第52話・かぐやの過去
何故キスをした事が分かったのか、その疑問は置いておいて、問題なのはかぐやさんが状況を理解していないということだ。
「先ほどのキスは無かったことに出来ませんか?」
「ほう。無効にしたいということか?」
「キスをすればすぐに婚姻ということは聞いていますので、それなりの覚悟はあります。しかし、寝ているかぐやさんにキスをしましたので、かぐやさんは理解していません。」
「覚悟があるのなら、問題ないのでは?」
「いえ、決まり事を抜きにして、純粋に私を選んで欲しいのです。」
「そういうことか…」
お姉さんはしばらく考え込んでいた。
「そなたはかぐやの何処を好いておられるのか?」
「私の家は会社を経営しています。その為、金銭目的で近寄ってくる女性も多かったのですが、かぐやさんはまったく興味を示しませんでした。最初に気になったのはそこからでした。」
お姉さんは黙って聞いていた。
「一緒に過ごすうちに、何事にも新鮮な驚きを素直に表すかぐやさんを可愛いと思い始め、いつの間にか傍にいたいと思うようになりました。」
「ふふ。分かる気がするな。」
「かぐやさんは強く、常に気高く、誰からも一目置かれる存在です。ですが、弱い面を常に隠しています。私はそんなかぐやさんの支えになりたいと思っています。」
「そうか…そなたなら大丈夫かもしれぬな。」
そう言って、お姉さんはかぐやさんの過去を話し始めた。
衝撃的だった。
あのかぐやさんが不細工だと罵られ育ってきたことが。身分の高さと見た目から親しい友人も出来なかったということが…
「かぐやはいじめを跳ね返す勇気と強さを持ち、弱さを見せぬ孤高の人となっていったのだ。そんな中、求婚してきた殿方に裏切られてな。接吻もせずに婚約と言っておったので、おかしいとは思っておったのだが…」
それで、男性恐怖症になったのか…
「しかし、そなた達には気を許しておる節が見える。」
「そうでしょうか。まだ時々壁を作っているよう感じることもあります。」
「それは教えのせいであろうな。慎重になり過ぎて、自分の気持ちに気が付かぬのであろう。」
お姉さんは微笑みながら、私に問いかけた。
「そなたは何故、接吻したらすぐに婚姻だと教えられておると思う?」
「いえ、分かりません。」
「接吻をしたら、必ず婚約の儀をしなければならぬからだ。」
「婚約の儀ですか?」
「三日間、姫君の邸宅へ通うのだ。それが失敗したら婚約は破棄となる。」
「通うだけですよね?」
「正確には、三晩続けて通うということだ。そのくらいの体力が無い殿方には任せられぬということだ。」
三晩ってことはもしや…
「ふふ、そなたには理解出来たようであるな。」
「…はい。」
「そのため、二晩だけ通い、止めてしまう不届き者もおってな。それを防ぐために、教えがあるのだ。」
「そうだったのですね…」
「そろそろ皆のところへ戻るか。長話しては皆に疑われるぞ。」
「そうですね。」
「今回の事は内々で処理しておく故、安心するが良い。」
「ありがとうございます。かぐやさんに選んで頂けるよう頑張ります。」
「ふふ。そなたとまた会えるのを楽しみにしておるぞ。」
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長い!
やよい姉様と春樹どのは知り合いではない筈なのに、何故こんなにも話が長いのだ!
心配になり中庭へ行こうとした時、やっと二人が戻ってきた。
「やよい姉様!」
「ふふ、かぐやよ。話が盛り上がってしまい、待たせてしまいましたね。」
「次の満月までゆっくりされるのですか?」
「いいえ、雪美がお腹空いたと泣く故、すぐに戻らねばなりません。」
「そうですか…せっかく会えたのに残念です。」
「またすぐに会えますよ。ゆっくりと話もしましょうね。」
やよい姉様は皆に向き直った。
「皆も、かぐやをよろしくな。」
「はい。」
「任せてください♪」
「もちろんです!」
皆の心強い返事が嬉しかった。そしてやよい姉様は帰られてしまった。
『かぐやちゃんのお姉さんって色々と凄い人だね…』
『神々しいというか、何というか…』
『…オーラのある雛人形?』
「ところで春樹どの、やよい姉様と何の話をしておったのだ?」
「ナイショです。」
「何故言えぬのだ!」
「怒っても教えません。」
むむ!
「ならば、送りはもうよい。爺やに迎えに来てもらう!」
スマホを取り出したところで、春樹どのに取り上げられた。
「何をする!」
「駄目です。離れないと約束しましたから。」
「そんな約束などしてはおらぬ!」
「屋敷に帰るまでが、エスコートですよ。その役目を果たさせてくださいね。」
皆も春樹どのを後押ししたせいで、またしても送ってもらう羽目となった。
「じゃぁ、かぐやちゃん、また入学式でね!」
「小梅どのもまたな。」
「かぐやちゃん、何か進展あったら連絡ちょうだいね♪」
「松乃どの、何の進展だ?」
「入学式の前に道場で会うな。」
「そうだな。冬馬どの、またよろしくな。」
「かぐやちゃん♪春樹の弱み教えてあげよっか?」
「おお!是非!」
「秋人、余計なことは言うなよ!」
また、入学式でね~!と言って皆と別れ、春樹どのの車に乗り込んだ。
「かぐやさん、まだ怒っていますか?」
「別に怒ってはおらぬわ!」
「ふふ。そうですか。」
春樹どのにはお見通しなのであろう。私が腹を立てても穏やかに接することで、毒牙を抜かれてしまうことを。
まぁいいか…
黙っていても何となく心地の良い二人の時間を楽しみながら、窓に流れる景色を眺めていた。
こうして、高校生活最後の行事が終わった。