第35話・モデル体験
誘拐事件より戻ってから、すぐに期末試験であった。
春樹どのが数学の教えを申し出てくれたが、度々迷惑を掛ける訳にもいかぬ。今回は申し出を断った。
結果は…こんなものであろう。
<一位:浦和 春樹>
<二位:金城 冬馬>
<三位:桃井 秋人>
<四位:有栖川 小梅>
<五位:竹野塚 かぐや>
教室に入り、小梅どのが慰めてくれるが、ため息しか出ぬ。
「あんなことがあったのに、五位って凄いと思うよ!」
「実は、数学の補習を申し渡されてしまったのだ…」
「え?そうなの?」
「だから私が教えますと言いましたのに。」
「いつも春樹どのに迷惑をかけても申し訳ないので、自力で何とかしようと思ったのだ。」
「私ならいつでもかぐやさんの為に時間を空けますよ。」
「すまぬが次からお願いするとしよう。」
そう言ったものの、出るのはため息ばかりであった。
その場の空気を変えるよう、松乃どのが明るく話し掛けてきた。
「かぐやちゃん!そういえば、お父さんとお母さんが、夏休みに入ったらお花を教えてあげるって言ってたよ♪」
「本当か?久しぶり故、教えを請うのも楽しみだ。」
「かぐやさん、お花を習うのですか?」
「春樹どのも興味あるのか?天界でもやっておったが、最近は婆やが活けてしまうので、たまには自分でもと思ってな。」
「松乃さん、私も参加してもいいですか?」
「もちろん春樹も大丈夫だよ!お父さん達にも言っておくね♪」
そこへ秋人どのと冬馬どのがやってきた。
「僕も習ってみたい♪松乃ちゃん、構わない?」
「秋人も大丈夫だよ!冬馬はどうする?」
「俺は花なんて柄じゃあないし、止めておくよ。」
「分かった。小梅ちゃんはどうする?」
「私はバイトがあるから無理かな。」
「そっか。頑張ってね♪」
夏休みに入った最初の週末、春樹どのと秋人どのの三人で、松乃どのの邸宅へお邪魔した。
「やはり、我が屋敷に似ておる気がするな。」
「かぐやちゃんの家ほど凄くないよ~!お弟子さん達が出入りするから、稽古場の離れがあるくらいかな♪」
渡り廊下を通り、稽古場という部屋へ着いたら、松乃どのの父上と母上が待っておった。
「よくいらっしゃいましたね♪」
「いや~!こんな若い子が生け花に興味を持ってくれるなんて、嬉しい限りだ!」
松乃どののご両親は、ふくよかさは無いものの、着物がよく馴染んでおった。特に父上の目元が松乃どのによく似ておる。何といっても、親しみやすいノリが松乃どのにそっくりだ。
花材はすでに用意してあり、まずは自分達の好きなように水盤の花器へ活けることになった。
春樹どのは若干の経験があるらしい。秋人どのは初めてなので、松乃どのが傍について説明しておった。
「三角形になるように配置すると、バランスが良くなるんだよ♪後は前後の空間も意識して、平面にならないようにね!」
「こんな感じに折ってみたんだけど、どう?」
「それいいね!幾何学的で面白いよ♪」
活け終わり、松乃どのの母上に見て頂いた。
「まぁ、かぐやさんの生け花は洗礼された美しさがありますね。ここにもう一つ花を足せば、もっと華やかになりますよ。」
「おお!流石は松乃どのの母上だ!一段と素晴らしくなったぞ!」
「ふふ。かぐやさんは面白い方ね!」
春樹どのも活け終わったようだ。松乃どのの父上が見ておる。
「ほう。真面目な性格がよく出ているね!この辺りに少し曲げたこの葉っぱを足してみてごらん。遊び心が出てくるよ!」
「なるほど。バランスだけでなく、崩した雰囲気もまた馴染むものなのですね。」
「生け花は性格が出るからね。人生も生け花も、遊び心が大事だよ!」
「わあ!凄い!」
松乃どのの声に、皆が振り向いた。秋人どのが活け終わったらしい。
「凄い面白いよ♪秋人はセンスいいかもね!」
「本当?生け花って面白いね!自分で組み立てて空間を作り出すっていう作業がすごく楽しいね♪」
「ほう。秋人くんは面白いセンスを持っているな。後、足元を隠してみたら完璧だよ!」
松乃どのの父上もベタ褒めであった。幾何学的に折ったふといに、すっと伸びたひまわり、実にバランスのとれた、でも遊び心ある作品であった。
「秋人くん、続けて習ってみないか?」
「ありがとうございます♪でも時々仕事が入るし、続けて習うのは難しいかな?」
「なら、空いた時間に私が教えるよ♪これでも一応師範なんだよ!」
「へぇ~!松乃ちゃんすごいね♪だったらお願いしようかな!」
松乃どのの父上は自分が教えたかったと残念がっておったが、秋人どのも忙しい身、松乃どののご教授が適切であろう。
松乃どのの邸宅を後にし、春樹どのと秋人どのの三人で歩いておったら、カメラを持った殿方に声を掛けられた。
「すみません!今、街でお洒落な人を探していて…って、秋人くんじゃあないか!」
「あれ?鈴木さんじゃん!仕事中?」
「そそ!街かどスナップを撮ってるところ!丁度いい!秋人くんの友達を撮らせてくれない?」
秋人どのが私と春樹どのに向き直った。
「あのさ、僕が出てる雑誌のコーナーなんだけど、二人の写真を撮ってもいい?」
「私は構わないけど、かぐやさんはどうですか?」
「写真ぐらいなら構わぬ。」
「なら決定だね♪」
春樹どのと一緒に写真を撮ることになった。
「はい、笑って♪」
いや、面白くもないのに無理であるな。
「お互いの顔を見ながら、もっと近寄って♪」
チラッと、春樹どのの顔を見た。
うわっ!目が合ってしまった!顔が熱くなって、すぐに目を逸らした。
近寄るなんぞ、もっと無理であるな…
「かぐやちゃんはシャイだから無理だと思うよ♪」
秋人どのは凄いな…このような要求も応じることが出来るのか。
私にはモデルという仕事は一生無理だと思った。