第21話・婚姻の儀
今日はクリスマスイブ、春樹どのと私の婚姻の儀が行われる日なのだ。
式場に行く前に二人で婚姻届けを役所に提出した。もちろん移動は運転手付きの車だ。
「これでかぐやさんの名前は、“浦和かぐや”になりましたね。」
「そうか、名前も変わってしまうのか。何だかまだ実感が湧かぬな。」
「少しずつ一緒に家族になりましょうね。そのうち名前も違和感が無くなりますよ。」
「ふふ。そうだな。」
そして、インフィニティフォレストホテルへ向かった。
フィジーから帰国してからは、多忙な日々であった。
まずは皆に記憶が戻った事を報告し、年内に婚姻の儀、年明けに披露宴を行う事で話しが進んだ。
披露宴の打ち合わせ、新婚旅行の準備、別宅への引っ越し、再び私の家族に降りて来て貰ったりとバタバタであった。
そんな日々を思い出しながら、車は深い森へと入って行く。
ホテルに着き、支度部屋に入ると、母上とやよい姉様がはしゃいでおった。
「このドレスも凄いですね!」
「キラキラしています!」
「あの…」
「あ、かぐや!どのドレスを着るですか?私はこれがお勧めです!」
「やよい姉様、それはすべて借りる物であり、私のドレスは春樹どのが用意してくれております。」
「ほう、それは何処ですか?」
支度部屋の奥に入り、更衣室に飾られておるドレスを見せた。
「思ったよりも飾りが少ないですね。」
「はい、シンプルなものが好みなので、それをベースに少しだけパールやスワロフスキーを付けて貰いました。」
「…何の事かよう分からぬが、かぐやには似合っておるかもしれませんね。早く着て見せて下さい。」
「ふふ、はい。」
更衣室に入ってドレスに着替えた。
ふふ。やはり母上もやよい姉様もお洒落な物がお好きなのだな。二人のはしゃぎ振りには、ちょっと笑ってしまうな。
ドレスを身に纏い、更衣室から出たところで、松乃どのと小梅どのがやって来た。
「かぐやちゃん、綺麗~♪」
「ホント!そのAラインのシンプルなドレスが引き立ててるね!」
「ありがとう、松乃どの、小梅どの。」
「何だか色々あった二人だから、本当に幸せになって欲しくて…グスッ…」
「ふふ。小梅どのの時と逆であるな。」
「ごめん…感極まっちゃって…」
「私達は先にチャペルで待ってるね♪」
二人は手を振って支度部屋を出て行き、母上とやよい姉様がにこやかに寄ってきた。
「かぐやに似合っておりますね!素敵ですよ!」
「流石は春樹どのである。かぐやの事をよく分かっておるな。」
二人が褒めてくれた言葉に、少し照れくさく感じる。そして、二人も支度部屋を出て、式場へ向かった。
ヘアメイクを整えて貰い、化粧を施して貰っておった時、春樹どのが支度部屋へやって来た。
「うわっ!かぐやさん想像以上に綺麗です!びっくりしました。」
「ふふ。式よりも先に見られてしまったな。」
「すみません。お届けものがあったので…」
そう言って、一本の口紅を取り出した。
「これは落ちにくい口紅なのです。式の間、ずっと美しさを保てるように買っておきました。」
「ありがとう。ではこれを使うとしよう。」
「ふふ。よろしくお願いします。」
「…?」
何だか意味深に微笑んでおったな…まぁいいか。
そして、婚姻の儀が始まった。
小梅どのと冬馬どの、それに友馬どの。松乃どのに秋人どの。私の家族に春樹どのの家族とごく一部の親戚。顔見知りばかりの小さな規模であるが、それが逆に良かった。
父上に付き添われ、祭壇の前に立つ春樹どのの所までゆっくりと歩いた。
「春樹どの、かぐやを頼んだぞ。」
「はい。必ず二人で幸せになります。」
父上と春樹どのが軽く言葉を交わし、私は春樹どのの腕に手を絡めた。春樹どのは私の顔を見て、愛おしそうに微笑んでおる。
「汝、浦和春樹は、病める時も健やかなる時も、妻かぐやを愛し、敬うことを誓いますか。」
神父さんの言葉に、春樹どのは力強く返事をした。
「はい。誓います。」
「汝、竹野塚かぐやは、病める時も健やかなる時も、夫春樹を愛し、敬うことを誓いますか。」
「誓います。」
「誓いの印として、指輪の交換を。」
リングピローの上には、記憶喪失の時に見た指輪が乗せてあった。ただ違う事は、日付を今日に直して貰った事だ。
春樹どのが私の左薬指にそっと指輪をはめ、私も同じく春樹どのに指輪をはめた。
「この二人は神の祝福を与えられ、結ばれたことを宣言いたします。それでは誓いの口付けを。」
春樹どのがゆっくりと私のベールを上げた。
「かぐやさん、世界一幸せになりましょうね。」
その言葉に微笑むと、春樹どのは顔を傾け、触れるだけの口付け…
ではなく、熱を感じる深い口付けではないか!しかも頭と腰をがっちりと押さえられておる!
「春樹!誓いが長いよ~♪」
秋人どのが囃し立て、皆が笑う声が聞こえて来た。
こ、こんな濃厚な口付けを人前で…
「ん…」
思わず声が漏れてしまったところで、春樹どのはやっと私を離してくれた。
「そんな声を出さないで下さい。いくら何でも人前では手を出せませんから。」
「は、春樹どの!」
「誓った直後にもう喧嘩か?」
冬馬どのがからかうように声を上げた。
「ふふ。やっぱり落ちない口紅は正解でしたね。」
「こ、この為のプレゼントであったか!」
「はい。その通りですよ。」
当然のように、にっこりされた。
婚姻の儀となっても、春樹どのの趣味は健在のようだ…
式も無事に終わり、両家交えての食事会の後でやっと泊まる部屋へ入った。
「ふう…今日も一日、バタバタであったな。」
思わず本音を漏らすと、春樹どのが私の腰を抱き寄せてきた。
「もう少し疲れさせてもいいですか?」
「い、いや…今日は女子日なので…」
「え?そうですか…」
あからさまにガッカリしたな。そこまで残念がらなくても…
「すみません…」
「何だ?」
「かぐやさんの了解を得ていませんでしたが、実はフィジーの時から避妊していないのです。」
「…へ?そうだったのか?」
「記憶が戻るとは思わなかったので、用意していなかったのが本当のところですが、赤ちゃんが出来ることを期待していたのも本当です。」
「そ、そうであったのか…」
春樹どのはそっと私を抱き締めてきた。
「新婚旅行から帰国したら頑張りますが、かぐやさんも協力して下さいね。」
「…え?」
身体を少し離され、意味深に微笑まれた。
「早く二人の赤ちゃんを作りましょうね。」
「わ、分かった…」
顔から火が出そうな程、熱くなっておるのが自分でも分かる。そんな私を見ながら、春樹どのは楽しそうに笑っておった。