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第29話・運命の悪戯

 妊娠5ヶ月となり、赤子の性別が判明した。女の子だそうだ。そしてマタニティ教室なるものへも行ってみた。土曜日であった為、春樹どのも一緒の参加だ。


「まずは、おむつ替えの練習をしてみましょう。」


先生となる人の号令の元、参加者達が一斉に練習を始めた。

テーブルの上には赤子と同じくらいだという人形とおむつが用意されておった。


「ほう。紙おむつというものか。」

「今ではこちらが主流みたいですよ。テンカイでは布ですか?」

「そうだな。使用人達が毎日大量のおむつを洗って干しておったぞ。だが、そのまま捨てれるのであれば、出掛けるのも楽であるな。」


そして何やら大きめのベストが運ばれてきた。


「お父さんはこのベストを着てみて下さい。大体妊婦さんはこのくらいの重さの負担がかかっているというのが分かりますよ。」


春樹どのは率先してお腹が膨らんだ重たいベストを着ておった。


「ふふ。何だか春樹どののお腹が大きいというのも違和感あるな。」

「それよりも、これほど重たいものなのですね。妊婦さんの大変さが身に染みるようです。」


感心しながら、ベストを脱いで次の殿方へ渡した。

邸宅へ帰る前、来月二人目のお子が産まれる冬馬どのと小梅どのの為のプレゼントを買いに行った。


「デパートで赤子の服を買うのも、久しぶりであるな。」

「そうですね。妊娠騒動以来でしょうか。」

「そんな事もあったな。あの頃は現実になるとは思わなかったぞ。」

「ふふ、私はいつでも、そうなればいいなと思っていましたけどね。」


まずは小梅どの達へのプレゼントを身繕い、私の妊婦服と赤子の為の服も買っておく事にした。


「姫君か…このようなピンクの繋ぎはいかがであろうか。」

「フリルが女の子っぽくって可愛らしいですね。こっちの服もどうですか?大人顔負けのデザインですよ。」

「ふふ、それも可愛らしいな。ポケットなどが精巧に作られておるぞ。」


またしても買い過ぎてしまったようだ。買ったものは邸宅まで届けて貰う手続きをして帰宅した。


そして、夜には日課になっておるお腹のクリーム塗りをして貰った。


「葉月、元気に育ってね。」

「春樹どのは甘い父親になりそうであるな。」

「女の子ですからね。もう一人恋人が出来るような気分ですね。」

「ふふ。私のライバルとなるのか。」

「かぐやは特別ですよ。」


そう言いながら、私の額にチュッ!と口付けを落としてきた。


「あれ?」

「どうしましたか?」

「今、動いたような…」

「本当ですか?」


春樹どのは、お腹に顔を寄せて、じっと耳をすませた。


「ほら!」

「本当だ!元気に育っているみたいですね。何だか感動的です。」


日々大きくなるお腹を実感し、幸せを噛みしめながら過ごしておった。



 4月以降、春樹どのはお父様の仕事を手伝うようになり、海外への出張が多くなっていった。少し寂しさを感じておったが、私の世話をする為に婆やが暫くの間、下界へ滞在する事となった。

春樹どのがおらぬ時、やはり天界を知る者が側におるのは心強いものだ。婆やに感謝しつつ、散歩などに付き添って貰った。



 7月に入った頃であった。


「今月の終わり頃から1週間、東南アジアへ行く事となりました。各国のリゾートホテルを視察してきます。」

「フランスから帰ってきたばかりであるのに、大変だな。」

「でも喜んで下さい。東南アジアの出張の後は、出産まで休みを貰いましたので、ずっと一緒にいれますよ。」

「そうか。久しぶりにゆっくり出来そうであるな。」

「丁度、予定日の10日前に帰国する予定です。お土産も買って帰りますね。」

「ふふ。またその笑顔を見せてくれる事が、何寄りのお土産であるぞ。」


出張の日は、私のお腹にチュッ!と口付けを、私には少し深めの口付けを落とし、まぶしい程の笑顔で手を振って出掛けていった。



 予定日の2週間前には、お母様が帰国されてきた。私の出産に合わせて、一人で帰国して頂いたようだ。娘と一緒にお茶をするのが夢だったとのことで、毎日、本邸の庭で一緒にお茶を楽しんだ。


「かぐやさん、もう少しね。初孫が楽しみだわ。」

「ふふ。私も楽しみです。日々、お腹を蹴る力が強くなっていますよ。」

「春樹は明日、帰って来るのかしら。」

「はい。今朝も電話を貰いまして、現地時間の明日の朝の便でこちらへ向かうようです。」

「そうなのね。こちらの昼頃でしょうから、夜には帰って来れそうね。」


あれ?

少し腰を浮かせて、違和感を感じた。


「かぐやさん、どうかされたの?」

「何か今、水のような…」

「え?もしかして破水かもしれないわよ!」


お母様はすぐにメイドさんと別邸に居た婆やに連絡をし、車で病院まで連れていってくれた。病院で破水だと言われ、明日には産まれるであろうということである。


そのまま入院となり、個室のベッドにて過す事となった。初めは時々違和感を感じる程の軽い陣痛であったが、少しずつ間隔が短くなり痛みも増してくる。初めての事だらけで不安な夜を過ごした。


「春樹どの…間に合えば良いが…」


----------


 滞在中のホテルで明日の帰国に備えて荷造りをしていた時、母さんから電話があり、かぐやさんが予定よりも早く破水して病院へ運ばれたと聞かされた。すぐには産まれないけど、24時間以内には出産するだろうとのことだった。


いよいよ私も父親か…

スーツケースには、かぐやさんと葉月、お揃いで買った涼しそうな麻のワンピースが入っている。出産の立ち会いには間に合わないかもしれないけど、帰国した時には葉月と対面できるかもしれないな。


翌日も朝早くに目が覚めてしまい、早々に空港へと向かった。ロビーで時間を潰している間も、ついつい赤ちゃんに目が向いてしまい、目尻を下げている自分に気が付いた。早く逢いたいな…

逸る気持ちを押さえつつ飛行機に乗り込んだ。


離陸後暫く経ってシートベルトの着用サインが消え、席から立ち上がる人が増えてきた時だった。


「“あれ?森がすぐ下に見えるぞ!”」


近くに座っていた乗客の声を確認するように、窓の外を見た。確かに高度が低すぎる気がする…

CAさんに訪ねようとしたところ、バーン!と爆発音が聞こえて、機体が大きく揺れた!


「キャー!」


あちこちから悲鳴が上がった。


「“みなさん、席についてベルトを締めて下さい!”」


CAさんが座席にしがみ付きながら必死に呼びかけるものの、悲鳴で掻き消され、機内はパニック状態になった。


「“墜落するぞ!”」


その叫び声が聞こえたと同時に、ガタガタ!バーン!と激しい衝撃が起こって、飛行機は森へ突っ込んだ。


----------


 明け方から、段々と陣痛の間隔が近くなって我慢できなくなり、看護師さんを呼んだ。


「浦和さん、もうちょっと我慢できる?」

「もうちょっとって…」

「今の様子なら昼には産まれると思うわ。」

「…分かりました。」


午前中、婆やとお母様が病院へ来てくれて、二人に汗を拭いてもらったり、水を飲ませてもらったりと励まされながら陣痛に耐えた。


昼になり、いよいよ出産となった。


「かぐやさん、頑張って!」

「かぐや様!お気をたしかに!」


「大丈夫…頑張ってきます…」


心配そうな二人に軽く手を上げて、痛むお腹を押さえながら分娩室へ入った。


----------


 飛行機の動きが止まった。窓から大木が見え、どこかの森林に不時着したという事が分かった。

冷静になって周りを見てみた。血を流して倒れている人、シートにぶら下がってまったく動かない人、ベルトを外していた人が多かったせいか、見るも悲惨な状況だった。


「“誰か!誰かいませんか!”」


ベルトを外し、後ろのエコノミーシート側へ行ってみた。そこは更に目を覆いたくなるような悲惨な光景が広がっていた。


「“誰かー!”」

「“…生きています。”」

「“動けますか?”」


十数人程は生きている人達がいた。機体の割れ目から外へ脱出し、みんなが飛び降りる手助けをした。


「“降りたら出来るだけ遠くに逃げて下さい!再度爆発するかもしれません!”」

「“分かったわ!残りは一人よ!”」


機体の割れ目を見ると、4歳くらいの男の子だった。


「“飛び降りて!”」

「“怖いよ…”」

「“大丈夫!受けとめてあげるから!”」


出来るだけ男の子が安心できるよう笑顔で手を差し出した時だった。



ドーーーン!


「うわっ!」



激しい衝撃とともに飛行機が爆発した!爆風で吹き飛ばされ、身体を地面に叩きつけられた。

うっ!全身が痛い…顔が焼けるように熱い…


近くには燃えている木々もあった。マズイ…このままでは焼け死んでしまうかも…

地べたを這うように必死になってその場から逃げようとした。記憶の最後には、かぐやさんの顔が浮かんだ。


「かぐや…葉月…すまない……」


----------


「オギャー!オギャー!」


赤子の泣き声が聞こえたと同時に、激しい痛みがすっと収まった。


「浦和さん、元気な女の子ですよ。」


身体をきれいにしてもらった赤子が私の腕の中に置かれた。


「ふふ。初めまして、葉月。」


私の小指ほどしか無い小さな手、こんな小さな身体で呼吸をする為に一所懸命泣いておる。


春樹どのと二人でこの子を護っていこう…

何も知らぬ私は、三人で始まる新しい人生に思いを馳せ、喜びを噛みしめておった。


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