第30話・三年の月日
「きゃっ!きゃっ!」
「まて~!」
「つかまえた!たいほだ♪」
本邸の庭で、三人の子供が遊んでおる。小梅どのの二番目の子供、のんびりとした女の子の桜子と、松乃どのの一番目の子供、マイペースな男の子の蓮、そして春樹どのそっくりな葉月だ。
「やっぱ同い年っていいよね~♪」
「ふふ、三人とも楽しそうであるな。日頃教育係の大人ばかりに囲まれておる故、皆が来てくれると葉月も嬉しそうだ。」
…
春樹どのが乗った飛行機事故から三年が経った。性別も判断できぬ悲惨な遺体が多かったようであるが、春樹どのだけは歯型が違うと言われ、遺体が見つからなかった。
もしや乗らなかったのかも…と淡い期待を持ったが、生き残った乗客たちの話から不時着した飛行機が爆発するまでは生きておったそうだ。恐らく爆風で吹き飛ばされてバラバラになったのでは、という現地警察の見解であった。
親族からは遺体が無いままの葬式を勧められたが、それを断った。まだ生きておる気がしたからだ。そう思いたかった。お父様とお母様も私の意図を汲んでくれて、未だに葬式は行っておらぬ状態だ。
葉月を産んでから一ヶ月後、焼け焦げたスーツケースが私の元へ届けられた。中からは春樹どのの荷物の他に、麻のワンピースが二着出てきた。
「これは、私と葉月の分であろうな…土産は笑顔で良いと言ったのに…」
うっ、うっ…
麻のワンピースを抱き締めて、声を上げて泣いた。
二度と泣かない…春樹どのが帰って来るまで…泣くのは今日でおしまいだ…
そう決めて、涙が枯れるまで泣き続けた。
…
「葉月ちゃんと蓮くんは、来年から幼稚園?」
「竹水門大学付属の幼稚園は三歳からであったか。恐らくそうなるであろう。桜子はどうするのだ?」
「保育園の待機児童だよ。中々空きが無くてね。友馬も小学校になったからあまり手がかからなくなってきたし、働くには丁度いいんだけどね。」
「そっか。竹水門には来ないのか?」
「うん。中学生になったら受験かな。特待生になれればいいけどね。」
来年からは葉月も幼稚園に通うようになるのか。葉月がおらぬ間は、天界の道場へも顔を出すとするか。
「ははうえ~!さくらこちゃんがころんだ!」
葉月の声で目を向けると、桜子が転んでおり、蓮が起き上がらせておった。
「ふふ。なんだか微笑ましいな。」
「もう、蓮くんより11カ月も年上なのに、どっちが上なんだか…」
小梅どののボヤキに、松乃どのと私で笑ってしてしまった。
その年のクリスマス、桜小路家主催のクリスマスパーティーに呼ばれ、久しぶりに出席する事となった。パートナーは私とお揃いのドレスを身に纏った葉月だ。
「まぁ、可愛らしいお嬢さんだこと!お名前は?」
「うらわはづきです!3さいです!」
「しっかりしたお嬢さんね。流石は春樹くんの忘れ形見だわ。」
「浦和家の長男にそっくりだな。生まれ変わりのようだ。」
参加者から次々と声を掛けられるが、思わず苦笑いした。皆、春樹どのは亡くなったとの前提で話をするからだ。
皆には分からぬようこっそりとため息をついておった時、一人の御婦人から話しかけられた。
「失礼しても宜しいかしら。私、ホットシェイプを経営しております榊原と申します。」
「浦和かぐやと申します。」
ホットシェイプとは、確か女性向けのフィットネスジムを全国展開しておる、急成長の会社であったな…
「そろそろ再婚をお考えではないかと思いまして。」
「再婚?!まったく考えておりません。」
「ですが、もうご主人が亡くなって三年が経ちますよね。お嬢様にも父親が必要な時期だと思いますよ。宜しければ甥をご紹介させ…」
「春樹どのは生きております!失礼!」
何か言いかけておったが、それ以上聞きたくなくてその場を後にした。
葉月をお母様に預け、バルコニーに出て大きなため息をついた。
三年も経てば過去の人物となるのか…何だかちょっぴり寂しい気がした。
「失礼、かぐや先輩ではありませんか?」
え?
呼ばれて振り向くと、高校時代の空手部の後輩が立っておった。
「確か、東條どのであるな。」
「よく分かりましたね。かぐや先輩も相変わらずお綺麗なので、すぐに分かりましたよ。」
「ふふ。後ろ姿であったのにな。今は何をしておるのだ?」
「今は東條建託株式会社の4代目修行中です。」
「そうか。頑張っておるのだな。」
「ところで先程、浦和会長の話を耳にしました。残念でしたね。」
またか…
「もし私で良ければ、色々と相談に乗りますよ。」
「…心配ご無用だ。」
踵を返そうとしたら、前を立ち塞がれた。
「ずっとかぐや先輩に憧れていました。私なら葉月ちゃんも一緒に幸せにしてあげる事が出来ます。」
「そなたには無理だ。」
「何故ですか?やっぱりお金ですか?」
その言葉に、カチン!ときてしまった。
「そのように考えておるそなたには、絶対に私達を幸せになどできぬわ!」
「そんなに怒らなくてもいいではないですか。一度、どこかでお会いしませんか。それから決めて頂いても構いませんよ。」
「かぐやさん、どうかしたのか?」
「お父様…」
どうやらバルコニーのやりとりを見ておったらしく、お父様が助けに来てくれたようだ。
「君は誰かな?」
「かぐやさんの空手部の後輩で、東條と申します。それで、今度かぐやさんをお誘いさ…」
「うちの嫁に何か用かい?」
お父様は言いかけた言葉を遮るように、言葉を被せておった。にっこり笑っておるが、有無も言わさぬ威圧感を感じるな…春樹どのの皆を凍りつかせる笑顔は、お父様譲りである事が判明だ。
お父様の笑顔に怯んだ東條どのは、そそくさと逃げていった。
「かぐやさん、大丈夫かい?」
「…はい。ありがとうございます。」
「そろそろ葉月も寝る時間だろう。ここはいいから先に失礼しなさい。」
「分かりました。」
お母様から眠たそうな葉月を受け取り、抱っこして会場を後にした。
後で分かった話であるが、お父様とお母様は私に見合いの話が来ても、すべて断ってくれておったそうだ。そして、私が自ら再婚したいと思える相手と出会えた時は、葉月も一緒に送り出す覚悟でおったらしい。
年が明け、葉月の幼稚園入園の説明会、手続きなどあわただしく月日が去っていった。
見事な桜の下、葉月と蓮の入園式を迎えた。保護者席に秋人どのと松乃どのの姿も見えた。入園式から帰宅し、葉月は春樹どのの写真の前で話しかけておった。
「ちちうえ、ようちえんせいに、なりました!」
「ふふ。葉月は父上が好きであるな。」
「うん!だってかっこいいもん♪」
「そうか。だが、そなたの父上は中身の方が格好良いぞ。」
「…ははうえ、ちちうえはいつかえってくるのですか?」
しゃがんで、そっと葉月を抱き締めた。
「私と葉月が待っておれば、きっと帰ってくるであろう…そう信じておる。」
葉月は何も答えなかった。事故の事は何となく、皆の話しから幼心にも理解しておるやもしれぬ。だが、決して私を困らせる事は言わぬのだ。外見だけでなく性格も春樹どのに似ておるようだ。