第38話・価値観の崩壊
長く充実した夏休みが終わり、数日後のことである。
『ほら、見て!かぐや様よ♪』
『一段とお美しいわ!』
『流石は雑誌で絶賛されるだけはあるわね!』
何やらチラチラといつも以上に、生徒達が私を見ておる。そろそろ私の不細工さにも慣れて欲しいものだ。
下駄箱で靴を履き替え、クラスに行った。
「かぐやちゃんおはよう!」
「おはよう小梅どの。」
「それより水臭いよ!何で教えてくれなかったの?」
「ん?何の話だ?」
すると、松乃どのが一冊の雑誌を取り出した。見れば、秋人どのがいつも載っておる雑誌のようだ。
「この雑誌がどうかしたか?」
「ここ!このページだよ♪」
松乃どのが指差したページを見た。
「な、な、何だ?これは!」
見開き二ページで、私と春樹どのが載っておるではないか!
「凄いでしょ♪本物のモデルでもこんな扱いは無いよ!」
後ろから秋人どのが顔を出した。
「秋人どの、これは一体どういうことだ?」
「前に街で写真撮ったの覚えてる?」
「確か秋人どのの知り合いであったな。」
「そそ!それで街かどスナップの予定で50人くらい載せるはずだったんだけど、春樹とかぐやちゃんの記事に変わっちゃってね♪」
「変わっちゃってねって…」
秋人どのの隣を見ると、春樹どのまでにこやかにしておる。冬馬どのは不満顔だ。
「一緒にこのような扱いになり、私は光栄に思いますよ。」
「春樹どのまで知っておったのか?」
「ここまで大きくなるとは思っていませんでしたけどね。」
雑誌の記事をよく見ると、
『街かどスナップ番外編!』
『世紀の美男美女カップル発見♪』
と、書かれておった。
「この美男美女カップルとはどういうことだ?」
「すみません。カップル扱いが不満でしたか…」
「そうではない。この美男美女という見出しだ。」
「…ん?」
皆が不思議そうに私を見ておる。
「かぐやちゃん、かなり美人だし。春樹くんも整った顔してるし…」
「へ?小梅どの、何を言っておるのだ?」
「だから、かぐやちゃんって凄い美人でしょ?その見出しは当然だと思うよ♪」
「いや、秋人どのまで何の冗談を言っておるのだ?」
「もしかして、かぐやちゃんって自分が美人だって気付いてないの?」
「…」
「へ?私が美人?」
「他に誰がいるの?」
「今までに見たことも無いくらい綺麗ですよ。」
私が美人…?私が綺麗…?この目が大きくふくよかさの欠片も無い私が…美人なのか!?
「いや、ちょっと待て!何かが可笑しいぞ!」
「何も可笑しく無いと思うけど…」
皆、嘘をついてなさそうな顔だ。色々と混乱してきた。まさか天界と下界では美人の基準が異なるのか?
黙りこむ私を皆が心配しておったが、それに答えるだけの余裕は無く、半ば放心状態で一日を過ごし、爺やのリムジンに乗り込んだ。
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教室の窓から下校するかぐやちゃんを見送った。
「かぐやちゃん、大丈夫かなぁ。」
「しかし、あそこまで驚くとは思わなかったよ。」
「本当に美人の自覚が無かったんだな…」
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リムジンに乗り込み、爺やに聞いてみた。
「爺や、私は下界では美人なのか?」
「今宵は満月。詳しくはやよい様にお聞きになって下さい。」
爺やはにっこり笑って答えた。
夜になり、鏡に向かってやよい姉様に呼びかけてみた。
「やよい姉様。」
『かぐや、元気にしておりましたか?』
「大変なことが起こりました。」
『何かありましたか?』
「はい。下界では私が美人だと言われました。」
暫く静かになったかと思ったら、やよい姉様の笑う声が聞こえてきた。
『かぐやよ。やっと分かりましたか?』
「やよい姉様はご存知でしたか?」
『ふふ。知っておりましたよ。だから下界への追放が決まった時、家族の誰もが反対しなかったのです。』
「どうして教えてくれなかったのですか?」
『いつも言っておるとおりですよ。見た目に拘らないで欲しかったからです。』
「では、私が今まで受けていた罵声や蔑まれる目線は…」
『天界は美意識が固まっております故、そなたにとっては辛い日々であったと思います。ですが、下界は国によって美人の基準が違います。一人ひとりの基準も異なります。』
「そうなのですか?」
『髪の毛の色であったり、瞳の色であったり、肌の色であったり、ふくよかさであったり、細さであったりと、様々ですよ。』
しかし、幼少の頃から疎まれる日々が一変したとは、すぐに受け入れることが出来ぬ。
「ですが、やよい姉様、私は私の顔が好きではありません。ずっとやよい姉様のような顔に憧れておりました。」
『そなたは充分に美しいです。身分に関係なく貧民層の子供たちを常に気にかけておりましたし、使用人の扱いも荒ぶることなく接しておる事は知っております。人は心の美しさが重要なのですよ。』
「ですが…」
『急には受け入れがたいですか?』
「…はい。」
『ふふ。ではまず、かぐやが自分自身の顔を好きになるところから始めてみては?』
「自分の顔をですか?」
『そうすれば、おのずと周りが見えてくると思いますよ。』
やよい姉様とのお話が終わっても、まだ放心状態であった。
自分の顔を好きになる…
夜更けになるまで、いつまでも鏡を見つめてみた。