第51話・春樹の覚悟
控室に行く廊下でも、かぐやさんは、ギュッ!と私の首に抱きついたままだった。
「春樹どの~。」
「はい。」
「そなたの身体は固いな。」
「前にも言ってましたね。」
「固いけど、温かくて安心するな。」
何だか甘えられているみたいで、くすぐったい気持になった。
控室のドアを開け、かぐやさんをソファーへ座らせた。
「かぐやさん、大丈夫ですか?すぐにお水をお持ちしますね。」
ソファーから離れ、テーブルに置いてある水をコップに入れている時だった。急に後ろからかぐやさんの腕が伸びてきて、抱きつかれる形になった。
「春樹どの~。何故そなたまで離れるのだ?そんなに私は不細工か~?」
「何を言っているのですか。お水を注いでいただけですよ。飲んで下さいね。」
かぐやさんはコップを受け取り、ゴクゴクと水を飲み干した。
「少し落ち着きましたか?ソファに座って休みましょうね。」
「いやだ。」
「私は離れませんから。」
「絶対だぞ。」
心の底では頼りにしてもらっているんだ。好きだという言葉は聞けなくても充分だと思うくらい、嬉しかった。
「かなりアルコールの高い飲み物でしたので、すぐに眠くなるかもしれません。横になりましょうか。」
「いやだ。」
「ふふ。かぐやさん、子供みたいですね。」
「わたしは幼子ではないぞ!」
「大丈夫ですよ。眠っても傍にずっといますからね。」
「わかった~♪」
安心したようにソファに横たわり、瞼を閉じたかと思うと、すぐに寝息が聞こえてきた。
棚から毛布を取り出そうと立ち上がると、かぐやさんが私の服を掴んでいた。
親元からも故郷からも離れ、強く気高く生きているようだけど、いつか見た涙のように本当は寂しいのかもしれない…
"かぐやさんを支えたい"
この時、覚悟が決まったような気がする。
「すぐに戻りますね。」
そっと手を外すと、取り出した毛布をかぐやさんに掛け、脱がした靴を床へ並べた。
寝顔にはまだあどけなさが残っている。
「かぐやさん、私はいつでも受け入れますよ。」
静かに唇を寄せ、キスをした。
「いつか、お互いの想いを込めたキスをしましょうね…」
かぐやさんの顔にかかる髪の毛を避け、愛しむように寝顔を見ていた。
コンコン…
控え目なノックが聞こえた。恐らくみんなが来たのだろう。ドアを開けると、いつもの四人が立っていた。
「かぐやちゃんどう?」
「今寝てる。そっと入ってくれるか?」
「分かった。」
みんなが部屋に入って椅子に座った時、秋人が興味半分で聞いてきた。
「春樹、二人っきりだったけど、手を出してないよな♪」
「ああ、脱がしただけだ。」
「えっ!?」
冬馬の反応は相変わらず面白いな。
「ぷっ!靴を脱がしただけだ。」
「な、なんだ。靴か…」
「何を想像したんだ?」
「お前わざと意味深な発言をするな!」
「しっ!かぐやさんが起きるだろ。」
パーティーはもう終わったそうだが、ボーイの不手際ということで、控室はそのまま使って下さいと言われたとのことだ。
「しかし、春樹がかぐやちゃんにドレスを送るとはね~♪」
「秋人、何で送るのが不思議なんだ?」
「冬馬は分かってないの?覚えておいた方がいいよ♪」
「だから、意味を教えろよ!」
「男性が女性にドレスを送るのは、ドレスを脱がせたいっていう意味があるんだ♪」
「ぬ!脱がせるって?!春樹、お前…」
「かぐやさんは知らないみたいだから、何の意味もないさ。」
「いいのか?テンカイへ帰ったら離れ離れだぞ。」
「そうなれば、その時に考えるさ。いくら考えても離れることは選択肢に浮かんで来なかったよ。」
「そっか。本気なんだな。」
暫く経って、かぐやさんは目を覚ました。
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…ん。
ん?
私はどうしてここにおるのだ?確かパーティーに出ておったよな…
「かぐやさん、目が覚めましたか。」
「春樹どの、こここは一体…」
「かぐやちゃん、ボーイがジュースとお酒を間違えて渡しちゃったみたいだよ!大丈夫?」
「松乃どのにも迷惑をかけたな。もしかしてまた寝ておったのか?」
「そうみたいだね。それにずっと傍にいたのは春樹だし♪」
「そうか。春樹どのもすまないな。」
「気にしないで下さい。可愛い寝顔が見れて幸運でしたよ。」
えっ?
一瞬で顔が、かぁ~っ!と熱くなった。
「そのようなことを言うでない!」
「本当だ♪すぐに赤くなった♪」
「何の話だ!」
わいわいといつもどおり騒ぎながら、貸切会場を出た。空には満月が昇っておる。
今夜はやよい姉様と話が出来るかな…そんな事を思いながら歩いておる時であった。
「あれ!凄い着物を来た女性がいるぞ!」
「歴史の教科書で見た事があるな!」
皆の視線を辿ると、そこには神々しい佇まいのやよい姉様が立っておった。
「やよい姉様!」
すぐさま駆け寄って、声を掛けた。
「かぐやよ。久しぶりですね。」
「こんなところまで、どうされたのですか?」
「婆やから、かぐやの異変を察知したと聞きましたので、急いで降りてきた次第ですよ。」
「異変ですか?」
もしかして婆やの結界は、お酒を飲んでも察知出来るのか?
「ところで、せっ…」
「わぁ~!!」
いきなり、春樹どのが声を上げた。
「ちょ、ちょっとお姉さん、こちらへ宜しいですか?」
「どうしたのだ?」
「何でもない。みんなはそこで待っててくれ!」
春樹どのはやよい姉様と一緒に、中庭へ行ってしまった。
「変な春樹どのだな…」
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かぐやのお姉さんを中庭へ連れ出した。ここまで来れば話声は聞こえないだろう。
「すみません、先ほど言いかけた事ですが。」
「ああ、接吻の相手を聞こうかと思ってな。」
「やっぱり…」
「ふふ。そなたであったか。名は何と申すのだ?」
「浦和春樹といいます。」
何故キスしたことが分かったのだろう…