第5話・ドライブの帰り道
「かぐやさん、疲れましたか?」
帰りの車中、黙り込んだ私の顔を、春樹どのが心配そうに覗き込んできた。
「へ?い、いや大丈夫だ。」
「疲れたら遠慮なく寝てくださいね。」
「そういう春樹どのはずっと運転して、疲れないのか?」
「お気遣いありがとうございます。かぐやさんと一緒にいると癒されますので、大丈夫ですよ。」
「そ、そうか…」
また、春樹どのはすぐに顔が赤くなるようなことを言う…
赤くなったと言われるのも癪だった故、寝たふりをして窓の外を眺めておった。
そのうち本当に眠くなり、うとうとしてしまった。
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かぐやさん、疲れて寝てしまったかな。そうだ、ちょっと寄り道をしよう。
車を走らせて、一人になりたい時によく行く高台の公園へハンドルを切った。
公園に着いて駐車場に車を停めた。かぐやさんを見ると、まだ寝ているようだった。
「…すみません。ちょっと我慢出来ません。」
寝ているかぐやさんに、そっと2回目のキスをした。
一歩ずつ、少しずつ、二人の間が縮まっていきますように…
そんな願いを秘めながら、一緒に鳴らした恋人の鐘の音を思い出していた。
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…ん。
目が覚めたら、知らない場所であった。
「ここは何処だ?」
外を見ると、春樹どのが車のボンネットに寄り掛かっておった。ドアを開けて春樹どのの隣へ歩み寄った時、目にキラキラ輝く夜景が飛び込んできた。
「おお!凄く綺麗だな!」
「かぐやさん、目が覚めましたか?」
「寝てしまって、すまないな。」
「いいえ、疲れさせてすみません。」
「ところでここは何処なのだ?」
「今、見える街は私達が住んでいる街なのですよ。」
「そうなのか?こんなにも綺麗だったのだな。」
「ここは何か考えたい時や、逆に頭を空っぽにしたい時に来る、秘密の場所なのです。」
「そうなのか。だが、私が知ってしまっては秘密の場所ではなくなったな。」
「ふふ。かぐやさんは特別ですよ。」
二人並んでボンネットに寄り掛かりながら、暫く光に溢れる街を眺めた。
ゴールデンウィーク明け、皆でお昼御飯を食べておったら、小梅どのから報告があった。
「かぐやちゃん、バイト先が見つかった!」
「それは良かったな。今度はどんな仕事なのだ?」
「子供達向けの塾だよ!私は自習室で分からないところを個別に教えてあげる仕事なんだ!」
「そうか。小梅どのにはぴったりだな。」
「そうだ!まだ空きがあるんだけど、冬馬くん一緒にどう?同じ教育学部だし、就職の時も役に立つかもよ!」
「俺はいいや。子供苦手だし。」
「そうなんだ…。」
心なしか小梅どのがガッカリしておる。
「小梅ちゃん、いつから行くの?」
流石は松乃どの、すぐに空気を変えたな。
「早速、来週から来てくれって言われてるんだ。」
「そうなんだ!頑張ってね♪」
「ありがとう、松乃ちゃん!」
翌週、道場からの帰り、冬馬どのと一緒に爺やのリムジンが来るのを待っておった。
あれ?道の反対側を歩いておるのは小梅どのではないか?
声を掛けようとして、ハッ!とした。見た事のない殿方が一緒に歩いておったのだ!
これは、冬馬どのに見せてはいけない!咄嗟にそう思い、冬馬どのの気を引こうと話し掛けた。
「と、冬馬どの!次の昇段試験はいつだったかな。」
「来月だよ。よく覚えておけよ。」
「そうであったな。うっかりしておった。」
チラッと道の反対側を見ると、小梅どの達の姿は見えなかった。
ふう。何とかやり過ごせたか…
爺やのリムジンが着き、冬馬どのは駅へ向って帰っていった。
翌日、一緒にいた殿方のことを聞きたかったが、皆が揃っての昼食だった故、小梅どのに聞けずにおった。
「有栖川さん、こんにちは。」
小梅どのの後ろから一人の殿方が話し掛けてきた。
って、昨夜の殿方ではないか!目は細めだが小さくは無い、背が高く爽やかな印象だ。最近覚えた言葉で言えば、イケメンという奴であろうか。
「あっ、吉田先輩。」
「昨日は無事に帰れた?」
「はい。すぐに電車来ましたので、大丈夫でした。」
「そう。じゃぁまた塾でね。お友達もお邪魔しました。」
爽やかな笑顔で私達にも挨拶をして、去っていった。
「小梅どの、今のは誰なのだ?」
「塾のバイト先で一緒になった吉田先輩だよ。私の教育係で色々と教えて貰っているんだ。」
「そうか。」
私も道場の後輩へ指導することはよくある。先輩ということは、そんなに心配することもなかろう。
冬馬どのも気にしておる様子は無さそうだ。
午後からの講義に向けて、小梅どの、松乃どの、私の三人は、先に学食を後にした。
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かぐや達を目線で見送った後、秋人が俺を煽り始めた。
「冬馬、お前まだ小梅ちゃんに告白してないのか?」
「べ、別に告白なんてしなくてもいいだろう。いい仲間だ。」
「女心が分かってないな~!そんなことじゃぁ、逃げられるよ!」
「小梅にも選ぶ権利があるしな。」
「あの先輩に取られちゃうのも、時間の問題だね~♪」
そんなこと言われても、ただの先輩だろう。6人でいる事が居心地良かった俺は、その時、本当にそう思っていた。
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