなら何とかなるだろうな。」
「さっすがは浦和グループ♪」
「それに、大学卒業までは残るでしょう。それまではみんなで楽しみましょうね。」
それはすべて強がりだった。テンカイへ帰国することは、かぐやさんが爺やさんと婆やさんを気遣っての事だと頭では理解したものの、やはり私達と離れる選択をするという事実に、気持ちが追いつかなかった。
そうだ!私が父の会社を継げば、爺やさんと婆やさんが帰っても、かぐやさんは日本で不自由なく暮らせる筈だ!父は以前からそれを望んでいた。
今度、父が帰国したら私からもお願いをしてみよう。もう一つの覚悟をした。
「そういえば、そろそろかぐやちゃんの誕生日だよね?パーティーどうする?」
松乃さんが空気を変えるように言いだしたが、それを断った。
「悪い、誕生日は二人で過ごさせてくれないか。」
「まぁ春樹が言うんなら…でも本当にいいの?」
「当たり前だろう。」
「そっか♪」
私とかぐやさんの事になると、みんなも強引に話を進めない。かぐやさんの事情を知っているみんなだからこその配慮だろう。その気遣いが心地良い。
この先どうなるか分からないが、この6人なら大人になってもいい付き合いが出来るだろうと、何となく思った。
「そういえば、僕の不良親父が海の近くに別荘を買ったんだ♪夏休みにみんなで行かない?」
「秋人、いつの間に別荘持ちになったの?」
「先週かな♪みんなどう?」
「私は大丈夫だ。冬馬は?」
「俺は免許を取りに行くから、その合間なら大丈夫だ。」
「車の免許はもう持ってるだろう。」
「今度はバイクの免許だ。家に二台も車を置けないからな。」
「そうか。頑張れよ。」
そんな話をしているうちに、かぐやさんが戻ってきた。
----------
「かぐやちゃん、夏休みの予定が決まったよ♪」
お手洗いから席へ戻ると、既に夏の予定が決まっておった。相変わらず皆は即決のようだ。
「松乃どの、その計画とは?」
「秋人のパパが海の近くに別荘を買ったんだってさ!そこへ行く話をしてたんだ♪」
「ほう。それは楽しみだ。」
暫く夏休みの話をしてから、そのまま解散した。
春樹どのが車で来ているので送ると申し出てくれたので、その言葉に甘えることにした。
車中、春樹どのが微笑みながら話し掛けてきた。
「そろそろかぐやさんの誕生日ですね。」
「そうであったな。」
「お祝いは私一人に任せて頂けませんか?素敵なディナーにご招待しますよ。」
「そうか。それでは楽しみにしておく。」
思えば、去年の誕生日は誘拐されたりと、散々であったな。
今年は何事もなく過ごせると良いのだが…