第21話・遭難しました
もう一度ゴンドラに乗り込み、上に上がっておったところ、秋人どのが呟いた。
「まずいかも…」
「どうかしたのか?」
「かなりガスが出てきちゃった。方向がわからなくなるかもしれないよ。」
「そんなに見え難いものなのか?」
「かなりね。かぐやちゃん、僕と絶対離れないでね!」
「分かった。」
確かに上がれば上がるほど、近くの木も見え難くなってきたようである。
ゴンドラを降り、かろうじてゲレンデは見えておったので、何とか小梅どのが転んだであろう場所まで下りることができた。
「かぐやちゃん、この辺に転んだ後があるから、ここだけ探して無ければ戻ろうね!」
「分かった。」
ボードを外し、くまなく探してみたが、髪留めは見つからなかった。
「無いな。そろそろ戻ろっか。」
「諦めるしかないか…」
ふと下に視線を送ると、何やらキラキラしたものが目についた。
「あれかもしれぬ。確かめさせてくれ!」
林の斜面を下りたところに、髪留めが落ちておった。
「あったぞ!」
「かぐやちゃん、そこから上って来れる?」
「たぶん大丈夫だ!」
と思ってはみたものの、新雪に足をとられ、中々前に進む事が出来なかった。
見かねた秋人どのが、私のボードを担いで下りて来た。
「かぐやちゃん、上るのは難しいと思うから、ボード履いてここからゲレンデに滑り戻ろう!」
言われたとおりボードを装着し、ゲレンデ方面に戻ろうとするが、木や崖が邪魔で中々戻る事が出来なかった。
「まずいな…吹雪いてきた。」
かぐや、生を受けて17年。初めての命の危機です…
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「君達、もう営業終わったよ。暗くなる前に戻らないと。」
ゲレンデ下で待っていた4人にスキー場係員が話し掛けてきた。
「まだ、ゴンドラにのった友人が下りてこないのです。」
「え?パトロールの最終確認では誰もゲレンデに居なかったみたいだよ!もう戻っているとかは無いかい?」
「さっきから何度も連絡しているのですが、電波が通じないようで…」
「ゲレンデの右側は他のスキー場もあるからよく電波が通じるんだけど、左側に行っていたら難しいかもね。もう頂上付近は吹雪いてきているから、捜索も無理だと思うよ。」
「そんな!何とかなりませんか?私のせいで二人が…」
「パトロールには連絡しておくから、みんなは帰りなさい。立っていても何も状況は変わらないよ。何かあったら連絡してあげるから。」
確かに言われたとおりだ。しぶしぶ四人で別荘に戻った。
「どうしよう…私が髪留めを無くしたって言わなければこんなことには…」
小梅の声が震えている。
「あの二人なら何とかなるよ。殺しても死にそうもないしな!」
「そうそう!ケロッとして楽しかった♪って言いながら帰ってくるって♪」
「秋人は前にもここに来たことがある。左側の斜面に行ったのなら、管理用の小屋があることも知ってるはずだ。そこに避難してるさ。」
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吹雪の中を秋人どのと離れぬよう進んだ。
「かぐやちゃん、たしかこの先に管理用の小屋があったはずなんだ。そこまで頑張ろう!」
「分かった。」
視界が悪い中、何とか進んでいくと、一つの小屋が見えた。
「あれだ!」
小屋はドアの鍵が開いてあり、中に入ることができた。
「へへ!実は、前ここに来た時、新雪を求めてコース外に出ちゃって、すごく怒られたんだよね♪その時に小屋を見つけてたから助かったよ!」
「秋人どのの悪戯も役に立つな。」
「さすが、かぐやちゃん!物分りいいね♪」
小屋の中には薪ストーブと薪も置いてある。マッチもあったので、手持ちのゲレンデ案内のチラシに火をつけて薪を燃やし、何とか最低限の暖をとることができた。
「しかし、寒いな…」
「まぁすき間風も入るしね。吹雪を避けられるだけ良かったよ♪」
「そうだな。」
「そうだ!ちょっと待ってて♪」
秋人どのが小屋にある器を持って外に出た。戻ってくると、器には雪がたっぷりと乗せてあった。
「これで喉を潤せるよ!雪のままでは身体を冷やしちゃうから溶けるまで待ってね♪」
「何から何まですまぬな。」
「僕って頼りになるでしょ♪」
「ふふ。中々のものだ。」
「やった!かぐやちゃんに褒められちゃった♪」
喉を潤し、しばらくすると眠気が襲ってきた。
「かぐやちゃん眠たいの?」
「ん…ちょっとだけ…」
「かなり埃っぽい毛布だけど、我慢できる?」
そう言いながら棚から古そうな毛布を出してきた。何も無いよりは良いであろう。だが一枚しか無いようだ。
「秋人どのはどうするのだ?」
「僕は男だし大丈夫だよ!」
「そういう訳にはいかぬ。」
「じゃあ、こうしよう♪」
秋人どのは私の後ろに座り、そのまま毛布ごとすっぽり覆いかぶさってきた!
「な、何をする!」
「わぁ!ごめんごめん!怒らないで!こうしてたら二人とも暖かくなるし、いいかなと思ったんだけど、やっぱ怖いよね!」
そういうことか…勘違いも恥ずかしいところだ。
「すまぬ。そういう事なら仕方あるまい。」
「僕のことは湯たんぽだと思ってくれればいいからさ♪前を向いていれば、顔も見なくて済むし、怖くないと思うよ♪」
「そうさせてもらおう。」
しかし、秋人どのの顔は別に怖くは無いのだが、やけに拘るな…
そんな事を考えながら背中に温かさを感じ、そのまま夢の世界へ入った。
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「寝ちゃったか。慣れてくれれば恐怖症が克服できると思ったのに、まだまだ近くで顔を見れないなんて、手ごわいな…」
時々薪をくべながら、ストーブの守をして一晩を明かした。
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早朝、吹雪は止んで良い天気となった。
「かぐやちゃん、そろそろ起きて!」
「…ん。秋人どのか。おはよう。」
「わお!その声色っぽいね♪」
一瞬で目が覚めた!
「な、な、何を言い出すのだ!」
「あはは!いい目覚ましになったね♪そろそろみんなの所へ戻ろうか!これだけ晴れていれば、道が分かる筈だよ♪」
「分かった…」
一歩後退りして答えた。
「あれ?警戒レベル上がっちゃった?大丈夫だよ♪無事にみんなの所へ辿り着こうね!」
ふもとまで下りると、別荘の目の前であった。
別荘に入ると、小梅どのと松乃どのがわんわん泣きながら抱きついてきた。
「かぐやちゃん、本当にごめんね!」
「もう!心配したんだよ~!」
「心配をかけたな。」
ゆっくりと温泉に浸かり、冷えた身体を温めてから帰宅の途についた。